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030.十六夜

 すっかり日も落ちきった頃、臨戦態勢の兵士を連れてヴィヴィアンは自ら旅籠の中へと乗り込んだ。乱暴に扉を開き、下で食事を取る旅人が彼女らを見て泡を食ったのを尻目に、彼女は階段をずんずんと昇っていく。部屋の扉を開いては覗き込み、開いては覗き込みを繰り返し、一番奥の扉を開いた時、彼女はついにそれ(・・)と対面した。


「……貴方が、『黒い外套の男』ですね」


 兵が乗り込んで来たのも構わず、窓際に頬杖ついて夜空を見上げている黒い外套の男――ジュードに向かってヴィヴィアンは凛とした声で言い放つ。しかしジュードは夜空を見上げたまま、彼女達の事など見ようともしない。


「何だか知らんが、いつの間にかそう呼ばれるようになってしまったらしいな。そろそろ赤い外套にでも変えてやろうかと思っているところだ。ついでに眼鏡も掛けてな。パーフェクトだ」

「こちらを見なさい、悪人め。貴方の狼藉は知っています。カメーリエ城に魔物を導き、炎に包んでしまった悪魔のような男。一体何の用があって、この地にやって来たというのですか」


 我関せずといった態度でぼんやりしているジュード。ヴィヴィアンは眉間にしわ寄せ、美しい顔立ちを僅かに歪めながらさらに一歩ジュードに向かって踏み込んだ。兵士もぞろぞろと部屋に乗り込み、槍をジュードに向かって突き付ける。それでもなおジュードは頬杖突き続け、一片たりと慌てた様子を見せない。気怠そうな赤黒の瞳で、兵士達の様子を見渡し、ヴィヴィアンの怒りに満ちた形相を見つめる。


「何の用? 宿を借りているだけだが? 私にも休息は必要だ。いくら悪魔のような男だとしてもな」

「みすみす貴方に休息など与えるものですか。父がナルツィッセ伯に召喚されている現在、私が領主代行です。この村の意志です。大方、私の民を脅しつけてこの旅籠に入り込んだのでしょう。そんな事は許しません。私は領主代行の義務として、この村の災厄となりかねない貴方を追い払います」

「……面白い事を言うものだ。災厄か。災厄とわかっていて、お前は私を追い払おうと思うわけだ。人間如きが、災厄を追い払う事が出来ると思っているわけだ」


 せせら笑うと、ジュードは銃を一丁引き抜き素早く引き金を引いた。銃弾は一条の光となり、一人の兵士の足元に鋭く突き刺さる。目にも止まらぬ一発に、思わずその兵士は泡を食って尻餅をつく。追い打ちを掛けるような高笑いが、ジュードの口から溢れる。帽子を目深に被り直し、両眼をぎらりと滾らせ、ジュードはもう一丁の拳銃も引き抜く。ゆらりと立ち上がり、彼は銃口をヴィヴィアンの首と心臓に向ける。


「さあ、追い出したいのならば追い出してみるがいい。一向に構わんぞ。だが災厄を人の手で払えると思うな。災厄は人の手でどうにかなりはしない。寝台の下に引き籠って、がたがたと震えながら神に罰の終了を願うしかないのだ」

「……」


 ヴィヴィアンは唇を白くなるほどに噛み、関節も白く浮くほど拳を握りしめる。しかし、周囲の兵士はすっかり腰が引けていた。未だ床板に燻る銃弾を見つめ、構えが緩んでいた。横目にそれを確かめたヴィヴィアンは、じりじりと後へと退いていく。ジュードはへらへらと笑いながら、銃口をちらちらと動かして兵士達を部屋の外へ押し出していく。


「そうだその調子だ。大人しく寝台の下にでも隠れていろ。そうすれば私は何もしない。時は平穏無事に過ぎていく。……だが、獣をつつけば、何が起こるかわからんぞ」

「わかりました。……我々は、何も気づかなかったことと致します」


 悔しげに顔を歪めていたヴィヴィアンは、ふと、柔和に笑みを浮かべた。拳も解き、兵士に下がるよう合図して、彼女はしずしずと頭を下げる。


「御無礼をお詫びします。貴方が何もなさらないというのなら、こちらとしては無関心の態度を決め込ませて頂きます」

「そうだ。大人しく屋敷に篭っていろ」

「時に、良いワインが出来ております。宿の者に伝えておきます故、どうかお召しになってください」


 いかにも育ちの良い、お嬢様らしい淑やかな笑みを残して、彼女は優雅に屋敷を出ていった。ふわりと髪が揺れ、花のような匂いと――やはり腐った土のような臭いを残していく。ジュードは笑みを潜めると、ゆっくりと銃を収める。


「終わったぞ。出て来い、二人とも」

「は、はーい」


 寝台の下からごそごそと、たっぷり埃を付けたサリッサが這い出して来る。他にもすらりと伸びた腕がベッドの下でじたばたしている。


「ご、ごめんなさい。胸がちょっと、つかえて。上手く出て来れないです」

「もうっ! 嫌味ですか、それは」


 フランの呻きにサリッサは思い切り溜め息をつくと、腕を引っ張ってフランをずるずるとベッドの下から引きずり出す。全くの無表情でその様子を見届けたジュードは、埃を梳って落としているフランに向かって低い声で尋ねる。


「どう見る、フランベルク」

「どう見るも何も。あんなのもう、瘴気がひどくてたまらないですよ。御気の毒です、ここの領主さんも」

「そうか」


 ジュードは相変わらず感情の籠らない表情で、拳銃の様子を確かめる。


「わかっているだろうが、ワインは飲むなよ二人とも。下の奴らはたんまり飲んでいたが、今日の夜にでも暴れ出したくなる(・・・・・・・・)




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