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019.真夏のシューメイカー

「ジュードさん、ジュードさん!」


 その頃、ジュードとサリッサは一足先に街を離れ、広い街道の上に居た。背後には黒煙を上げ、紅焔に包まれるカメーリエの街がある。サリッサは後ろ髪を引かれるように何度も振り返り、早足でずんずんと立ち去っていくジュードの後を追いかける。


「待ってくださいジュードさん! あんなの、あんなのって!」

「うろたえるな、馬鹿。レーヴェ聖騎士団なんてものは、要するに神の名の下に、馬鹿馬鹿正直に名目上の務めを果たし上げる馬鹿でかい規模の『狩人』だ。お前があの夜に遭ったような目が起きているに過ぎない。何もかもを焼き払い、化け物が寄り集まる魔の巷となる事を防ごうとしているわけだ。何の見返りも考えずにな」

「でも、まだあの街には人がいるじゃないですか! 私達の村みたいに、誰も彼もみんな皆殺しにされたわけじゃありません!」


 サリッサは胸に渦巻く激しい焦燥を目の前に居るジュードへぶつける。何本目かもわからない煙草に火を灯しながら、ジュードはぐるりと振り向きつかつかとサリッサの見開かれた目を睨みつける。


「そんな事は関係無いんだ、瘴気がまとわりついているなら、それが生きていようと死んでいようと知らない。手っ取り早く焼き殺す。何故なら炎だけが、瘴気を完全に浄化することが出来るからだ」

「でも、でも!」


 彼女の脳裏に、あの夜(・・・)の事が甦る。為す術も無く怪物に蹂躙され、命を砕かれていく村人達。炎に包まれる村々。目が、鼻が、耳が、再び血みどろの惨劇を思い出す。今まさに、背後でその惨劇が繰り広げられている。化け物ではなく、人の手によって。瞬間、堪らない嫌悪感に心を捉われサリッサは叫んだ。


「おかしいじゃないですか! そこにいる人たちには何の罪も無いのに! 悪いのは、貴方が追っているクランズマンとかいう奴らだけなのに! どうしてそれで巻き添えを食って死ななきゃならないんですか!」

そこに居るのが(・・・・・・・)悪いんだ(・・・・)。襲うのが化け物だろうと、人間だろうと同じ事だ。私がいたから、あの魔物は死んだ。だが私がいなければ、彼らを殺すのは聖騎士団ではなくあの魔物だった。ただそれだけの事だ」

「貴方はいるじゃないですか! 今、ここに! あの人達を一人でも二人でも、どれだけでも助けられるところに!」


 サリッサはジュードを指差して叫ぶ。目の前に居るのはその魔物さえも滅ぼしてしまう正体不明のバケモノだ。それでも彼女は関係無かった。今まさに、怒りで頭が真っ白だった。そんな彼女を厭そうな目で一瞥し、ジュードは深々と煙を吐き出す。


「煩い。私はクランズマン以外の存在と事を荒立てる気は無い。だから私は好きにやらせておく。騎士団とはむしろ付かず離れず仲良くしておきたい」

「そんな事を言ってるくせに、貴方はあの時私を怪物から救った! 狩人からも救った! その場に放り出しておいたって、貴方には何の支障も無かったのに救ったんだ! そんな風に、助けてくれたくせに……どうして貴方は、少しも、罪無く死んでいくあの人達のために振おうと思わないんですか!」

「お前はあの時私と契約した。お前の身体を担保にして、お前はお前の命を私から買ってみせた。だから救った。それだけの事だ。お前が炎の中で怪物とワルツを踊っていたら、狩人とタップダンスをしていたら、私は別にお前に手を差し伸べる事は無かった。客にならんからだ」


 ジュードはただただ燃えていくだけの煙草を握り潰し、苛立ちを表に出し、獣が威嚇するような目をしてサリッサを睨んだ。


「それともなんだ。お前は俺と契約して、奴らを助けろとでも言うつもりか」


 その言葉をジュードの口から引き出した瞬間、サリッサの眼がギラリと光った。バケモノを前に物怖じなどせず、彼女は頷く。


「ええ。それで助けるんならいくらでも。私の事を抱きたいと思うなら、どこまででも好きにすればいい。私の命と引き換えだっていうなら、そうすればいい。あんな風に人が醜い肉塊になって焦げて死ぬなんて、思っただけで反吐が出る!」


 すっぱりと言い切ったサリッサの姿を見て、ジュードは目を見開いた。彼女は頭が真っ白なまま、ただ勢いに任せてべらべらと口から出まかせ言っているだけだ。目からは、恐怖が涙になって溢れ出している。だが、だからこそその姿は美しかった。本性では怖くて怖くて仕方が無いのに、彼女は剛力無双の英雄であるかのように、自分の命を悪魔の前に差し出したのだ。ジュードは肩を震わせ、不意に笑い始める。


「くく。くはははははっ」

「何を笑って――」

「いい眼だ。強い眼だ。鋭い眼だ。怖い眼だ。羨ましい眼だ。懐かしい眼だ。……とてもとても、悲しい眼だ」


 高らかに唱え続けたジュードは、不意に声を顔を曇らせて呟き、拳銃を抜いてサリッサに向かって投げ渡す。サリッサは何度も取り落としそうになりながら、その銃を両手で受け取る。


「は?」

「賭けだ。賭けをしよう。お前はあの街の人間を救いたい。私は正直どうでもいい。こうまで話が噛みあわないなら、賭けで全てを解決するのがいいんだ」


 ジュードは不敵に笑みを浮かべてそう言うと、自分の心臓を真っ直ぐに指差した。


「その銃で私の心臓を撃ち抜け。それが出来たなら、私は全身全霊(・・・・)で、あの街にいる人間を救える限りに救ってやろう。外したらそれでおしまいだ」


 銃を見つめ、サリッサは信じられないという顔でジュードを見つめる。ジュードはにやりと笑みを浮かべて立っていた。背筋が震える。凍りつく。厳然たる恐怖がサリッサの胸を締め付け始めた。


「……やっぱり貴方は、悪魔みたいな人です」

「よく言われてきた、慣れっこだ。それで、お前はどうするんだ。今更逃げるのか」

「私で遊ばないでください。それで本当に救ってくれるんなら、やりますとも」


 サリッサは銃を構える。ジュードがしているように、見よう見まねで、右手に銃を握り、ジュードの胸を狙う。ジュードは口元に笑みを残したまま、ふっと寂しそうな目をして呟く。


「両手で握れ。腕は目一杯に伸ばして肩と水平の高さにしろ。でないと肩が外れる、腕が折れる。最悪あばら骨もやられるぞ」

「え……?」


 言われるがまま、サリッサは銃を両手で握り直し、思い切り腕を突き出してジュードを狙い直した。一瞬、静寂が二人の間に立ち込める。サリッサの心臓が、耳に聞こえるほど脈を打つ。息が荒れているのが分かる。けれども、もう乗り掛かった舟だった。サリッサは深々と息を吸い込み、引き金に手を掛けた。


「行きます」


 稲妻のように銃声が轟く。真夏の彗星のように飛び出した一陣の光は、ジュードに鋭く突き刺さった――




STORIES OF "THE PINBALLS" IS OVER...


ここまで読んできてくださった皆さん、ありがとうございました。これにてTHE PINBALLSはねっかえり編は終了です。主人公も敵も異世界産とか、舞台異世界でやる意味あんの? 異世界転生転移ブームに乗っかっただけじゃね? とか思われた方もいるかもしれませんが、これから少しずつ世界観広げていくのでどうかお付き合いくださると嬉しいです。

そんなわけで第2章はLACCO TOWER編。長らく貧乳処女だけでもたせてきたこの作品にとうとう新たな女の子が出てきます。現地勢力の一人が主人公格としてロトとかその辺の活躍を見せたりします。


どうぞお楽しみに。

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