004.friendly gently ghost
「子よ、ディ――」ダンテ「神曲」第八曲より。一部改変。
いきなり引き金を引く。剣劇の始まりを告げる号砲が鳴り響き、二筋の光が白いローブの剣士に向かって飛んでいく。剣士は燃え盛る剣を薙ぎ払ってその銃弾を弾き飛ばした。三角頭巾に空いた穴から、どろりとした視線がジュードに向かって注がれる。
「……何者だ」
「憶えていない? 憶えていないだと? 貴様らの狂った妄信が私の何もかもを踏みにじったというのに、憶えていないだと? 成程、不愉快極まる」
ジュードは歯を剥き出し、人のものとは思えない歪んだ笑みを浮かべて次々に剣士へ発砲する。それを冷静に捌きながら、剣士はじりじりとジュードに向かって進み始めた。頭巾に隠され彼の表情など窺えない。ただ、怒りと悲しみと憐れみがじっとりと混ざり合う瞳が二つ、目出し穴から覗いているだけだった。
「燃えている。神罰の炎が燃えている。哀れな逆徒であるか、貴様は」
撃ち、捌く。撃ち、捌く。撃ち捌く。互いに近づき合いながらも牽制を続けていた。互いにバケモノのような視線をぶつけ合っていた。
「そうだ、逆徒だ。俺は地獄へと堕ち、血の池を舐め硫黄を浴び、あらゆる責め苦に逆らいながら現世まで這い上って来た逆徒だ」
朗々と叫んだジュードは、身を一気に縮め、鋭く飛び出し舞台の空気を乱す。ローブ男の動揺に踊った剣先を払い除け、その腰に蹴りを叩き込む。不意を突かれて躱しきれなかった剣士は、よろめいて軽く後ずさりする。そこに銃を構え、ジュードは、剣士の身へ銃弾を叩き込む。血が噴き出し、くぐもった呻き声が漏れた。
「ならば貴様らは一体何だ? 神の教えを自らの為に撓め、捻じり、歪めた貴様らは一体何だと言うんだ? 今この時の様にいくつもの街に火を放ちながら練り歩いた貴様らは? 馬鹿共め。貴様らも神に体良く追い払われたのだ。元いたはずの世界から!」
「逆徒の迷妄は甚だ狂っている。我らは神の代行のため、この地へ神によって下ろされた。神に直截の使命を与えられた我々は、この地に千年王国を完成させるため戦いを始めたのだ!」
剣士が腕を押さえながら叫ぶ。流れ出る血は手を伝って剣へと流れていき、青白く燃え上がった。
「貴様が何者であれ、我らに刃向かうという事は、神に刃向かうという事。地獄から這い上がって来たというのなら、その身を全て灰にして、二度とは戻ってこられないようにしてやろう!」
剣士の姿がジュードの視界から消え失せる。刹那、銀色が閃き、ジュードの身体は逆袈裟にバッサリと切り裂かれた。傷口は罪人を責め苛む青白い炎に包まれ、やがて彼の全身までも燃え上がる。ジュードは仰け反って苦悶の叫びを上げる。
「ぐうううっ!」
「神に逆らう事がいかに愚かな事か、その身でしかと噛みしめよ! さらば。金輪際地獄の中で大人しく己の罪を贖っているがいい!」
「……はははは、はははははっ!」
しかし、炎に巻かれたその叫びは、やがって哄笑へと変わっていった。血を溢れさせ、全身を炎に包まれながら、ジュードは狂った悲劇の英雄のように、甲高い声で笑い始めた。
「温い温い温い! 所詮は化け物信仰のとち狂った馬鹿者どもだ。本物の地獄の炎になど、遠く及びはしない! 骨まで焼き尽くそうとするあの炎には、遠く及ばない!」
鬼火のような炎に包まれたまま、ジュードはゆらりと剣士の方に振り向く。剣士の目の色が僅かに揺れた。何もかもを一瞬で焼き尽くす火を、ジュードという男はモノともしていなかったのである。剣士の握る剣の炎が揺らめき、薄れていく。剣士の心の中に宿った僅かな怖気が、記憶の糸を手繰らせ、ぴたりと一つの結論を導き出す。
「貴様……まさか! 天使光来の儀を卑しくも阻みに乗り込んできた」
「そうだ。ピンカートン探偵社所属、ジュード・ラプレイスだ」
ジュードが真っ直ぐに銃を構えた瞬間、纏わりつく業火は一気に膨れ上がり、そのままその身体の中へと飲み込まれていった。焦げた肌は元に戻り、胸の傷すらも、切り裂かれたコートごと元通りになる。銃口をぴたりと呆然とする剣士の眉間へと向けて、ジュードはにやりと歯を剥き出す。
「ディーテと稱うる邑は今近し、ここには重き邑人大いなる群衆あり。我は既にかなたの渓間に火の中より出でたる如く赤き伽藍を定かに認む」
「ふざけるな! 我らは神に愛されし者だ。選ばれし者だ! 貴様の存在など、到底認めることなど出来ん! 神の裁きの炎を、受け付けぬなど!」
剣士は震えるほどに剣を強く握りしめ、真正面からジュードに切りかかる。剣の炎は天を衝かんばかりに昂ぶり、燃え尽きた村を明々と照らしだした。だが、今更ジュードが怯むわけもない。銃口を一ミリたりともずらすことなく、ジュードは引き金に指を掛けた。
「内に燃ゆる永久の日は、この深き地獄の中にもなお、汝に見ゆる如く彼らを赤くす。死ね」
赤熱した銃弾が放たれ、振り下ろされた刃は銃弾によって砕かれる。剣士が操る炎さえも巻き込んで、銃弾は剣士の眉間へと叩き込まれた。
「あああああっ!」
吹き飛んだ剣士は瞬く間に身体の中から深紅の炎を噴き出して灰になる。その灰は更地となった村の中に紛れ、風に吹かれて消えていった。
「ふふ……はははっ。これで一匹目か……。鏖殺する。誰も彼も、まとめて」
ジュードは愉悦の笑みを浮かべたまま、引き攣ったような笑い声を洩らしながら、一人月光の下にしばし立ち尽くしていた。
「……ひいい」
のろのろと戻って来たジュードを見つめ、改めてサリッサは震えあがる。ジュードが全身を焼かれてもモノともしない様は、サリッサにもしっかりと見えていた。今はすっかり枯れ果てた状態に戻っていたが、彼女にとっては恐怖以外の何物でもない。
「アイヒェ伯の本拠地はどこだ」
「え……?」
「どこだと聞いている」
逆らったら死ぬ。サリッサは山間に伸びる道を指差した。
「あ、あの道を真っ直ぐに行けば、アイヒェ伯様の城下に辿り着く、と、聞いています……」
「ならば行くぞ。ただ移って来たと言えば、自領民にそうそう手荒な真似はすまい。私も、アイヒェ伯とやらに聞きたいことが出来た。……何をぼうっとしている。ここに留まっていても危ない。行くぞ」
「は、はいぃっ」
サリッサは慌ててジュードの背中を追いかける。もう乗り掛かった舟だった。降りる事などもう叶わず、ただ流されるがまま流されるしかなかった。
かくして、生き地獄に巻き込まれて何もかも失った少女と、本物の地獄から這い出してきた男、二人の数奇な旅路は始まったのであった。
ピンカートン設定覚書
3.怪物
元々はダーウィンが太鼓判を押す普通の進化を遂げてきた生物であったが、地から噴き出した瘴気を浴びることで精神肉体ともに変貌してしまった存在。身体に一定量の瘴気を宿しており、これによって火を吐いてみたりなんなりの魔術を行使する。
魔物とは違う。断じて違う。
※ラストのタイトル絵は雪華さまより頂きました。
この場にて礼を述べさせていただきたいと思います。
ありがとうございます。
出典:http://17899.mitemin.net/i206016/