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PINKERTON:魔と成り魔を討つ銀の弾丸  作者: 影絵企鵝
Part2ex.ビレッジマンズストア
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042.地獄のメロディ

「……ウェステンラの領地は全て焦土処分だ。『プロフェティア』の一員によって魔が招来され、ついでに言うならばその地で魔が消滅したことによってかの地は完全に瘴気へ侵されてしまった。最早、かの地に住む事まかりならん。弁済は追ってする。以上だ」


 ナルツィッセ伯本城、政務室。レーヴェ聖騎士団の使者は淡々と結果を報告する。ナルツィッセ伯は机に片手を載せたまま、さして興味も無さげにその報告を聞き流していた。その隣に立つウェステンラはへなへなと崩れ落ちてしまったが。


「はいはい。委細承知。瘴気が溜まっていては仕方ないですよねぇ」

「では。失礼する」


 踵を返し、使者はつかつかと立ち去る。横目にそれを一瞥すると、ナルツィッセ伯は溜め息をついてウェステンラの方へ目を向ける。


「情けなく崩れ落ちている場合じゃないですよ。ウェステンラ殿。気の毒ですけど、貴方の身はこちらで保証するので安心してください。しかる地位も差し上げましょう」

「は、はあ……いきなり、そんな事を言われましても……」

「戸惑っている暇はない。とっとと受け入れてもらわなければ困りますよ。時は今も刻一刻と動いているのです。一朝一夕、常に諸侯の関係は動いている。貴方の領地は今や空白地帯だ。即ち、諸侯の心に潜む獣を繋ぎとめていた楔が外れた。面白い事が起きますよ、ウェステンラ殿」


 ナルツィッセ伯は立ち上がると、ウェステンラの事を引き起こしながらこそりと囁く。彼の目もまた、野心にぎらぎらとその目を輝かせていた。彼の聡明な心は弱小君主に収まる事を善しとしなかったのである。ウェステンラもそのうちに彼の言わんとする事を理解し始めた。顔色を変え、唇を震わせ、彼は恐る恐る尋ねる。


「あ、あの。まさか――」


 しかし、ウェステンラの言葉を遮るように、黒い外套に身を包んだ騎士達がぞろぞろと政務室に入ってきた。彼らは素早く列を為し、短槍の石突を床に突き立てる。ナルツィッセ伯の率いる『狩人』であった。


「『狩人』、集結完了しました。いつでも行動に移れます」

「善し。直ちに帝国直轄領へ向かえ。我々の盟主(・・・・・)が既に軍備を整えているはずだ」

「はっ。行くぞ!」


 『狩人』らは踵を返し、足早に駆け出した。その背中を見送り、ウェステンラはちらりとナルツィッセ伯の勝ち誇った表情を窺う。


「まさか、ナルツィッセ伯……」


 にこりと笑うと、ナルツィッセ伯は右手を伸ばしてウェステンラの顔面を掴んで答えた。


「世の中には持たぬ方がいい疑問もあるというものです。貴方は我らの下で働いておればよいのです。よろしく頼みますよ?」

「あ、ああ……」


 ウェステンラは再びへたり込む。ここが夢の中ならば。彼は自分の身に降りかかった不幸をただひたすらに呪う事しか出来なかった。




 帝国南方の要、エンゲル司教領に存在するエンゲル女子修道院。この地には特例として女の司祭がいる。その名前はカタリナ。エンゲル大司教とも対等に渡り合う才女にして女傑であった。女ながらその顔立ちは狼のように鋭く、瞳は常に神敵を探すがごとく爛々と輝いている。

 神を信ずるものには慈愛を、逆らうものには罰を。その言葉が本当に似合う女性だ。

 また、彼女の下につく修道女達もまた只者では無い。その名は『エンゲル聖弓兵団』。レーヴェ聖騎士団に比肩するとも言われる強力な兵士達だったのである。


「第一陣、前へ!」


 黒いローブの上から鎧を着込んだカタリナが朗々と叫ぶと、しかめっ面の女達がずらりと一歩踏み出す。聖弓兵団と言いながら、彼女らが持っているのは弓ではない。マスケット銃である。既に弾込めを終えた彼女たちは、膝をついて構え、遠くに並べられた的に狙いを定める。


「撃てッ!」


 引き金を引いた。雷のような音が広場に響き渡り、幾つかの的が弾け飛ぶ。その様子を見届けながら、カタリナはさらに叫んだ。


「第二陣!」


 いうや否や、前面に出ていた女達は後ろへと引っ込み、代わりにその後ろに並んでいた別の女達が前へと踏み出して構えを取った。その背後では、また別に弾を込める女達がいる。再びカタリナの命と共に銃弾は放たれ、的を吹き飛ばす。


「第三陣!」


 第二陣の女達が引くと同時に、弾を込め終えた女達が再び列を揃え、一気に引き金を引いた。最後の一撃で的は全て吹き飛び、後にはバラバラになった木くずだけが残る。それを見届け、カタリナは隣に立つ幼い少女に尋ねた。


「どれだけかかった」

「第三陣撃ち尽くすまで、およそ三十秒です」

「まだ遅い! それでは騎兵団に容易く詰め寄られるぞ! 問題なのは正確さではない! 早さだ! 圧倒的な早さ! 風よりも早く、吹雪より早く、雷鳴より早く! 瘴気を押し流す嵐のように銃弾を叩き込め! それでなくば大司教殿より卸された聖銃を用いる意味は無い!」

「はい、カタリナ様!」


 銃口を天に向かって掲げ、修道女達は叫ぶ。時代が生み出した新たな武器を手に、エンゲル聖()兵団は心を新たに悪魔と一戦交える覚悟を固めていた。


「カタリナ様。エンゲル大司教からの使者がお見えになっています」


 そんな彼女たちの下に、一つの知らせが届く。


 いよいよ、帝国全土を揺るがす動乱が幕を開けようとしていた。


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