じいさんちにきせい
あー、今日はありがとな、唐突な誘いに付き合ってくれて。
そこそこ長時間の運転だし、ソロじゃしんどいから助かったよ。
目的地までは……たぶん、もう三十分もしないで着くと思うから。
三十男が二人でドライブってのもアレだけど、こういう夏休みの思い出もアリだろ。
休みは何日まで? ああ、結構まとめてくれるんだな……何だかんだ、いい会社じゃねぇか。
夏休みっていえば……小一から小四まで、お盆の時期になると田舎に帰ってたんだ。
大体三日か四日の日程で、帰省してるのはウチの家族だけ。
その家に住んでるのは、母方の祖父らしい当時で七十前後くらいのじいさん。
らしいってのは、そのじいさんをお袋が「トウサン」、親父が「オトウサン」って呼んでたから、そういうことだと理解してた。
ばあさん? ばあさんは……いなかったな、最初に行った時から。
東京から高速を延々と走って、降りてからまたしばらく走るような場所だよ。
んー、まぁ今日もここまで結構な距離、走ってるな。
家の周りは何もなくて……いや、それが誇張じゃなくて、本当に何もないんだわ。
ガチで畑と田圃だけで、イオンどころかコンビニもスーパーもない。
ていうか、近所に店が全然ないし、民家も殆どなかったな。
覚えてるのは、幅の狭い川と、変な塔のあるお寺。
あ、もしかすると川じゃなくて、用水路だったかもしれない。
寺の塔は真っ白で、あんま他で見かけない……仏教っぽくない、変な感じのやつ。
うねうねトグロを巻いてるみたいな形で、俺はウンコタワーって呼んでた。
妙に高さもあって、周りの風景からも浮いてたんだけど、アレは何なのかな……
ああ、そういうのは覚えてるんだけど、別に川や寺で遊んでたワケじゃなくて。
基本、ずっと家の中にいたんだよ、そこにいる間は。
両親やじいさんと、何かして遊んでもらった記憶もない。
地元の子と友達になるイベントもなかったから、基本は放置されてた。
じいさん家にはTVがなかったし、スマホもゲーム機も持ってない。
だけど俺は楽しみにしてたんだよね、田舎に帰るの。
その家が異様に広くて、デカい母屋に普通の戸建てくらいある離れが二つ、それと蔵もいくつかあるんだわ。
敷地内を宝探し感覚で、勝手に探検するのが楽しくってな。
色々と変なモンがあったぜ……ガチの甲冑とか槍とか。
でっかい絵皿とか金ピカの仏像とかは、なんでも鑑定団に持ち込みたい雰囲気。
やたら昔のサンデーとかマガジンもあったな、厚みが今の半分くらいの。
あとは……色々な石の写真だけが貼ってあるアルバム、なんてのもあったな。
宝石とか化石とかじゃなくて、ホントにただの石ころが百枚とか、それよりもっと。
昔のカメラだし、フィルム代も現像代も、まぁまぁ金かかったと思うんだがな。
で、小四の夏休みもアチコチを探検してたんだけど……
ちょっとマンネリ感があって、いまいちテンション上がらなかったんだわ。
四年もやってると、流石に全部の場所を漁り尽くした気分で。
つってもヒマだから、去年も読んだ漫画をまた読んだり、半分惰性で色々と見て回ってたり。
そしたら母屋の二階にある物置部屋で、まだ中を確認してない天袋を見つけたんだ。
よくよく考えると、気付いてなかったのも不自然なんだがな。
その時はそんなことも浮かばないで、「やった!」って感情しかなくて。
とにかく、これは今すぐ確認しなきゃ、急がなきゃってブチ上がって。
でも当時の俺の身長だと、背伸びしてもジャンプしても、天袋まで手が届かない。
だから、ちょうど天袋の下に置いてあった、古いタンスを階段代わりに。
抽斗をこうスッスッと、段々になるように引っ張り出して。
それで天辺まで登って、それで空けようとしたんだけど……
ちょっと急いで行き過ぎて、やらかしたんだわ。
上に乗ったと同時にグラついて、タンスが引っくり返っちまった。
結構な勢いでズッダーン! って、床が抜けるんじゃないかってエグさで。
そういえば、かなりデカい音がしたのに……誰も様子を見に来なかったな。
俺は背中からドンと落ちて、まぁまぁ痛かったけど怪我はなかった。
で、やっちまったなぁと思いながら、倒れたタンスの方を見たら……
タンスで隠されてた壁に、木のドアがあったんだわ。
わかるかな、あんま加工されてない、古い家の便所のドアみたいな、ああいうヤツ。
それを見た瞬間、ゾクゾクゾクッて変な感覚が走ったんだけど……
あれは寒気だったのか興奮だったのか、今となってはどっちだったんだか。
とにかく、秘密の隠し扉を発見するとか、これはもう行くしかないだろ、って。
何の迷いもなくそのドアを開けたんだけど、そこは部屋って感じじゃない。
廊下っていうか通路っていうか、そういう細長い空間が3メートルくらい。
どこにもつながってなくて、すぐに行き止まりになってる。
天井と床は木で、壁は茶色い砂壁……いや、あれは土壁だったかな。
照明もない狭い空間だったけど、不思議と中の様子はよく見えたなぁ。
何もなかったけど、隠されてるなら何か意味があるハズだ、って思ってさ。
あちこちの壁を手で叩いたり、這い蹲って床板を調べたり。
あとはそのへんの竹竿で天井を突いてみたり、色々と試してみたけど空振りで。
ドアを見つけた期待がデカかったから、ハズレでガッカリの反動も中々でさ。
癇癪を起こして、持ってた竹竿を思いっ切りブン投げたんだよ。
そたら、行き止まりの壁にズボッと突き刺さって……あん時はかなり焦ったわ。
やべっ、と慌てて引き抜いたんだけど、そこで壁が随分と脆いなって。
そんでよく見たら、行き止まりの壁の色が、左右とちょっと違うんだ。
ちょっと明るめっていうか、新しめの雰囲気だって気付いてピンと来た。
予感とか予想とかじゃなくて、もう完全に確信してたね。
この先に何かあるな、って。
で、竹竿を抜いた穴を指で穿ってみたら、ボロボロと壁が崩れる。
こっちが本当の隠し部屋だったか! って思いながら、凄い勢いで壁を崩したね。
殴ったり蹴ったりもしたけど、子供のパワーで壊せるほど軟くなかった。
だから、竹竿の刺さった所を指先でカリカリやって、ひたすら穴を広げてったんだ。
どんくらいやってたかな……二十分か三十分か、もっとだったかもしれない。
とにかく、黙々と壁の穴掘りを続けてたら、指が突き抜けた感覚があった。
おおっ! と思うと同時に、ちょっとやりすぎたかも、って不安も湧いてきて。
今まで探検して色々と散らかしても、じいさんも両親も何も言わなかったけどさ。
壁を壊すまでやったら、流石に怒られるんじゃないかって……まぁ、今更なんだけど。
しかしまぁ、ここまでやったら誤魔化しようもないし、選択肢は二つしかない。
タンスを元に戻してバックレるか、開き直って壁を壊し続けるか。
どっちにするか迷ってたら、どこからか変な音が聞こえてきた。
聞こえるかギリギリくらいの音量で、「シャーッ……シャーッ……」って。
気のせいかな、と流そうとしたけど、繰り返し聞こえてきて、幻聴とも思えない。
しばらく息を殺して、耳を澄ませてみたら……どうも壁の向こうから聞こえてくる。
もしかして、ネズミとかコウモリとか、そういうアレの巣になってるのかも。
そう思いながら壁に耳を近づけても、音の正体はよくわからない。
穴の方に耳を寄せてみたら、さっきより音が大きくなった。
そこでフと頭が動いて、気付いたら穴を覗き込んでたんだ。
今の自分なら、確実にヤバい空気だと察して、その場から逃げたんだろうけど……
いや、何がどうと言語化はできなくても、当時の俺もヤバいと感じてた気がするな。
考えるよりも先に、反射的に体が動いちまったんだろう、きっと。
覗いた先、壁の向こうにあったのは……お茶の間、だな。
いや、フザケてるんじゃなくて、本当にそんな感じの光景。
あの『サザエさん』とか『ちびまる子ちゃん』とかに出てくるタイプの、和風の。
広さはよくわからないけど、見えている範囲だけでも結構な広さがあった。
その部屋の中には四人いて、会話はなくてTVやラジオなんかの音もない。
明るいのか暗いのか、わからないけど全体的に赤いっていうか、オレンジっぽい。
夕日の当たる部屋で電気を点けないでいるような、そんな雰囲気だったな。
部屋の真ん中には丸いテーブルか卓袱台があって、大皿の上に料理が乗ってた。
白っぽくてデカい、深海魚みたいなやつの揚げ物に、黒っぽい餡がかかってて。
それを二人の中年男が、揃って疲れた顔をして、手で毟りながら食べてる。
服装は……昔のおでかけ用って印象で、部屋着にしてるのは違和感があったな。
それで、二人の周りをフラフラーっと、動き回っている子供がいる。
年齢は当時の俺と同じか、一つ二つ上かなってくらいで、この子もお洒落な服だった。
ハッキリしないけど、踊ってたのかな……髪も長いし、多分女の子だったと思う。
何となく俺に似てたんで、その時はこの子は親戚なのかも、って印象があったな。
問題は四人目だ……若いようにも、それなりの歳にも見える、坊主頭の痩せた女。
女だって思った理由は、乳が丸出しになってたのと、芸者みたいな濃い化粧だ。
着物なのか襦袢なのか、とにかく和服を開けて正座してる。
こいつが延々と新聞紙を縦に細く裂くのを繰り返してて、これが妙な音の正体だった。
子供心にも、自分が明らかに異様なものを目撃してる、って意識はあったな。
薄気味が悪くて見たくないんだけど、どうしても目が離せない。
道端で死んでる小動物とか、粉瘤の中身を搾る動画とか、あんな感じ。
それで、覗き穴の向こうのお茶の間を眺めてたら、いきなりだよ。
踊ってた子がパッと消えたかと思ったら、次の瞬間に穴に顔を近づけてきた。
こう、グイーッと身を乗り出して、逆にこっちを覗き込むみたいに。
完全に不意打ちで……たぶんその時の俺、めっちゃ変な声を出してた。
悲鳴っていうか、本気で驚いた時に出る喚き声っていうか、とにかくそんな。
腰が抜ける、までは行かなかったけど、いつの間にか尻もちを搗いてた。
ケツを強打してたのに、それに気付かないくらいにビックリしてたんだな。
体を起こそうとしても、手はプルプル震えてるし、膝もガクガクで力が入らない。
どうにか立ち上がった後、もういっぺん穴を覗きたい気もしたけど、壁の方から――
「ねぇねぇ、ねぇ、ねぇねぇねぇ、ねぇねぇ、ねぇ、ねぇねぇ、ねぇねぇ」
って、小さく呼びかけてくる声が聞こえてきて、これはダメだってなって。
それが女の子の声だったら、つい反応した可能性もあるけど、な。
何ていうか、そういう音を出すボタンを連打してるような、凄い機械的な声でさ。
もしかすると「ねぇ」じゃなくて、「べぇ」とか「ぐぇ」とかだったかも知れん。
うわうわうわ、思い出しただけでめっちゃ鳥肌だよ、ホラこれ見てみ……
とにかく、もうココにはいられないって、四つん這い状態でそこを出て。
で、どうにかしてタンスを起こして……いや、どうやったんだろうな、重かったのに。
ともあれ、タンスを元に戻してドアを塞いで、俺は物置部屋から逃げたんだ。
壁の向こうにいた連中は何者で、あの部屋は何だったのかってのは、勿論気になる。
けれど、そんな好奇心よりも「とても良くないものを見た」って感情がデカくて。
結局、両親にもじいさんにも何も言わず、何も訊けないまま自宅に帰ることになった。
自分が見たものについては、来年に確かめればいいか、と思ってたんだけど……
五年生の夏休みに入っても、まったく里帰りの予定の話が出ないんだわ。
だからお袋に、今年は田舎に帰らないのか訊いたら、めっちゃキョトンとされて。
何を言ってるのアンタは、みたいなリアクションなんで、ちょっとムカついて。
毎年毎年、ド田舎のじいさん家に行ってたろ、ってキレ気味に応じたら、だよ。
母親がスッと真顔になって「どうしたの? 田舎って何のこと?」って訊いてくる。
怒ってるとか誤魔化してるとか、そういうのじゃなくて……本気で困惑してるんだ。
今ならリアクションがマジなやつってわかるんだけど、ガキだったからな。
俺をからかってるんだろうと思って、バーッと捲し立てたんだよ。
去年の行きの車の中での会話とか、じいさんの家で食べた料理とか、そういうのを。
最後には、あの壁の向こうにいた連中のことも持ち出して、あれは何だと問い詰めた。
したら、お袋の顔色がどんどん悪くなって、めちゃくちゃ慌てた感じになってさ。
たぶん、息子の頭がオカシくなったと思ってテンパってたんだろうな、アレは。
それでもしつこく話を続けたら、お袋が俺の肩をガッと掴んで言うんだ。
私が生まれ育ったのは船橋のマンションよ、って。
千葉だったら、何時間も高速に乗る必要ないよな。
それに、ばあさんも生きてるし、じいさんも俺が言うような外見じゃない。
思い出してみれば、母方の祖父母とは何度も会ってるんだよ。
なのに、どうして俺はあの家へ行くのを普通のことだと思ってたのか。
もしかして親父の方か、と思ったけど親父の実家は静岡なんだと。
後になって知ったことだけど、家族との関係が悪くて当時は没交渉だったらしい。
ともあれ大混乱になって、だったらあの家は何だったんだって何度も訊いたよ。
でも、お袋の答えは「そんな所、行ったことない」の一点張りだ。
毎年恒例の里帰りイベントは、ウチには存在してなかったんだと。
だけど、俺の記憶にはシッカリ残ってるんだよ。
一年生の時に、サービスエリアで変な色のソフトクリームを食ったこと。
三年の時は帰りにごつい渋滞に捕まって、不機嫌になった両親がずっと喧嘩してた。
それに最後の年に見た、あの『お茶の間』は……忘れたくても忘れられない。
だけどお袋も親父も俺の記憶を全否定するし、間違ってる証拠も出してくるんだよ。
じいさん家にいたはずの期間に、別の場所にいたっていう証拠を。
家族で遊園地に行ってた写真があったり、夏休みの絵日記に友達と花火したと書いてあったり。
それでもう、完璧にワケわかんなくなっちゃってさ。
じいさん家で見聞きしたことが夢とか幻だった、ってのはギリいいとして。
その家すら存在してないとなると、俺の体験と記憶は何なんだってなるだろ。
納得いかないけど、記憶を共有してるはずの両親に否定されたら、どうにもならん。
そんなこんなで、あの家については長年「なかったこと」にしてたんだけど……
こないだ不意に思い出して、グーグルマップで例の家を探してみたんだよ。
思ったより気になってたみたいでさ、かなり細かく道順を覚えてた。
それに、ストリートビューを使ってたら、風景を見て思い出せたりもしたな。
一番のポイントはまぁ、あの寺に建ってた変な塔の発見だ。
ホラ、右手に見えてきたアレ……な? ウンコタワーとしか言いようがないだろ。
ここを過ぎれば、すぐにじいさん家が見えてくるハズだけど……どうする?




