013.アンテナ
「この辺りからがカメーリエ伯の領地になるんですかね」
峠を下り、広がる平原を見渡してサリッサはほっと溜め息をついた。山がちで森も深い場所が多かったアイヒェ伯の土地と違い、大河がそばを通るカメーリエ伯の領地はどこまで見渡しても平原だった。視線の途上には刈り取りが進められている小麦畑が見える。質素な家や倉庫が疎らに建っているのが見える。小川に区切られるような形で建つ、塀や空堀を巡らされた砦も。さらに地平線の際に建つ、巨大な城もうっすらと。ジュードは髭をさすりながら辺りを見渡す。
「さしずめここは、峠を下って攻めて来た敵に対する要の地というところだな。アイヒェ伯とは長らく相争っていたというわけか」
「ええ。伝え聞くところによれば、四代に渡ってアイヒェの優秀な騎馬、カメーリエの肥沃な土地を巡って争い続けていたとのことです。今代の領主様になってようやく矛を収めようという事になったはずなのですが……」
「そう簡単に行かないものだ。そう簡単に事が済むなら、私の世界は睨み合いこそすれ世界全体を巻き込む戦争になどはならなかったろう。勢力を均衡させるというのは存外難しいものだ。国家レベルから、たかがギャングスタレベルまで、どんなレベルでもな」
「ギャングスタ?」
「街にいるならず者集団の事だ」
世間話をしながら、二人は馬を駆って小さな村を何の気も無しに通ろうとしていた。本城へ乗り込む前の、ちょっとした安息の時。狙うはクランズマンの命、アイヒェとカメーリエの確執はどうでもいいから、別に敵視をするわけでもない。ジュードも物見遊山くらいの気分でこの場は過ごそうとしていた。
だが、当のクランズマンはそれを許さないのである。
風の切れる音が僅かにしたと思った瞬間、頭部を射貫かれた馬がその場にどうと倒れた。目を見開くと、馬車が倒れる前にサリッサを抱え、ジュードは外へと飛び出す。見ると、村人達は慌てて建物の中へと引っ込んでいく。入れ替わりに、高らかに響く太鼓の音と共に盾と槍を構えた重歩兵達が砦から列を為して駆け出し、二人に向かって殺到しようとしていた。
「黒い外套の男! 覚悟!」
「ぬうっ……!」
ジュードは拳銃を空いた手で引き抜くと、先頭に立つ兵士の足元に弾丸を打ち込んだ。不意を打たれて思わず足を止めた彼らに向かって、ジュードは叫ぶ。
「たかが旅人をいきなり攻撃だと? どういう了見をしている!」
「当然、貴様がただの旅人ではないからだ! 上からの達しがあった。黒い外套の男は人間に化けた怪物であると。決して生かしておくなと!」
再び矢が飛んできて、ジュードはサリッサを庇い右腕に矢を受ける。彼らを睨みつけると、舌打ち一つしてサリッサを背後へと追いやる。歯を剥き出して目を輝かせ、威嚇する獣のように肩を怒らせると、拳銃を矢の刺さった自らの右腕へと突き付けた。
「上等上等。よおくわかった。私の為すべきことが。やはり本城へ行かねばならん。私を敵として認識している奴がお前らの上にいる。クランズマンがお前らの上にいる! よく教えてくれた」
引き金を引き、ジュードは自分の腕をまたも撃ち落とす。その瞬間に落ちた腕は膨れ上がり、中から巨大な三つ首の犬が飛び出した。六つの目をぎらつかせ、百二十六の牙を剥き出し、それは鋭い爪で畑を踏みつけ、一気に兵士達へと突っ込み跳ね飛ばした。
腕や足があらぬ方向に曲がって呻き苦しむ兵士達を尻目に、ケルベロスは悠然と駆けてジュードの前へと戻ってくる。ジュードは傷口から噴き出す闇を使って腕を作り出すと、後ろでひたすら青褪め立ち尽くしているサリッサを横抱きにし、高く跳び上がってケルベロスの背に跨った。
「行け、そのまま行け。駆けろ」
ジュードは叫ぶ。ケルベロスはその三つ首で草木を震わす咆哮を放つと、そのまま平原の彼方に見える平山の城へと向かって風のように疾駆する。
「これって、この前も貴方が喚び出した怪物ですよね……地獄の番犬……」
速度が乗って来たケルベロスの艶やかな毛皮の上に跨らされながら、サリッサは息も荒いまま尋ねる。足で適当にケルベロスを小突いて方向を変えさせながら、ジュードは当然と言った調子で頷いて見せた。
「そうだ。もっと言うなら、怪物というよりは魔物と言った方が相応しいがな。瘴気によって形が歪められた哀れな生き物ではなく、瘴気そのものだ。遥か昔に神に負け、服従を強いられた生き物だ」
「そ、そんなものに乗って私は大丈夫なのですか?」
「これは私が地獄で拿獲した個体だ。心臓を喰らい飲み込み、己の一部にした個体だ。つまりこれの意志は私の意志というわけだ。お前を化け物にしてやろうとでも私が考えない限りは問題ない」
ジュードは眉一つ動かさず、さも当然であるかのように言ってのける。その経緯がそもそも何かを間違っていると叫びたかったが、そんな勇気はまだ彼女には無かった。
サリッサは恐る恐る足元にある三つ首を見つめた。銀色のたてがみが一瞬で細い蛇へと変わり、にょろりと鎌首をもたげてサリッサを見上げる。舌をちろちろさせて、獲物の値踏みでもするかのようにサリッサを見つめている。背筋が震えるのを感じながら、サリッサはぎこちなく笑みを浮かべた。
「そうなん、ですね。ジュードさんの勘気を買わないように、努めます……」
「……本当はこれを使う気など無かったんだがな。余りにも目立ちすぎる」
「と言ったって、最後には同じじゃありませんか。ジュードさんがその格好をしてるうちは、どこに行ったって目立ちますよ」
「何だと?」
ジュードはきょとんとする。何がおかしいのかあまりぴんと来ていない様子だった。サリッサは身をよじって彼の方をちらりと見ると、彼の纏う帽子にコートを指差した。
「そんな格好をしているのは、この世界で貴方だけですもの。だから、黒い外套の男なんて言葉で通じてしまうんです」
「……」
ジュードは口を閉ざしたまま、自分の身なりを改めて見つめる。彼の世界で大戦争が終わってからというもの、ちょっとした流行となった格好だった。ついでに改めてサリッサの格好を見つめると、御伽噺にしか出てこないような古めかしい格好だ。そもそも、彼にとってはこの世界が御伽噺のような世界だった。アーサー王物語、ローランの歌、ニーベルンゲンの歌。怪物が当たり前のようにいる世界で、人間が相争うような世界だった。溜め息をつき、ジュードは肩を竦める。
「そういえばそうだったな。……なら気にする事も無いな。このまま全力で突っ込む。全速力でカメーリエの城に突っ込む。奴らの言葉だけで十分過ぎる。クランズマン共はカメーリエの中に居る!」
沈着していた彼の復讐心が昂る。歯を剥き出しにして満面の笑みを浮かべ、視線の先に見える城を睨みつけた。彼の心に呼応するかのようにケルベロスも低く唸り、その足をさらに速めるのであった。
ピンカートン設定覚書
6.ケルベロス
わんわんおU´ ω ` U
三つの首を持ち、蛇で出来たたてがみを持つおっかないわんこ。
でも子守唄聞かされたらスヤスヤしちゃうかわいいわんこ。
地獄に入るときは通してくれるけど出ようとしたら絶対許さないおっかないわんこ。
砂糖菓子で結構簡単に懐柔されるかわいいわんこ。
本質的には一品モノの設定なんだろうけどこの作品の地獄ではいっぱいいる設定です。ブリーディングされてるかわいいわんこ。
わんこはかわいいね。




