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010.蛇の目のブルース

「ああ……バケモノだ……」

「今更気が付いたのか。だがそのバケモノのお陰で貴様らは助かったんだ。礼の一つでも言ってくれていいだろうと思うがな」


 城にのそのそと帰還してきたジュードを、小刻みに震えながらアイヒェ伯は出迎える。一領地の主という意識が無ければ、公儀の間で出迎えなどせずとっとに逃げ出したに違いない。しかし当のジュードは淡々としていた。激しい熱は既に消え失せ、すっかり曇りきった瞳をしていた。


「さて、任務は果たしたから報酬を貰いたいわけだが」


 ポケットに手を突っ込み、彼は当たり前のように席へとどっかり腰かける。そのまま、帽子の影から覗く目でジュードはアイヒェ伯を鋭く見据えた。はっとすると、アイヒェ伯は気まずそうに政務官達と顔を見合わせる。手元を見て俯いて、彼はもじもじして軽く呻く。その頬には冷や汗すら流れていた。政務官はそんな長を見かね、傍によって肩をつつく。


「オーケン様。これは貴方の責務でございます」

「わ、わかっている。……ジュード・ラプレイス。いや、ジュード殿。いや、ジュード様」


 滝のように汗を流しながら、アイヒェ伯は頬を引きつらせてどうにか切り出す。声はすっかり上ずっていた。ジュードは呆れ果てた様子で、唇を突き出し眉間に皺を寄せる。


「どうした。報酬の計算など必要あるまい。まとめて出せばいいだけだ」

「い、いや! ジュード様。改めてお願いがあるのだ。今更許されるような話ではないかもしれないが……報酬はこの城の金庫にある分の、四分の一にしてもらえないだろうか」


 アイヒェ伯がそう切り出した瞬間、ジュードの目がぎらりと光った。蛇に睨まれた蛙のように、一瞬、アイヒェ伯は凍りつく。しかしもう口に出してしまった。どれだけ凄まれても、これ(・・)はアイヒェ伯にとって、やらねばならない務めであった。椅子の足が震えて鳴るほどに緊張しながら、彼は痺れる舌で、どうにかこうにか言葉を紡ぐ。


「む、虫がいい話なのは分かっている。だ、だが、許してくれ。勘弁してくれ。先程も言ったが、この金は金庫の中に残っていなければならん。いつ何時飢饉が訪れるかもわからんのだ。いざという時、食糧を買い集められるようにしておかねばならん……のだ。アイヒェはあまり実りの良い土地では無い。だからこそ、普段から――」

「わかったわかった、御託を並べるな。こんな時代のお偉いにしては、中々粋な事を考えるものだ。称賛させてもらう」

「……は?」


 いきなり激昂される可能性も脳裏に焼き付けていたアイヒェ伯は、ジュードの言葉を聞いて思わずポカンとなった。口をあけっぱなしの間抜けな顔を晒して、じっとジュードを見つめた。相変わらず瞳はぎらぎらしている。軽い、喜びの光で。彼はぱらぱらと拍手を始め、ゆっくりと立ち上がる。


「なるほど素晴らしい。それでこそだ。常に領地が生きる事に必死なお前は素晴らしい男だ。本当にくれるというなら貰っておくつもりだったが、そう言うならば四分の一もくれとは言わん。むしろ、何も要らん」

「じゅ、ジュード、閣下……?」


 無意識のうちに敬称の位を上げにかかる。アイヒェ伯はさらに呆然となって、歩み寄ってくるジュードの顔を見上げた。初めはただの悪魔としか見えなかったが、今この瞬間、アイヒェ伯には、彼が人間を救う大天使の姿と被さって見え始めた。それに応じるように、ジュードはふわりと、和やかに微笑み、懐から紙とペンを取り出す。


「だが一つ頼みがある。馬を一頭寄越せ。丈夫な奴だ。これからカメーリエ伯領に行きたい。なるべく強行軍でだ。それに堪えられるような奴がいい。それを私の報酬としよう」

「は、はあ……? う、馬くらい用意する。この街一等の馬を、喜んで用意する。だが、本当に、それでいいのか」


 恐る恐るといった調子でアイヒェ伯は尋ねるものの、その顔が緩むのは止められない。何とかなった助かった。そんな思いでいっぱいだった。周りの政務官達も、安堵に胸を撫で下ろしている。そんな彼らを見渡し、ジュードは肩を竦めた。


「問題は無い。後、村から焼け出された娘にも暮らす場所を用意してやれ。それくらいだ」

「あ、ああ。もちろんだとも。そういう事のための蓄えだ。……コンラート、紙を一枚出してくれ」

「ここに」


 アイヒェ伯は老人から羊皮紙を一枚受け取ると、羽ペンでさらさらと書きつけ、ジュードに向かって差し出した。


「北の厩舎に行って、これを渡してくれ。そして、好きな馬を見繕ってくれ」

「拝領した。では、また何かあったら私の事を頼ればいい。呼べばわかる」

「え……? 了解した。考慮させてもらう」

「どうぞ御贔屓に」


 そう言うと、ジュードは踵を返し、コートの裾を靡かせながら公儀の間を出ていった。くたびれたその背中を、アイヒェ伯達は穴が開くほど見つめていた。彼が扉を乱暴に閉める瞬間まで。

 ばたんと音がした途端、彼らは呪縛が解けたように脱力した。肩を落として深々と溜め息ついて、彼らはお互いを見つめ合う。


「……二度と会いたくない」




「何だかんだで、やはりお優しいんですね」


 部屋の外に出たジュードは、細い声で話しかけられる。見れば、荷物を背負ったサリッサが廊下の脇に立って、彼をじっと見上げていた。ジュードはサリッサのやんわりとした笑みをしばし見つめていたが、やがて鼻で笑ってつかつかと歩き出す。


「別に最初から金を貰うつもりなどなかった。あの珍獣使いが現れた時から、カメーリエへ行って事の真実を確かめねばならんと思っていたんだ。あそこでああ吹っかけておけば、馬一頭など軽いと思ってくれる。……どんな馬でもいいとはな。奴も随分と優しいものだ」

「それは……完全に、ならず者のやり口ではありませんか」


 羊皮紙をひらひらさせるジュードの冷めきった横顔を、彼女は横に並んで歩きながら、呆れと諦めと恐れが入り混じった顔で見つめる。そんな彼女を反対に何の感情も籠らない顔で見やり、ジュードは肩を竦めた。


「まだ気づいていないのか。私は徹頭徹尾ならず者だ。傭兵まがいのやくざ者だ。困った人間の足元を見て稼ぎを捻り出す、下らない人間だ」

「はあ……」


 悪びれている。サリッサはそう思った。どんな感情も覆い隠して、ジュードは嘯いているだけだ。そう感じた。心底自嘲している。自分をバケモノと決めつけて、悪人と決めつけて、それにふさわしく振舞おうと努めているだけなのではないか。澱んだ横顔を見つめて、サリッサは自分も顔を曇らせた。


「どうしてついてくる。ここまで来れば大抵大丈夫だろう。お前の御守りも今日で終わりだ」

「……いいえ」


 サリッサは静かに首を振る。ジュードの目がちらりと動き、彼女の横顔を探った。相も変わらず怯えたような顔をしているが、その瞳には、うっすらと、しかし鋭い光が宿っていた。


「私もついて行きます。私はもう少し、貴方の事を知ってみたくなりました。燥ぐか鬱々とするかで、本当の貴方が一つも見えない。……だから私は貴方の事を、もう少し見てみたいんです」


 ジュードは足を止め、唇を固く結んでサリッサの決意に溢れた顔を真っ直ぐに見下ろした。目を見開いて、半ば脅しかけるように睨む。しかし、サリッサは一歩も引かずに、彼と視線をぶつけ合った。やがて、ジュードは頬を歪ませ、顔を背けて大股で歩き出す。


「そんな目をするな。いいだろう。別にお前一人がいようがいまいが、私にとっては何も変わらん。だがついてくるのなら、何が起きるか分からんとだけは思っておけ」

「ええ。もちろんです」


 サリッサは伏し目がちに頷くと、彼の背中を追って早足に歩き始めた。


ピンカートンキャラ覚書

5.ベルドット

美形を見せつけるためにフードを脱ぎ捨ててKKKのアイデンティティも脱ぎ捨てた猛獣使い。怪物達にミ=ゴが鼻で笑うような脳手術を行って操っている。城の一つや二つ片手間で落とせるような力を持っているはずだったが、ジュードを討ち取りに行こうとしたのが運の尽きだった。

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