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033.新世界

「やはり、化生の類であったか」


 薄笑いを浮かべるヴィヴィアンであったもの(・・・・・・)に向かって、レオはじりじりと窓辺へ後退りしながら叫ぶ。彼女は髪の毛を振り乱して妖艶に笑い、兵士と共にずんずんと間合いを詰めていく。


「ええ。貴方達にとってはね。でも違うわ。神の御使いによって私は救われ、私は神の力の欠片を与えられたのよ。命を奪い、また与え、この手に操る力を!」


 ヴィヴィアンは言うや否や、頭を抱えて呻くショイアックに向かって、輝く深紅の瞳を向ける。その瞬間、ショイアックは雷に打たれたように跳ね上がり、傍のレオを突き飛ばした。とっさの事に受け身を取るのが精一杯だったレオは、ゆらりと振り向くショイアックの顔を見上げて息を呑む。


「ショイアック殿……」


 低い唸り声がぽかんと開いた口から洩れた。灰色に濁った眼は半分白目を剥いている。爪は見る間に鋭くなり、歯は牙のように尖っていく。優しき放浪医師の姿など、影も形も無くなってしまっていた。その無残な姿を見てなどいられず、レオは代わりにヴィヴィアンを睨みつける。彼女は腕組みして、まさに勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。


「あの時我らに呑ませようとしたワインか」

「ええ。アレには私の血の練成物が混ざっていましてね。アレを呑んだものは一人の例外も無く私の眷属と化しますわ。食屍鬼とはまた違う、不完全な吸血鬼(わたし)となるの」


 ヴィヴィアンが言い終わらぬうちに、ショイアックは叫んでレオに襲い掛かる。顎を大きく開いて、喉笛めがけて頭から突っ込んでいく。

 レオは反射的にショイアックの腹を思い切り蹴飛ばすと、その勢いで立ち上がり槍を持つグールへと突っ込んだ。グールは槍を突き出し、振り回して応戦しようとするが、仮にも『槍騎士ランスナイト』とまで言われるレオが力任せの槍に討ち取られはしない。するりと槍の柄をその手の内に収めると、器用に槍を引っ張り込んでグールの手からもぎ取ってしまった。起き上がるショイアックの脳天に石突を叩きつけて黙らせると、返す刃でグールの喉を次々に貫き倒していく。


「ふふ、聖騎士さんにはこの程度の囲いは造作も無いという事かしら?」

「当たり前だろう。私の前に槍など持って現れるとは。いささか舐められたものだ」

「確かに舐めておりましたかもしれませんね。ですが、舐めているのは貴方も同じではなくて?」


 喉を突かれ、どす黒い血を流して倒れていたグールが呻きながら起き上がる。レオは舌打ちすると、今度は槍を横薙ぎにしてグールの首を刎ね飛ばす。

 振り終わった隙に向かって、目にも止まらぬ疾さでヴィヴィアンがレオの懐へと潜り込んだ。伸びて来たしなやかな腕をレオは槍の柄で叩き落とし、間合いを取って再び槍を構える。その間にグール達も、ショイアックも間合いを詰めてくる。多勢に無勢、レオは顔を顰め、ヴィヴィアンは悲鳴のように笑う。


「あははははっ! 槍騎士さん、一体貴方はどうするつもり? 法儀礼の済まないただの槍だけで、私達をどうにかできると思って?」

「ぬぅ……」


 レオが言葉を失いかけた瞬間、彼の背後から黒い影が飛び込んで来た。


「邪魔だ」


 腕を交差するように構えたその影は、レオを背後から叩きつけるように蹴り付けてきた。咄嗟な出来事に反応しきれなかったレオは、どうにもできずに頭から突き倒される。肩や頭を強か打ち付け呻く間に、頭上では鋭い発砲音が無数に響く。その後を追うように、肉が弾ける音、血が飛び散る音が続く。頭や胸を撃ち抜かれたグールが、伏せる彼の目の前によろよろと斃れていった。

 恐怖さえ雑じるヴィヴィアンの金切り声が弾けた。


「黒い外套の男!」

「煩いぞ、馬鹿。邪魔だから退け。用があるのはお前を従える食人鬼ただ一人だ」

「ディラック様? させませんわ! 大切な主のお手を煩わせるまでも無く、私が貴様を葬ります!」

「ふざけるな。お前はこの男とお楽しみの最中だったんだろう? 私は邪魔をしないから、貴様も私の邪魔をするな!」


 レオが僅かに身を起こすと、闖入者は黒い外套を翻し、ヴィヴィアンの薄いドレスを纏っただけの肢体に容赦無く銃弾を撃ち込んでいく。腕が弾け、脚が砕け、ヴィヴィアンは糸が切れた操り人形のようにどさりと崩れ落ちる。


「貴様ぁ!」

「一旦黙れ」


 男はヴィヴィアンの脳天に銃弾を撃ち込み、頭蓋を弾けさせる。無残に眼球や脳漿を飛び散らせ、ヴィヴィアンは動かなくなった。男はただの肉塊となったそれを飛び越え、怪物の死体に囲まれ呆然とするしかないレオの方へと向き直った。


「吸血鬼はその程度では死なないから安心しろ。存分に続きを楽しめ、臆病者君」


 肉が蠢くヴィヴィアンの亡骸を指差し、男はしたり顔をする。レオが何も言えずにいるうちに、男は足早に部屋を出て行ってしまった。どこかで出会ったような気がする。そんな予感が脳裏を過ぎっていたが、記憶を手繰っている暇は無かった。飛び散った肉がずるずると寄り集まり、ヴィヴィアンは再びその美貌を取り戻していたからだ。眉間に皺を寄せ、彼女は拳を固めて絶叫する。


「黒い外套の男!」


 そのまま身を翻して走ろうとするが、その背中に向かって、レオは反射的に槍を突き付ける。


「待て。敵に背中を向けてどうにかなると思うのか」

「……畜生!」

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