023.組絵
「ありがとうございます…….この他に言葉が見つかりません」
賑わう街の入り口に立ち、十人の老若男女がジュードやサリッサと長く長く握手を交わす。彼らは全て、カメーリエ城下が炎の中へと落ちた時にジュードが救った者達である。二人に先導されて落ち延びた彼らは、とうとう新たに住むべき街、ザッハブルクへと辿り着いたのだ。
「礼ならばそこの小娘にでも言っておけと言っているだろう。私は正直お前達など見捨ててしまうつもりだったが、こいつが助けろと我儘を言って聞かなかったんだ。そう説明しなかったか」
「まだ言うんですか、それ……」
手を握り締められながら肩を竦めるジュードの横顔を、頬を赤らめたサリッサが見上げる。やはり頭が真っ白でろくに覚えが無い彼女は、ジュードにどんな啖呵を切ったか聞かされる度に、こうしてからかわれるたびに、顔から火が出そうになるのだった。
一方のジュードも、慣れない人助けの慣れないお礼に若干調子を狂わせていたが。
「ありがたや、ありがたや……こうして生きていられるのは、毎日のお祈りを欠かさなかったお陰かねえ」
「拝むな。私はそんな優しい優しいものじゃない。とっとと散ってなるようになれ」
「本当にありがとうな。この恩はいつか……」
「出来もしないことを言うな、馬鹿。消えろさっさと」
「むず痒いからってそんなに突っぱねること無いじゃないですか、ジュードさん」
帽子を目深に被って口を曲げているジュードにむかって、サリッサはにやにやと笑みを向ける。あの時の賭けに勝って以来、彼女はただジュードの背中をおっかなびっくりついていくだけでは無くなっていた。
「馬鹿が! 私は行くからな。さっさとお前らは仕事探せ! サリッサ、さっさと来ないなら置いて行くぞ!」
ジュードもジュードで、躁鬱曖昧な人間らしい顔をのぞかせる。ぶっきらぼうで不器用、意地っ張りな顔だ。足取りも少しつんけんしている。ただ、放っておくと本当に置いて行かれそうで、彼女は慌ててカメーリエの人々に頭を下げる。
「す、すいません! 私ももう行きますね。皆さんお元気で!」
「おう、ありがとうな嬢ちゃん。本当に、この恩はいつか返すから、憶えておいてくれよ」
腕周りの逞しい男が歯をにっと見せて笑う。サリッサも笑って応える。旅に出てからというもの、初めて浮かんだ満面の笑みだった。
「はい。ジュードさんはあんなんですけど……私は憶えてます。多分、ジュードさんも。それでは!」
サリッサは踵を返し、雑踏の中に消えようとしているジュードの背中を追い駆けた。今も彼は足を突っ張るようにしてつんけん歩いていた。市場に集まる人を掻き分け掻き分け、サリッサはジュードの横にそっと並ぶ。
「本当に置いて行こうとしないでくださいよ」
「何だ? お前もあの街の奴らと一緒にここに暮らしておけば良かったものを。あいつらの命の恩人なんだから、大事に大事に扱ってくれるぞ」
「街に来るたび追い払おうとしないでくださいよ。ここまで来たんですから、まだまだついて行きますからね。ジュードさんの事、まだわからない事だらけですし」
口を開くたびにおどおどする事ももはや無く、サリッサは柔和に微笑みジュードを見上げる。ジュードは厭そうに眉根の皺を濃くすると、いきなりサリッサの胸倉を掴んで歯を剥き出した。
「好奇心は猫をも殺すという言葉を知ってるか?」
「ごめんなさい」
ジュードは溜め息をつくと、サリッサを鋭く突き放し、再びポケットに手を突っ込んで歩き始める。その足は狭い路地へと向きつつあった。
「面倒な奴め。お前みたいに面倒くさい奴を一人だけ知ってる。だがお前はそいつに輪をかけて面倒だ。ガキだ。子ウサギみたいにぽんぽん跳ね回りやがる。しおらしくしてりゃいいものを」
「そんなこと言われても……貴族の方々みたいに作法など習っていないので……」
サリッサが困ったように肩を縮めると、ジュードは振り向きもせず舌打ちした。
「わかった、もういい。お前と話していると疲れる……」
ある小さく不格好な家の前で立ち止まったジュードは、ノックもせずに扉を開ける。その不躾ぶりに、サリッサは思わず目を丸くする。
「え、え、いいんですか?」
「いいんだ。ノックしたところで何の反応も帰って来ない。そういう女なんだ」
入った家にはろくに光も入らず、ほんのりと埃っぽい臭いが漂ってきた。一歩踏み出すたびにむっと白い粉が舞い散る。吸い込んでしまったサリッサは大きなくしゃみを一つする。
「くしっ! な、なんですかこれ……」
「この有様だと相当仕事無かったな。無精もいいところだ」
「無精って……」
サリッサが何度も鼻をすすっている間に、階段を昇り切ったジュードはまたしても無言で扉を開け放つ。つかつか中へと上がり込むジュードについて、恐る恐るサリッサは中を覗き込む。そこは粗末なベッドが一台部屋の隅に置かれ、その上に壁を向いて一人が眠っていた。シルエットのくびれ具合で、それが女性だとすぐにわかる。ぼさぼさの金髪を布団の上にバラバラ広げて、彼女はすやすやと寝息を立て続けていた。光を受けた埃がちらちらと光って、その寝姿は神秘的に見ようと思えば見えた。
ただ、それこそが彼女が真の無精であることの証でもあるのだが。
「起きろ、寝ぼけ法士」
ジュードは一言告げながら、容赦無くベッドを蹴りつけた。その勢いで、女性は慌てて飛び起きる。
「ふあっ! 怪物! 怪物が来とる! 退散退散!」
寝ぼけ眼で正十字を切り、彼女は辺りをきょろきょろと見渡す。寝ぼけ眼の垂れ目にはおっとりした雰囲気が漂い、声の丸さも相まって随分と幼げな印象を与える。反してその身体はめりはりハッキリして、サリッサに一目で嫉妬の思いを抱かせるには十分だった。
ジュードは歯を剥いてにやりと笑い、思い切りその額を小突く。
「お早う、フランベルク」
「はあ。……おはよう、ございます。……どちら様?」
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8.フランベルク
仕事が無いと食事もろくにせずに惰眠を貪る世が世なら干物女の称号を貰った引きこもり法士。街の周辺で起きる魔物退治とかして過ごしてる。仕事ある時は頑張ってる。ボンキュッボンのナイスバディではある。作者がそろそろ女出さなきゃと思った結果登場したはいいけど正統派の美人にはなれなかった。哀れ。




