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PINKERTON:魔と成り魔を討つ銀の弾丸  作者: 影絵企鵝
Part2ex.ビレッジマンズストア
44/50

043.逃げてくあの娘にゃ聞こえない

「……ぬぅ」


 槍を担いだ青年が一人、街道をただひたすらに歩いていた。地獄の一夜は過去となり、彼は藪に引っかかれてボロボロになった旅装を纏い、腰に金の入った巾着だけを下げて、あてどなく石で舗装された道を歩き続けていた。戦いの興奮はめ、彼は再び空腹と戦わなければならなくなった。吸血鬼にされた哀れな女もいない。彼は空を見上げて嘆息する。


「全く、腹とはこうも空くものか」


 やはりレオは戦いの男であった。戦いが終わってしまうと、まだまだ情けない半端者であった。ショイアックは死に、彼を助ける者はいない。またしても心細い思いに駆られるようになっていた。


 だが、槍は取り戻した。樫の柄を鉄板で補強しただけの簡素な槍。法儀礼の施された聖銀の槍には遠く及ばないが、それでも彼の心を支えるには十分だ。

 レオが足を止めると、野兎が目の前を飛び抜けていった。それは遠くで足を止め、きょろきょろと周囲を見渡している。


「……すまんな」


 しばしその姿を見つめていたレオであったが、やがて槍を取って片手に握りしめた。



 数分後、橋の側の河原に腰を下ろしたレオは、どうにかこうにか火を起こし、兎の肉を炙っていた。刃先に付いた血を川で洗いながら、彼は安堵の溜め息をつく。ひとまず、槍さえあれば生きていけそうだった。


「確かに私は、未熟だな」


 肉の焼け具合を確かめながらレオは嘆息する。自分は逃げてしまった。魔から。より強い魔から。『黒い外套の男』から。臆病者と二度もなじられながら、憤る事さえ出来ずに逃げ出した。結局黒い外套の男も、吸血鬼さえも逃した。未熟者だ。獅子の騎士の名折れだ。レオはそう自分を責めずにはいられなかった。


「フェルディナント殿。申し訳ありませぬ。私は今しばらくこの旅から、戻れそうにありませぬ」


 兎肉を取ると、肉汁薄い淡白な肉をがつがつと頬張っていく。久方振りの温かい食事だった。安心するやら情けないやらで、彼はうっすら涙を浮かべていた。


「何故私などが騎士団長になどなれたのだろう。ただ旅するだけでも苦労するこの私が」


 自分の存在の意味すら問いかけて、彼はひたすらに肉を食らい続けていた。


「村に立ち寄った旅人の方が仰ってましたね。エンゲル女子修道院の院長さんはものすごくおっかない女の人だって」

「おっかないというか、どこまでも厳しいですねえ。私も一度は入ろうかと思った時代もありましたが、見ただけでやめようと思いましたねぇ。私には向きませんよ」

「でしょうね」

「……でしょうねとは、中々からかいますねえ」


 その時、遠くから女二人のかしましい話声が遠くから飛んでくる。レオは残った肉の一欠片を口に収め、おもむろに振り返る。

 そして彼は目を見開き、慌てて橋の影に身を潜めた。旅嚢を背負った一人の娘と一人の女。そんな彼女達と共に、一人の男も歩いていた。見慣れない煙草をふかして歩くその男。

 彼は黒い外套を纏っていた。


「全く破戒僧もいいところだ。神ももう少し平等の意味を改めた方がいいな」

「別に破戒なんぞしておりませんのに……私はただ人より寝るのが大好きなだけなんですけどねぇ」


 黒い外套の男。レオは微かに呻いた。だが今すぐに倒せるわけはない。改めてレオは自分の無力を呪った。そんな彼には気付く事無く、三人の群れは橋を渡り、そのまま南へ南へと行ってしまった。


 ……このまま逃げるのか、私は。このままやり過ごすのか。私は。


 レオは慌てて槍を引っ掴んだ。河原からじっと三人の往く道を窺う。せめて、槍の届くところに。彼は心を決めた。彼らに気取られないよう。しかし視界の彼方からは消えぬよう、必死に間合いを取って彼も歩き始める。

 戦いの中でしか輝けぬ獅子レオは、せめて心だけは戦いの中に置こうと決意したのだった。




 ナルツィッセ伯本城。粗末な布切れに身を包んだ一人の美しい娘が城下町の外れに俯き佇んでいた。物乞いするでもなく、街娼に立つわけでもなく、彼女はただ彫像のようにそこに立ち尽くしていた。


 彼女は責め苛まれていた。自分が為してしまった罪の重みと、自分を従える神を失った絶望に。彼女の美貌に興味を持った男達が、彼女の顔を覗き込んでは通り過ぎていく。人間離れした魅力を持つその顔を、男達は食い入るように見つめた。


 やがて彼女は堪えきれなくなって、身を翻し彼方へ歩いていく。彼女は今や理解していた。自分は人間とは相容れぬバケモノになっているのだという事を。魔物としての心が砕かれ、しかし魔物としての身体は失われなかったがために。自分の身に漂ううっすらとした死臭を、彼女は自分で感じていた。


「汚らわしい……私は汚れている。この世界(・・・・)の中で私は、汚れている……」


 ヴィヴィアンはうわごとのように呟いた。顔を上げると、天高くにそびえるナルツィッセの尖塔が見えた。


 彼女はまだ知らなかった。彼女が今、運命の結節点の上に立っているのだという事を。



Part of "VILLAGE MAN'S STORE" is over...

これにて第二章は終了となります。

全てを薙ぎ払うような音圧を持つバンド、ビレッジマンズストア。気になった方はぜひ聞いてみてください。

第三章はTMGE編となります。おそらくROSSO編もBIRTHDAY編もあります。

チバ章ですねこれ。

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