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この視界の片隅に

 終電にはまだ数本の余裕があるのに、車内の混雑具合は中々に強いストレスを感じるレベルだった。

 いつもの週末よりも、二割ほど人口密度が高いように思えるが、何かイベントでもあったのだろうか。

 居酒屋で飲んだジョッキ三杯分のビールは尿意に転じ、苛立ちに要らぬアクセントを足してくる。


「そういやさ、アレどうなったよ、アレ」

「んぁ? どれ?」

「アレだよ。前にさ、視界の隅っこに変なのが見える、とか言ってたアレ」

「ああ、アレかぁ……」


 目の前の席に並んで座っている、大学生っぽい雰囲気の若い男二人が、小声で少し気になる話を始めた。

 視界に異物が混ざる、というと飛蚊症ひぶんしょうだろうか。


「相変わらず見えてるの? 今も?」

「今も。慣れたは慣れたけど、やっぱ鬱陶しいわな、このピンク色の」


 ――ピンク?

 どうやら、こちらで想定していたモノとは、まったく違うベクトルの何かが見えているようだ。

 

「よくわかんないんだけど、それってずっと止まってる感じなん? それとも、チョロチョロと動いてる、みたいな?」

「あー、何だろ。日によって違う? とにかく、やたら存在感があってウゼェ」

「医者は?」

「行ったけど、検査しても異常はないってよ。似たような病気もないとか何とか」


 聞いている感じだと、医者がさじを投げるような重症とも思えない。

 となると、目玉に問題があるというよりも、精神的な原因があるのかもしれない。

 

「マジかよ。謎の奇病とか、超ウケるんだけど」

「笑えねぇっての。お前もいっぺんなってみろよ、マジで。変なピンクのが、右に見えたり左に見えたりして、本気でウゼェんだって」


 確かに、常に得体の知れないモノが見えているけど、それが何なのかハッキリしない、という状況が続くのは凄まじくイライラしそうだ。

 そんなことを考えていると、見えてしまう方のニットキャップをかぶった男が長々と溜息を吐いて言う。


「はぁあああぁあ……意味わかんねぇ……」

「もしかすっとさ、御祓おはらいとかするとどうにかなったりすんじゃね?」

「ハァ? 寺とか神社とかでやんの、それ」

「多分。やったことねぇし、よく知らんけど」


 友人からの提案に、キャップの男は眉根を寄せて考え込む。

 そんなポーズを十秒ほど続けた後、小さく頭を振った。


「や、ダメだな。どうせ宗教とかそんなん、全部インチキだろ。もし本当に効くにしても、ちょっとダメそうだわ」

「何でよ。効くならいいじゃん」

 

 もう一度否定のポーズを繰り返し、キャップの男は口を開く。


「いや、先週な。一瞬だけ、ほんの一瞬なんだけど、ピンクのそれがヒョイって、視界の真ん中に来たんだわ」

「マジか。何だったん?」

「顔」

「は? 誰の? 知ってる奴だったか?」

「知ってるもクソも、オレだよ。オレの顔。何つうか、めっちゃドヤ顔の」

「自分のドヤ顔! しかもピンクの!」


 友人の方はゲラゲラと笑っているが、キャップの男は苦味の強い苦笑を浮かべている。

 確かに、自分を顔をした何かを祓ってしまう、というのは勇気が要りそうだ。

 それから話題は共通の友人に関する噂に替わり、二人は次の駅で降りて行った。

 ピンクの顔がどうなったのかは、もうわからない。

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