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035.蛹

 白装束に身を包んだ狂信者、ディラックは部屋の中に座り込み、フードの奥に見開かれた眼光を輝かせていた。血走ったその眼はぎょろぎょろと動き、目の前に刻まれた複雑怪奇な魔陣をなぞり続けている。その間に乱暴に扉は蹴破られ、黒いトレンチコートを纏った男が二丁拳銃を構えてつかつかと乗り込んでくる。

 笑いながらもその目は狂気的な怒りに見開かれ、彼が呑み込んだ地獄の炎が、その赤黒い瞳から透けて見えるかのようだ。文字通り地の果てまでも狂信者達を追って来た復讐鬼である。


「よう、久しぶりだなあ、食人鬼」


 ディラックは目をぎらぎらと動かしたまま、ジュードの事など気付いてもいないかのようだった。ジュードは歯を剥き出しにすると、ディラックの脳天に向かって銃弾を撃ち込んだ。頭蓋が吹き飛び、フードが深紅に染まる。しかし目は砕けた頭の下でぎょろぎょろと動き回り、魔陣を描き続けている。フードの中でもごもごと砕け散った肉は蠢き、フードから溢れる血も引いていく。


「訊いているんだ、食人鬼。美味かったか」


 ジュードの声が僅かに震える。拳銃を強く握りしめ、荒々しく引き金を引く。ディラックの腕や腹が弾けて吹き飛ぶ。しかしディラックは澱みなく魔陣を見つめ続けていた。全く無視され、とうとうジュードも笑みすら作る余裕を失い、二丁の拳銃を一気にディラックに向かって突き出した。


「俺の女の肉は美味かったかと訊いているんだ!」


 刹那、ディラックはフードを脱ぎ捨ててジュードへと襲い掛かる。ジュードが放った銃弾を掻い潜り、裏拳に蹴りをすり抜けてディラックはジュードの喉笛に思い切り牙を突き立てた。ジュードは顔を歪ませ、ディラックの首に銃口を突き付け何度も引き金を引く。首の肉、骨が砕け散り、胴は引きちぎられて魔陣の上に倒れ伏す。ジュードはディラックの首をむしり取り、ラグビーボールのように壁へ叩きつけた。息を荒げて見下ろすジュードに、転がるディラックの首はジュードを見上げる。虚ろな髭面がジュードをしばし見つめていたが、不意にその首は破顔する。大口開けて、ゲラゲラと笑い始める。


「ならば私も問おう。お前は日々食べる肉の味、いちいち憶えているのか?」

「……貴様ァッ!」


 ジュードは鋭い声で叫び、銃弾をディラックの首に向かって何度も何度も叩き込む。やがてディラックの首は骨の混ざったミンチ肉となる。それでもその肉はずるずると集まり、ディラックの胴体へと殺到して再び頭を形作った。


「神の偉大さを理解しない愚かなる者よ。神の偉大なる大地を実現するためには、貴様のような存在は邪魔だ。無意味だ」


 ディラックの倒れ伏す魔陣が闇へと染まる。ぬらぬらと黒いタールのような液体が溢れてくる。


「……神の僕が喰らってくれるぞ。喜べ。タグイェルのようなただの魔とは違う。全てを呑み込み、貴様を怨み憎しみから解き放ってくれよう。……さあ、全て命は一つとなる。最後の審判を迎えるために、全て命は地へと一度呑み込まれる!」


 ディラックが叫んだ瞬間、タールのような液体は一気に獣のような形を取って噴き上がり、ディラックの身体を呑み込んでしまった。跳び上がったそれは屋敷の屋根を吹き飛ばし、巨大な毛むくじゃらの蝦蟇のような形を取っていく。ぎょろぎょろと二つの巨大な目を蠢かせ、それは地面に立つジュードを睨みつけた。


「……喰う、何もかも……」




 降り注ぐ瓦礫から逃れて、レオは槍を抱えたまま窓から飛び降りた。後を追ってヴィヴィアンもレオに向かって飛び掛かってくる。レオは思い切り身を捻って、ヴィヴィアンの伸ばした腕を槍の柄で振り払う。土を踏み固めただけの庭に舞い降りたレオとヴィヴィアンは、屋敷を踏み潰した巨大な魔を見上げる。

 ヴィヴィアンは目を輝かせ、少女のような高笑いを始めた。甲高い声で笑い、金切り声で笑い、ヴィヴィアンは諸手を上げて喝采の声を上げる。


「ああ! 我らの主が! 我らの主が現れたもうたわ! 命を一つへ統べる主が!」

「余所見をするな!」


 レオは顔を顰め、ヴィヴィアンの背に向かって一気に槍を伸ばす。ヴィヴィアンは身を翻して槍を弾き飛ばし、信じられないという顔でレオを見つめる。


「愚かな! 我らが主の来臨であるぞ! 平伏せ! 最後の審判のため、主は汝らの罪を喰らい贖いなさるのだ!」

「何を言っているか皆目理解し得ぬ! 私には、あんなものただのデカブツにしか見えん!」

「目が腐っている! まなこが腐っている! やはり人間は罪深な生き物だ! 神の御姿をデカブツなどという野蛮にして醜い言葉で形容するな!」


 ヴィヴィアンは真っ青になり、全身を唸らせてレオに殺到する。魔の眷属の重い一撃に突き飛ばされ、レオはもんどりうちながら地面を転がりようやく起き上がる。しかし、その目は何も恐れてはいなかった。もっと恐ろしいものが、心の奥でじろじろ睨みを利かせていたからだ。


 自分を臆病者と罵った悪魔が、炎の中に居座り自分の事をにやにやと見つめていたからだ。


「……ああ、何故だろうな、貴様たちに関する何をも、怖い気がしない」

ピンカートン雑書

2:「ならば問おう……」

「お前は今まで喰ったパンの数を憶えているのか?」って言いたかったけど神が言ってはいけないと言って来たような気がしたので言い改めたディラック君の図。

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