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020.杏子

 燃え盛る炎が空を杏子色に染める。斬られた人から噴き出す血が街を柘榴色に染める。阿鼻叫喚の地獄を演出しながら、レーヴェ聖騎士団は逃げ惑う人間を襲っては殺し続けていた。先頭に立つ青年騎士レオも、彼の振う血染めの槍には何の疑いも載せていなかった。


 2000年ほど前、この世を襲った魔によって世界は滅びかけた。それを救ったのが、誓約と共に魔と戦う力――法術を人間へ与えた、白き四つ翼を持つ神であった。この力を以て、神と共に人間はこの世に蔓延った魔を根絶した。

 だが魔はしぶとく、この世に瘴気を残した。これに触れたものは魔の力に囚われて狂い、異形の力――魔術を行使するようになる。やがてその姿までも異形と化し、魔の眷属となってしまう。眷属たちは、やがて虚無へと退散した魔を再び呼び出し、この世を焼き払い、凍りつかせ、毒に満たすだろう。

 エンゲル、レーヴェ、アドラー、シュティーア。四聖騎士団は再びの災厄を認めず、神の誓約により保たれたエルシーニァ大陸を守るために作られた。噴き出す瘴気を払い、二度と魔をこの世に顕さないために。


 正義であった。瘴気に触れたもの(・・)は何をも滅ぼす。人であれ、物であれ、城であれ、国であれ。それが正十字を護ると誓った彼らの使命であったからだ。


「レオ団長! 城内には魔の残骸と多くの兵士の亡骸が転がっておりました! 生きている者は一人もおりません!」


 城から駆け出してきた騎士が、レオの前にひざまずいて報告する。レオは無表情を貫いたまま、カメーリエの堅固な城を見上げた。『プロフェティア』の力を借りて、手始めにアイヒェ伯領を乗っ取り、それからレーヴェ司教領へ南進し……カメーリエ伯が最期に起こした軍事行動を傍から見ていたレオ達にも、彼の浅はかな軍策は手に取るように読み取れていた。レオは顔を顰め、槍を握りしめて呟く。


「愚か者め、魔術に手を出せば、必ずこうなると解らなかったか」

「団長、カメーリエ伯以下一族の姿は城内に見当たりませんでした。いかがいたしますか」

「今は捨て置け。魔が招来した瞬間に居合わせなかったのならわざわざ殺す必要はない。我々はこの街を浄化しに来ただけで、伯領を乗っ取りに来たわけでは無いのだからな」

「はっ。ではこれより、本城の浄化へかかります」

「念入りに行え。石の一つ一つにいたるまで、丹念に焼け。いいな」

「はっ」


 騎士はこくりと頷くと、再び城内へと駆け戻っていく。馬に跨ったままその背中を見送ったレオは、槍を鞍に引っ掛け、両手を組んで静かに祈りを捧げ始める。瘴気に囚われた者達の魂が、無事に天へと還れるように。

 刹那、不意に杏子色の空に黒い影が差す。哄笑と共に、空からその影は猛然と騎士へと向かって突っ込んでくる。天を見上げていたレオは、愕然と目を見開き、素早く槍を取って影に叩きつけた。影は真っ二つに裂け、黒い霧を噴き出しながら地面に落ちて弾ける。法術に守られたレオは身に纏わりつく瘴気をあっさりと振り払い、くるりと馬を翻す。


「姿を顕せ、魔の類よ。あるべき場所へと帰してくれる」

「はははっ! なるほどなるほど。聞きしに勝る猛々しさ。お前がレーヴェ大司教の虎の子、レオか」


 地面にへばりついていた闇はすぐに人間のような形を取り戻し、ぎらぎらと赤黒い目を輝かせた。四肢の先には鋭い爪が伸び、背中にはおぼろげな二対の翼が生えている。レオはただひたすら顔を歪め、敢然と魔に向かって突っ込む。


「魔が我が名を知るか。名誉な事だ。直ちに虚無へと還り、聖騎士レオここにありと叫ぶがいい!」

「おっとっと。待て待て。私は何もお前達とやり合おうなどというつもりは無い」


 魔は突き出された槍を掴んで捻り、中ほどであっさりと折ってしまった。鉄の砕ける甲高い音が響き、木くずがふわりと飛び散っていく。レオは目を見開き、呆然と折れた槍の先を見つめる。洗礼を与えられた槍であった。並みの魔は触れる事すら敵わない一振りであった。鉛を腹の中へと押し込まれたような感覚に襲われ、レオは唇を震わせる。


「な……」

「おっとこれは失敬。槍どころかお前の心まで折ってしまったかもしれないな! すまないすまない。すまないついでに、私はこれからちょっと人助けをしようと思うのだが。我儘な小娘がいてな、助けるのなら私が飽きるまで身体を差し出すとまで言うんだよ」


 レオが衝撃から立ち直れずにいるところ、悪魔は素早く彼の眼前に回り込んで白い歯をにやりと剥き出す。嵐のように叩きつけられる言葉に、動揺した心をさらにぐらぐらと揺すぶられ、レオは思わず言葉を失う。


「何も応えられないか。当然だろうな。お前達の信じる神の御業が通用しないんだものな。だが私は容赦しない。一片の容赦もなく、お前達の手から生きた人間を掠め取る」

「貴様……!」

「そもそもクランズマンがいる以上、ちょっと瘴気を浴びたくらいの人間を一人殺そうが一億人殺そうが仕方ないんだ。お前達には気持ちよく正義を果たしてもらおうと思っていたが、男も知らん小娘に大見得切られては、こちらも無碍には扱えん」

「団長! ば、化け物が! 人間を連れ去っていきます……あぁっ! 魔物だ! 魔物がいる!」


 傷だらけの騎士が息も絶え絶えになって広場に駆け込んでくるが、レオの前に立つ魔物を見てとうとう腰を抜かした。いつもならば散々に喝を入れるところだったが、今のレオには何も言えなかった。ただただ青褪めて、敗北を味わわされるだけだった。

 魔物はにやにやしながらそんな姿を見つめていたが、やがて口元を歪める。失望に塗れた目を開き、ゆらりとどす黒い翼を広げる。


「お前のようなのは嫌いだ。虚仮威しで臆病を隠すゴミ虫め。せいぜい悔し涙に枕を濡らせ」


 悪魔は翼を広げて飛び上がる。レオはただただ、その背中を見上げている事しか出来なかった。

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