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PINKERTON:魔と成り魔を討つ銀の弾丸  作者: 影絵企鵝
Part2ex.ビレッジマンズストア
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040.車上A・RA・SHI

「ジュードさん!」


 肉と血だまりの中に沈んでいくジュードの姿を目の当たりにして、サリッサは思わず悲鳴を上げた。さらにその向こうに眼を向けると、セスタスを白く輝かせるフェルディナントが仁王立ちし、悪魔を征する天使の如く怒りに満ちた眼差しをサリッサやフランの方にまで向けていた。波のように放たれる法気に触れ、フランは思わずジュードの方へと駆け寄る足を止めてしまう。短刀を包んでいた白い炎も、静かに消え去る。柔らかな顔立ちをいっぱいに顰めて、フランは呟く。


「間に合わなかったですか……」

「な、何が起きて……」


 フェルディナントはサリッサに目を向ける。彼女の姿は、『黒い外套の男の側女』と呼ばれる女の人相書きと一致していた。実際に目の当たりにすると幾分少女らしさがあったが、それでも怪物と共にあった娘に甘い態度を取る謂れは無い。拳を固めて、フェルディナントは唸る。


「私の法力によって肉体の形を維持する事が出来なくなったのだ。見るがいい。これがこの男の正体だ。醜い姿だ。この世にあってはならぬ存在の姿だ」

「ジュードさん」


 サリッサは真っ青な顔で唇を噛む。肉に落ちた生首はこちらをずるりと向き、何にも焦点が合わない虚ろな目でサリッサを見つめていた。サリッサもまたジュードの目を見つめ、小さな拳を握りしめた。


「お前は何故こんな醜いバケモノに付き従う。この男がもたらすのは摩滅、壊滅、破滅のみだ。この者が復讐を求めて戦えば戦うほど、この世は瘴気に満ちていく。お前はこのバケモノに付き従い、何を期待しているというのだ」


 歯を食いしばりながら、フェルディナントは今にもサリッサを打ち砕かんばかりの気迫を放って尋ねる。気迫に当てられたサリッサは、思わず息を荒くする。心臓が締まって、冷や汗が浮かぶ。しかし、彼女の心の奥底では、ふつふつと熱いものが湧き上がりつつあった。すっかり青褪め、彼女はフェルディナントの顔を直視する事すら出来ない。小刻みに震え、目を伏せる。

 だが、その口は真っ向からの否定を口にした。


「……何も期待などしていません。私はジュード・ラプレイスの正体が知りたくて、勝手に従っているだけです。魔物の肉塊で身体を作り、魔に復讐を志し地獄から這い出してきた彼の、本当の正体が知りたくて従っているだけです」

「なに……?」


 フェルディナントの眉が僅かに動く。気迫が僅かに緩んだ。その瞬間をサリッサは本能的に見逃さず、がむしゃらにジュードの身体へと駆け寄り、傍に落ちていた拳銃を拾い上げた。重い銃を両手に持ち、サリッサは真っ直ぐにその銃口をフェルディナントへと突き付ける。


「もうこれ以上ジュードさんに手は出さないでください。撃ちますよ」

「このバケモノを庇いだてするつもりか、娘」

「そうです。私はジュードさんを守ります。いつかの夜に、ジュードさんが私を守ってくれたように」

「愚かな」


 フェルディナントは舌打ちし、一歩を踏み出す。刹那サリッサは引き金を引いた。足元を狙う銃弾はフェルディナントの法気に阻まれて逸れ、僅かに薄皮を掠めただけだった。

 フェルディナントは顔を顰め、足元とサリッサを交互に一瞥する。やがてフェルディナントは気付いた。ずっとジュードの瘴気に晒されていたであろうに、彼女には一片の瘴気もまとわりついていない事に。ジュードが放った瘴気に満ち満ちた弾丸は易々と逸れていったというのに、彼女の放った弾丸は殆ど逸れなかった事に。フェルディナントは目の色を変え、肩を怒らせて叫んだ。


「……何故だ。お前は神に恵みを与えられているというのに、なぜお前はバケモノに付き従う! お前もこの世を統べる神ののりをその身に強く宿しているというのに!」

「放っておけないからです! 本当は優しいはずなのに、所詮自分はこの程度と決めつけて、必死にやくざ者を演じているこの人の事が!」


 サリッサは必死だった。必死に、あの時の事を思い出していた。全く拒絶しようと思えば拒絶できたというのに、結局賭けだのなんだのと言って炎に包まれた街から人々を救ってみせたジュードの事を。覚悟を見せた人間には、確かな誠意を払う彼の姿を。

 ジュードがもたらすのは破滅だけではないと、彼女はとうに信じ抜いていた。


「愚か者め。神に愛されながら神に背く者は、一番に罰されなければならん。裏切りの罪によって、永久凍土の地獄へと葬られなければならん!」


 フェルディナントは頬を震わせ早口で言い放つと拳を固めてサリッサへと真っ直ぐに殴り掛かった。しかしその身がサリッサへ届く前に、いきなり盛り上がった肉塊がフェルディナントの突進を阻んでみせた。


『……本当に、貴様はあの女(・・・)と同じような事ばかり言いやがる』


 どこからともなく声が響き、肉塊は一気に闇の中へと溶けていく。黒い霧が舞い、フェルディナントも、サリッサも暗闇へと包んでいく。


「全く馬鹿な娘だ。私はそんな生易しい人間ではないというのにな。そうだろうが、レーヴェ大司教よ」

「……貴様」


 フェルディナントは暗闇の中でじろりと白い眼をつくる。宙に輝く赤い眼光が、フェルディナントと真っ直ぐに向かい合っていた。


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