006.サイコ
「フリッツ様! フリッツ様! 侵入者、侵入者にございます!」
城に詰めていた衛兵達が、慌てて議場に雪崩れ込んでくる。円卓を囲んでいたアイヒェ伯フリッツ=オーケン、ついでにその部下達は、血相を変えた兵士達に驚き、椅子を倒す勢いで立ち上がる。
「侵入者だと? バカな! さっさと追い払わんか!」
「そ、それが見失ってしまったのでございます! その男女は塀を飛び越え侵入し、何処ともなく忍び込みますれば!」
「塀を飛び越え? バカな! そんなもの化け物と同じではないか! 外の門番は何をやっとったんだ!」
アイヒェ伯は蒼白になって叫ぶ。盾と槍を構えた兵士達に囲まれ、今に来るかもしれない化け物の姿に怯える。右の扉から、左の扉から。それとも、窓から。アイヒェ伯達はきょろきょろと周囲を見渡していた。
しかし、その怪物はその予想を遥かに上回る形で現れたのである。
「一体探しているのはどこのどいつだ。名を教えろ。顔の特徴は。身長はどれくらいで一体どんな身なりをしている」
その男は天井から現れた。真っ直ぐに降り、彼は円卓をガタンと言わせる。目を回した娘を一人小脇に抱え、傲岸不遜な笑みを浮かべてアイヒェ伯達に見せつけた。アイヒェ伯は軽く震え上がり、上ずった声で答える。
「……へ、変な帽子を被ってる。変な外套もだ。真っ黒くろで、腰に変な形のマスケット(最古式の銃)を二丁も差している。身長は高い。壮年だ。そんな、男だ」
「成る程成る程。それは私だ。確かに私だ」
娘を円卓に転がし、男は颯爽と床へと降り立った。そのまま、彼は帽子を脱いで深々とお辞儀する。
「ピンカートン探偵社所属、ジュード・ラプレイス。荒事の際には是非ご贔屓にお願いします」
「は、はぁ? ピンカートン? タンテイ? き、貴様、何が何だかわからんが、どんな状況かわかっているのか!」
「わからんな。私はただ、一週間前に化け物に襲われた村に辿り着き、そこで生き残ったその小娘を連れて、現場で起きた事の報告に来ただけだ」
わざとらしく勿体付けて、劇の台詞でも唱えるかのようにジュードは答えてみせる。余裕綽々の態度に挑発されて、アイヒェ伯は兵士の背後から小柄な身を乗り出して叫ぶ。
「なら、ならなんで正面から入らんかったのだ!」
「言ったところで会おうとは思わんだろう? 何せ『狩人』の関わる事だ」
「……! 引っ捕らえろ!」
蒼ざめたアイヒェ伯の叫びに応じ、兵士達は慌ててジュードを取り囲む。
「捕らえる? ならばやってみるがいい。俺の名を、ピンカートンの名をお前の、この場にいる全員の脳裏に叩き込んでやる。そうだ。腕一本で十分だ。貴様らなど。腕一本で片してやる」
「舐めた口を!」
ジュードは銃も抜かず、挑発するように自分の右腕を指差す。彼の舐めくさった態度に乗せられて、次々に兵士が槍でジュードを突きにかかった。ジュードは跳び上がって幾本もの槍を躱し、背丈の低い兵士その一の襟首をむずと掴んだ。
「威勢ばかり良くしていないで、少しは足腰を踏ん張れ」
「え?」
兵士その一が目を丸くした瞬間、ジュードは彼の身体を片腕で高々と持ち上げ、押し寄せる兵士の群れに向かって投げつけた。群れは慌てて槍を逸らし、無抵抗のままぶつけられて数人薙ぎ倒される。
無事に済んだ残りの兵士達は、その様子に息を呑んで足を止めた。そこに生まれた一瞬の隙を見逃すジュードではない。にたりと笑って、兵士その二に殴りかかった。鋭く振り抜かれた拳は兵士その二の顎を捉え、一リュッケほどは吹き飛ばす。
「敵前で足を止めるな、馬鹿めが。仲間を犠牲にしてでも仕留めにかかれ」
「う、うおおっ」
その言葉に兵士その三が一人奮い立ち、盾を構えながら猛然と突っ込んだ。ジュードは溜め息をつくと、右手一本で槍を軽くいなし、盾を引っぺがして兵士その三の顎を掴み高々と持ち上げる。
「一人では意味が無い。雑兵は雑兵らしく束になってかかって来い」
「ふ、ふええっ」
ジュードに睨みつけられたその三は脱力し、ジュードが軽く手離しただけでへなへなと崩れ落ちてしまった。ジュードはその様子を心底呆れ果てて蔑みきった目で見下ろす。
「情けない。雑兵? これではもはやただの雑巾ではないか! 哀れにも変節を求めてわらわらと立ち上がった、ストライキの連中の方がまだマシだ。まだ骨のある連中がいた。まだ私をぶち殺そうと何でもかんでもしようとする奴らがいた。つまらん。貴様らはあまりにつまらん」
言いたい放題言ったジュードは、怯んですっかり足を止めている兵士達もぐるりと見渡す。彼らはジュードを、まさに地獄から現れた鬼のように見ていた。槍の先も震え、盾もろくに構えられていない。舌打ちし、ジュードは見せつけるように欠伸をすると、コートを翻してつかつかとアイヒェ伯の方へと向かう。軽々と圧倒された兵士達は、最早彼と刃を交えようという意思も失くしていた。首を捻ってばきばき言わせながら迫るジュードを前にして、アイヒェ伯は思わず腰を抜かしてしまった。
「お、おお、お前は一体……」
「先程も言っただろう。私はピンカートン探偵社所属の探偵だ。強きを守り、弱きを挫く最低のくそったれどもの一人だ」
ジュードは右腕でアイヒェ伯の頭をむずと掴むと、ぐいと傾け自分の方に目を向けさせる。歯を剥き出し、目を爛々と光らせて、今にも腰を抜かして倒れそうな伯をこれでもかと圧倒していた。
「チェックメイトだ。私の協力を仰ぎたいなら、気をも兵をももう少し強く保つことだな」
「ひ、ひえ……」
目まぐるしい移動のせいで目を回していたサリッサが、ようやく円卓の上で目を覚ます。その目の前に広がっていたのは、呆然と立ち尽くす兵士達や政務官達。頭を押さえられて震えあがるアイヒェ伯と、愉悦の表情でそれを見下ろしているジュードの姿だった。
サリッサは青褪めて首を振るしかない。それくらいしか出来ることが無かった。
「な、な、なんてことを……」
ピンカートン設定覚書
4.ジュードの拳銃
マスケット銃しかない作中世界視点だと、筒が短すぎてまともに使えるようにも見えない銃。現実世界視点だと、黎明期の自動拳銃であるかの有名なm1911、コルト・ガバメント……をジュードのナンカスゴイナニカで化け物強化された逸品。中に入ってる弾もなんかいっぱい出てくる。弾切れなんか起こさない。ちなみにジュードのタバコもいっぱい出てくる。タバコ切れなんか起こさない。