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024.羽根

「ごめんなさいです。最近ちょっと仕事ばっかりだったんで、何にもしないで眠ってたんですよぉ」


 フランベルク、通称フランは部屋の中をバタバタと駆け回ってあちらこちらを掃除していく。その度に埃が立って、掃除しているのか散らかしているのかわからない。サリッサは粗末な布で口元を覆い、我慢できんとばかりに立ち上がった。


「いいですよ、フランさん。暇な私が掃除しますから、ジュードさんと話しててください」

「ええー? いいんですかぁ?」


 艶を帯びた、妙に間延びした喋り方。サリッサは少々の苛立ちを覚えながら頷いた。


「汚れなきは人の義務なりき。私、掃除するのは昔から得意なんで。フランさんが慌ててやるよりは早く綺麗になりますよ」


 その視線はいちいち主張の激しい彼女の胸へと向いてしまう。サリッサに比べると二回りは大きさが違った。ジュードに貧相だなんだと言われた事を思い出し、サリッサはこっそり溜め息を吐く。

 そんな彼女の様子を首を傾げて見つめ、フランは三脚の椅子にゆるりと腰を下ろした。いそいそと働きだしたサリッサの背中を見やり、フランは困ったように眉根を下げる。


「うーん。何だか申し訳ないですねぇ」

「気にするな。あいつがやると言ったんだからやらせておけ」

「そうですねえ。そうさせていただきます」


 フランは静かに頭を下げると、改めてジュードに向き直る。目をしっかり覚ましても、どこだかぽわんとして、掴み所が感じられない女だった。


「ええと、ジュード・ラプレイスでしたっけ」

「お前はいい加減人の名前を憶えろ」

「努力します……ジュード、でもあなたの噂は私の耳にも聞こえてましたよ。娘を一人連れた黒い外套の男。単なる愛人だとか、肉欲を晴らすために村から攫ってきた娘だとか、何か色々言われてましたねえ」


 窓際を乾拭きしていたサリッサは、思わず真っ赤になってむせ返ってしまう。そんな様子をちらりと見やり、ジュードはにやりと笑う。


「不服みたいだぞ、そこの小娘」

「不服……? 愛人やら村から攫ってきたやらは噂の尾鰭だとしても、手垢の一つや二つ付けたんではありませんか?」


 サリッサの耳が真っ赤になる。聞き耳を誤魔化すように、動きがいやにてきぱきとなる。乙女そのものの初心な反応だった。ジュードはけらけら笑い、小さく首を振った。


「私を何だと思っている。手なんぞ付けてない。適当な街でほっぽりだそうとしているんだが、奴めなんだかんだと難癖つけて付いてくるんだ」

「ほへぇ。いじらしい女の子ですね。さっさと抱いてあげればよろしいのに」


 フランは首を傾げ、垂れ気味の目を瞬かせて心から不思議そうに呟く。ジュードは相変わらず愉しそうに目を光らせて頷く。


「そのうちにな」


 刹那、サリッサはほとんど空っぽの食器棚を叩いて振り返った。口当てを外して、真っ赤になった顔を晒して叫んだ。


「じゅ、ジュードさん! 私をからかうのもいい加減にしてください! それに、何なんですかこの人! 法士とか言ってましたけど、こんなん色惚けじゃないですか!」

「あらあら。色惚けとは酷いことをおっしゃいますねぇ。私は立派な法術士ですよぉ。瘴気が原因で発生するその日暮らしの問題から、外に出てきた怪物の退治まで、何でも解決しちゃうのです」

「立派じゃないだろう。遅参を何度もやらかして制式クビになって、仕方なく(・・・・)市井に下りて何でもしているんだろうが」


 相変わらずフランはのんびりおっとり答える。口端を持ち上げ、ただでさえ大きな胸をさらに張って得意げにしているが、ジュードはただ呆れるばかりだった。苦虫でも食わされたように顔をしかめたサリッサは、右手のはたきで彼と彼女を交互に差す。


「で、ジュードさんとあなたは、一体どんな関係なんです? それこそ、何かやらしい関係なんですか?」

「あ?」


 眉をひそめているサリッサを睨み返し、ジュードはフランを一瞥する。彼女はきっちり座って、半ば頬を赤らめくすりとはにかんでいた。今度はジュードが苦虫噛み潰したような顔をして、肩を竦めた。


「そんな関係じゃない。こっちの世界に来たばっかりで何にもわからなかった時、たまたま会ったのがこの女だったんだ。色々世話してもらった。この世界に関する知識を教えてもらったり、金を工面するために仕事を分けてもらったり、色々な」

「ついでに夜の世話も……」

「してないだろう。余計な事ばかり言うな!」


 恥じらうように付け加えるフランに、ジュードもとうとう顔を真っ赤にして言い放った。そんなジュードに、フランはにやにやと悪戯っぽい笑みを向けている。溜め息混じりに額を叩き、ジュードはくったりと背もたれにもたれかかる。


「こういう女だ。どこまで本気でどこまで冗談で生きてるんだかさっぱりわからん」

「ジュードさんにそこまで言わせるって、強敵ですね……」


 ジュードとサリッサがぼそぼそ呟くのをふんわりとした笑みで見つめていたフランは、丁寧に頭を下げる。


「褒め言葉として受け取らせていただきますね。それでは、そろそろ本題に参りましょうよ。どうして私を叩き起こしに来たんですか? 気持ちよく寝てたんですよ?」

「お前の性格がいくらトンチキだろうと頼れるには違いないからな。少し手を貸してもらおうと思った」


 相変わらず微笑んだままだったが、フランの顔からようやく雲のように浮わついた雰囲気が消え去る。そんな彼女の様子を前に、ジュードもまた影の濃い雰囲気を取り戻す。


「尻尾を掴みに行くぞ。狂信者どもの」

ピンカートンキャラ覚書

9.サリッサ(2)

ジュードとの賭けに勝って以来、ちょっと調子に乗ってきた。村を出て以来気弱な態度が先行することが多かったものの、どちらかというとこっちが素。

ただフランの傍若無人ぶりには勝てなかった。

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