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003.deep sea song

 再び村に火が放たれる。中途半端に焼け残った家や畑が、今度こそ全て灰燼に帰していく。鎖帷子を身につけ、旗印の結びつけられた槍を掲げた兵士達が炎の中を行き交い、獣の亡骸も、人の亡骸も区別なく焼き払っていく。火の届かない村の隅には、農民達が持っていたなけなしの家財が無造作に集められていた。


「ひどい……」


 娘、サリッサは山間の陰から燃え上がる村を見下ろし、ぽつりと呟いた。麻で出来た丈夫な外套を着込み、粗雑な旅嚢の中には金目の物を持てる限り詰め込んでいる。男、ジュードは咥えた煙草に火を付けながら、事もなげに呟く。


「あれが『狩人』だ。怪物に襲われた村の後始末が奴らに与えられた使命。怪物によって穢された大地を焼き払い、その痕跡を血の跡一つさえ残さない。そうしなければ、その村の跡は漂う瘴気によって死霊の巷、獣の巣になるからな」

「瘴気……この世を襲った魔の残り香……」

「そうだ。目には見えんが何より酷い毒だ。まずは頭がやられる。訳の分からん妄執に囚われて、そのうちその身体も異形と変わる。……この辺は、お前達の方が詳しいだろうがな」


 ジュードは肺の底まで煙を吸い込み、けだるげに吐き出す。サリッサには、彼が目を輝かせ、生き生きと獣に相対していたのが嘘のように思えた。その目は死んだ獣のように濁り、そこに映るものすべてが下らないものと見なしているかのようだった。


 二人が見ている間にも刻々と事態は進んでいく。やがて火は細り、何もかもが燃え落ちた焦土へと変わっていった。騎士達はその間にも、馬車へと家財を投げ込んでいく。掘った粗末な穴に煤けた骨を放り込んでいく。


「まあ、言ってしまえば大義のある略奪行為だ。持ち主の無い財物を持ち去ろうと、死人にそれを咎めだてする術はないからな。喩えそれが隣の領地であっても。あの旗印、カメーリエ伯のものだろう」

「確かに、あれは……でも、そんな事はアイヒェ伯がお許しにならないのでは」

「ああ。お前のとこの領主が『狩人』が現場に間に合えばな。間に合わなければ自領近くの獣の巣を見過ごしていたという大義名分を突き付けられて終わりだ。……今回は間に合ったようだな」


 鋭い喇叭の音が響き渡り、ジュードは僅かに目を村の外れへと向ける。次々に鳴らされる喇叭が山間に木霊し、獣の野太い叫び声のようになる。地響きの様に蹄鉄の音が鳴り渡り、十騎の兵士が馬上槍を水平に構えてカメーリエ兵に向かって殺到する。気づいた兵士達は慌ただしく長柄槍を構えようとするが、間に合わず次々に槍を突き立てられて斃れていく。業火に清められたはずの大地が、再び鮮血に汚されていった。


 サリッサは信じられないという顔で首を振った。鬨の声と断末魔が入り混じる修羅の巷を見下ろし、彼女は心の隅へとどうにか追いやろうとしていた惨劇を再び脳裏に蘇らせてへたり込む。息も絶え絶えになりながら、ぽつりと呟く。


「どうして。カメーリエ伯とアイヒェ伯は領地の安寧のため手を取り合ったと聞いていたのに」

「水面の上で優雅に見える白鳥も、水中では見苦しく足をばたつかせているものだ。表向きは手と手を取り合おうと、隙あらば互いを喰いあおうとしているんだ。私がかつていた世界も、そうして戦が起きた。大陸全てを火に包む戦だ」

「かつていた? あんな化け物を瞬く間に蹴散らしたり……」


 爛々と目を輝かせて怪物を薙ぎ倒したかと思えば、乾き果てた目で炎を眺めるこの男。サリッサは改めて男をまじまじと見つめた。着込んでいる外套はベルトやら何やらがごちゃごちゃと付いており、帽子も司牧が被るような円筒状のものではなく、天辺が潰れている。どちらもサリッサは見た事が無かった。腰に差さった二丁の鉄砲も、彼女の風の噂に伝え聞いているものとは全く形が違っていた。

 改めて見れば、彼の存在の全てが彼女の常識の外にあった。息を呑み、サリッサはジュードに尋ねる。


「あ、あの。貴方は……一体」

「……」


 しかし彼は答えない。再び彼の目は爛々と輝いていたからだ。激しい憎悪と怒り、そして狂喜に燃え上がっていたからだ。彼女の言葉など全く無視して、ジュードは低く漏れる笑いを堪えられぬまま、中毒者のように震える手を銃に伸ばした。


「そうか。そうかそうか。そうかそうかそうか! ここにも来ていたか! 呪われた狂信者どもめ!」


 ジュードの視線は、騎士を刃が燃え盛る剣で薙ぎ倒す一人の歩兵に向けられていた。


 それは奇妙な姿をしていた。真っ白なローブの胸に十字の刻まれたブローチを止め、目だけを出した、これまた真っ白な円錐型の頭巾を被っている。彼は波のように寄せ来るアイヒェ兵の馬に燃え盛る剣を突き立て、乗り手ごと一気に灰塵へ帰していた。


「ふふ、はははは。あははははははっ!」

「ひっ」


 背筋を反らして狂ったように笑い出したジュードを見て、サリッサは力無くその場に崩れ落ちる。再び彼女の目に、獣を薙ぎ倒したバケモノ(・・・・)の姿が映っていた。バケモノはぐるりとサリッサの方を見ると、歯を剥き出しにしてまくしたてる。


「小娘、野垂れ死にしたくなければそこで待っているがいい。たかが人間同士のトラブルならば手を煩わすまでもない。だがあの狂信者がいるなら話が別だ。俺は奴らを殺しに来た。地獄の涯、コキュートスの絶対零度を奴らにも味わわせるためにここまで這いあがって来たのだ。待っていろ。今すぐに殺す」

「は、あ、ああ……」



 ジュードは山の斜面を一気に飛び立つ。目にも止まらぬ速さで駆け、ジュードは白いローブの存在の真ん前に立ち塞がった。


「クランズマン! ここで遭ったが百年目だ。一切の存在の跡も残さず滅してやる!」


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2.狩人

怪物を狩るよりも人を狩る事に優れたバ狩人。ちゃんと怪物が襲った村を追い打ちした今回の狩人はまだましで、ひどいところだと難癖つけて略奪してるだけの狩人もいる。でも今回のも怪物が暴れてるの見てただけだしギルティ。聖騎士団というまともに怪物狩りする連中もいる。ようするにこいつらモグリ。

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