いきづまりうずくまり
パァッ、と視界全体が明るくなった気配があり、直後に目が覚めた。
重い瞼を持ち上げても、冷えた暗い部屋のボケた輪郭だけしか見えない。
何だったんだ、と思いながら半身を起こそうとすれば、背中と腰に鋭い痛みが走る。
「おあっ――くっは」
抑えきれず声が漏れる程の、刺々しい痛みが背面を支配する。
とりあえず落ち着こうと、緩やかに深呼吸を試みる。
だが空気を上手く吸えないというか、気管の途中に湿った綿が詰まっているような感覚があり、息苦しさが徐々に高まってきた。
ヤバい、よくわからないが、これはヤバいぞ。
少しでも楽になろうと身を捩るが、痛みも苦しみも和らがない。
胸の辺りを叩いても撫で擦っても、息の詰まりは解消されない。
首を揉んでも状況は好転せず、忙しく波打っている頚動脈は危機感を更に煽ってくる。
落ち着け、落ち着け。
焦っている時しか出てこない言葉を脳内で反復しながら、どうするべきかを考える。
そうだ、まずは連絡手段を確保しなければ。
スマホはどこに置いたっけ――たぶんテーブルの上だったような。
ベッドから抜け出し、まずは部屋の明かりを点けようとする。
「うっふ、あっ! むぉおぉおおっ……」
体を大きく動かすと、息苦しさを押し退けて激痛が弾けた。
どうにもならず、その場に蹲って感覚が薄れるのを待つ。
焼けた鉄串が何本も何本も、背中に深々と突き入れらている。
そう錯覚しかねない、熱さを伴った痛みが意識を濁らせていく。
数十分に感じる十数秒を経て、やっと巨大な痛みが引いていった。
そろそろと手足を動かしてみると、まだ所々で嫌な反応があるものの、どうにか行動できそうな雰囲気だ。
痛みが小康状態になると、また息苦しさが自己主張を再開する。
何が起きてるんだ――もしかするとこのまま――
不安と不快に苛まれ、喚き散らしたい気分を堪えつつテーブルの上を探り、照明用のリモコンを掴んで点灯する。
続いてスマホのホーム画面を開くと、午前四時を数分過ぎた時刻が示されていた。
病院か、家族か、友人か、どこに連絡して助けを求めるべきだろうか。
そんな検討を始めたところで、また別の異常が発生しているのを察する。
部屋がモヤっているというか、煙っているというか。
半透明な中にキラキラな銀色の粒子が混ざった何かが、周辺を漂いながらマーブル模様を作っていた。
その存在に気付いた瞬間、視線が数十センチ下がって「ドンッ」と衝撃音がした。
膝が折れるか腰が抜けるかで、尻餅を搗いてしまったようだ。
取り落としたスマホは、床を滑ってベッドの下へと消えていく。
浅いままの呼吸はペースが速くなり、両手が震えて涙が滲んでくる。
だからホントに、何が起きてるっていうんだ――
「あがっ、かっ、はぅ」
言葉にならない呻きが、喘ぎへと転じていく。
酸素が足りていないようで、思考がまるでまとまらない。
とにかく身を起こそうと床に手をつけば、忘れていた痛みがまたしても訪れる。
体勢が崩れてうつ伏せに倒れていると、濃いめのアンモニア臭が鼻につく。
この歳になって漏らしたのか、と絶望的な気分になったものの、股間を弄っても濡れてない。
じゃあこの悪臭はどこから――ニオイの元を探して首を巡らせると、通勤に使っている合皮の茶色いカバンが目に入った。
あの周辺だけ、銀のキラキラが濃いような。
震える指で涙を拭い、目を凝らしてみるとやはりそう思える。
痛みを堪え、うつ伏せのまま這い寄る。
近くで改めて観察すると、どうやらカバンのサイドにあるポケット部分から、半透明の何かが漏れ出ている様子だ。
ここにはティッシュぐらいしか入れてないハズだが。
ともあれ、現状の突破口はここにしかなさそうだ。
奥歯を噛み締めて背中の痛みに抵抗し、ポケットに手を突っ込んで内部を探る。
指先に硬いものが触れた。
摘んで抜き出すと、メダルなのかコインなのか、よくわからないものが出てきた。
五百円玉の倍くらいのサイズで、青黒いサビだかカビだかに全面が覆われている。
感触はザラついていて、軽い金属のようでもあり、陶器のようでもある。
まったく見覚えのないシロモノだが、どうしてこんなのがカバンの中に。
「なん、だ……これ?」
眺めていると、ポヤーッと銀の粒を抱いた湯気のような白色が生じる。
それはすぐに半透明に変化し、部屋を満たしつつある何かに合流した。
何だかわからない――わからないが、原因は多分これだ。
「ほんっ――がぅっ、くぁ――ぁあむっ、ん」
一歩ごとに背筋を貫く苦痛に耐え、奇声を漏らしながら部屋の反対側にある窓の前まで移動する。
そして普段の十倍近い時間を費やして窓を開けると、手の中の物体を緩慢なサイドスローで放り捨てた。
その軌道を追いかけるように、部屋を漂う半透明が外へと吸い出され消えていく。
「ふっ――はぁああぁ! はあっ、はぁ、あっく! はぁ、ふぅ……」
十数秒ほど経つと不意に痛みがなくなり、呼吸もスムーズになった。
唐突に発生した、アンモニアに似たニオイも消失している。
久々に必要十分な酸素を肺に取り込みながら、投げ捨てたものの正体を考える。
偶然に入ったのか、誰かが忍ばせたのか、酔っ払って拾ったのか――
思いついた可能性を並べてみるが、納得できる答えには辿り着けなかった。




