039.MIZU-BUKKAKE-LONE
「お前は……地上最強の盲信者ではないか。これはこれは。こんなところまで御足労畏れ入る」
ジュードは煙草を投げ捨てながらにやりと笑う。さっと帽子も取り、彼は深々とお辞儀した。
「だが心配は無用。このピンカートン探偵社所属、ジュード・ラプレイスがバケモノは地上に一片と残さず滅ぼして見せました。この通りです」
「聖戦!」
しかし、頭を下げた隙を目掛けてフェルディナントは拳を唸らせて襲いかかる。稲妻走るような一撃に、ジュードは思わず目を見開き飛び退いた。帽子を思わず手放しかけ、慌てて彼は目深に被り直す。
「随分と血気盛んなことだ。さすがは神の教えに一心不乱と従うだけの事はある」
フェルディナントは軽く歯軋りしながら拳を構える。筋肉は更に強く浮かび上がり、彼が纏う黒いローブの上からでもその逞しい形が窺えた。
「黙れ。神に仇なす魔物め。貴様の放った瘴気で、この地は汚れに汚れ、最早炎によってのみしか払い得ぬ。否、炎によってすら払えるかも定かでは無い程だ」
「私がいくら魔術を使おうと物の数に入らんだろう。ここにはもう魔が蔓延ってしまったのだからな。少しは過程を見つめて結果を慰める努力をしろ。年寄りのくせに。身が――」
再び、まるで雷光のように迅速な一撃がジュードめがけて襲い掛かった。ジュードは身を捻って躱そうとするが、セスタスに固められた拳の端がコートを僅かに掠める。フェルディナントはそのまま反転すると、今度はジュードの懐に潜り込み細かい一撃を何度も何度も繰り出しにかかる。ジュードは顔を歪め、のらりくらりとその拳をどうにか躱していく。
「聞く耳無しか、盲信者め!」
「貴様は魔を討ち滅ぼすという事の意味を、理解していないままでその膨大な膂力を振るっている」
フェルディナントはローブを波打たせながら、寄せ来る波のように拳を打ち込んでいく。全て躱され少々掠るだけだが、それでも構わずフェルディナントは打ち続ける。法力を込め、憎き魔に向かって打ち続ける。それが彼の至上命令であるからだ。
「魔の力は相応の法の力によって滅ぼされねばこの世に瘴気となって撒き散らされる。魔と魔の衝突が起きれば、より瘴気は濃く、この世に満ちる!」
フェルディナントは不意に低く構え直す。
「どれほど貴様が魔を怨もうと、貴様もまた同類に過ぎん! 貴様も穢れた魔の一柱に過ぎんのだ!」
「貴様!」
前のめりに突っ込み、彼はジュードに向かって鋭く重い一撃を放った。ジュードは目を剥くと、半身になって躱しざま、右の拳銃を引き抜いて引き金を引く。だが、その一発は身を翻したフェルディナントの裏拳に易々弾かれてしまう。勝ち誇った笑みをフェルディナントは浮かべ、全身の筋肉を漲らせて一息に間合いを詰め殴り掛かる。
「魔、滅せよ!」
その身に張り巡らされた法力はジュードの放つ弾丸を悉く弾き飛ばし、その拳はジュードの鳩尾に炸裂した。さしものジュードも息を詰まらせ、穢れた血に染まった大地を無様に転がり地に伏せる。素早く起き上がったところへフェルディナントの蹴りが飛んできて、ジュードはどうにか手刀でそれを払い除ける。そのまま鬼のような形相で立ち上がり、ジュードは左手に持ち替えた拳銃を右腕に押し付ける。
「私を怒らせたな、獅子公。私をあれと同類にしたか」
「一体何が違うというのだ、黒い外套の男よ」
フェルディナントは低く笑うと、ゆらりと構えを解いてジュードを見据える。ジュードは目を見開き、歯を剥き出しにして、とても笑みとは言えぬ歪みきった表情を見せた。
「ああ、同じだとも。同じだ。私はアレともアレとも同じクソッタレだ。だが、訳知り顔で言われるのは気に喰わんな。お前達は同じ魔を憎む同志、つかず離れず互いを脅かさぬようにしておこうと考えていたが、仕方ない」
ジュードは引き金を引く。右腕が吹き飛び、地面に落ちる。途端に落ちた右腕の肉は蠢き、変貌を始めていく。肉が波打ち、見る間に膨れ上がっていく。
「法の獅子と魔の番犬、どちらが強いか見物だな?」
「……比べるまでもあるまい。魔は魔のあるべき醜い姿へと還る」
フェルディナントは構えを作る事も無かった。ただ腕組みをしてジュードの姿を見つめている。ジュードはその不遜な態度にますます笑みを歪めるが、その狂った気迫に背くように、地に落ちた右腕はただ弾けた。肉や臓物の塊となり、その場に飛び散る。目や牙だけが、辛うじて地獄の番犬としての有様を見せるだけだ。それを目の当たりにした瞬間、ジュードは思わず息を呑んでしまった。
「お前そのものもだ。愚かな亡者め」
言うが早いか、ジュードの身体が崩れた。左腕が、右脚が、左足が醜い肉塊へと変わり、ずるずると地面に落ちて広がる。四肢を失ったジュードは、そのまま広がる血と臓物の上に転がるより他無かった。その胴も、膨れ上がりただの赤黒い肉へと変わっていく。
フェルディナントはジュードの醜い変貌を見届け、心底蔑みきった眼で見下ろした。
「それが貴様の正体だろうが。ただの継ぎ接ぎだ。何もかも失って、継ぎ接ぎだけで出来上がっているのが、お前だ。最早人間ではなければ、まともな魔ですらない」
息せき切って、フランとサリッサは屋敷へと続く道を駆け登った。そんな二人が目にしたのは、黒い穢血の上に広がる臓物と、その上に転がるジュードの生首であった。




