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学院内がまだまだ騒がしく、しばらく夜会に行きたくないと考えていたオリーヴだが、目の前の人物がそれを許さなかった。
夜会からも騒動からも、逃がしてはくれないようだ。
学食で昼食をトレーに乗せると、行く手を阻まれた。
「宿題を忘れている訳ではないだろうな?」
「……特に思い浮かびませんので」
「ポートリエ辺境伯は商会を経営していたな。王家以上に入手できないものはないということか」
「いえ、そんな事ありませんわ。
ただ、学院や夜会と今までとは違う環境があって、あわただしくて……」
必死に言い訳し、ため息が出ないはずがない。
全く何も考えていなかった自分が悪いとは言え、わざわざケヴィンがやってきたのは何故なのか。嫌がらせなのか。嫌がらせ以外のなにものでもないのか。
そっとしておいてくれる方がよっぽど嬉しいのだが。今だって回りの生徒達がこちらを明らかに伺っている。
少しでもましな環境を得ようと、オリーヴは学食の隅の席へと移動を促した。
ケヴィンは意図を把握し、軽く肩をすくめ着いてきた。彼も手にトレーを持っている。
並んで席に着き、オリーヴはゆっくり話し出した。
「……魔術学科なので、その関連書を考えてはいるのですが、まだ学び始めたばかりですし、しばらくお時間を頂けると有難いです」
「なるほど。確かにまだ欲しい書物が分かる程授業は進んでいなかったな」
なんとか捻り出した答えに納得してくれ、内心、安堵した。
咄嗟に出たわりには、詠唱魔法の呪文書や魔方陣の書物など、入手出来たら嬉しいものなので、オリーヴ自身も上手い答えだと思う。
「あの、何故ケヴィン様がわざわざ?」
「負けたのは俺だからな」
「あれは勝ち負けではないと思うのですが」
「……お前だけだった」
「?」
「俺に意見をしてきた奴がどんな者か、確かめにきただけだ」
そう言うとケヴィンの表情が緩んだ。
傲慢で我が儘な人かと思っていたのだが、相手の人となりを確かめようとするとは以外と繊細な方なのだな、オリーヴは印象を上書きする。
「意見とおっしゃいましたけど、容易に答えを導き出せた方は、そうそういらっしゃらなかったはずですから。仕方がないかと」
「……答えも分からずに誉め称えるのはそういうことだ」
「……」
分かっているのだ、この王子様は。
称賛して取り入ることしか考えていない浅はかな者の存在を。
(……あれ?)
「……あの時、サビーナ様はいらっしゃらなかったようですが?」
「ああ。たまたま席を外していたらしい」
ケヴィン王子が発表したあの時に?と訝しがる様子に気付くと困ったように肩をすくめた。
「あれが呼び出していたらしい。
そのせいで俺の発表を見れなかったのだと言っていたな」
「確信犯じゃないですか」
「そうだな」
「そうだなって……」
呼び出したはずの人間があの場にいたのだ。隣にいることが当たり前のように振る舞っていたのだ。何という騙し方をするのか。
そしてそれを特に何も感じていないケヴィンに対してもオリーヴは苛立たしかった。
「……どちらも一緒だろう」
「は?」
「欲しいのは王位継承者だ。どちらもな」
「私がお会いしたのはつい最近ですから。お三方の人となりも正直に申し上げて、よく分かりませんわ。
ただ、ケヴィンとはそう決めつけるだけの確信がおありなのですね」
自嘲するケヴィンに冷たい視線を向け、辛辣な言葉を吐き出した。
腹が立ってきて、これ以上一緒にいるのは精神的に苦痛を伴うので、立って席を移動しようとする前にケヴィンが強く腕を掴み、オリーヴは立ち上がることさえ出来なかった。
ケヴィンはどこにも視点があっていないまま呟く。
「お前の兄の様にいく訳じゃない」
「……あれは特別ですから。生まれながらの婚約者とはとても思えない程ですもの」
「あれが政略的なものなのか?!」
ケヴィンの声が心持ち大きくなった。目を見開き、信じられないと首を振っている。
「父親同士が友人なので決まったことで、政略では……。
お互いがきちんとした関係を築いてきた結果か、相性が良かったのか知りませんけど。始めは恋愛感情ではありませんよ」
呆然とケヴィンはオリーヴを見つめた。
揺れる瞳は、なにかを求めているように見える。
オリーヴには差し出せるものは何もない。ある意味無責任な言動なのだろう。
「私自身まだまだですから」
「……そう言えば、婚約者の話も聞かないな」
「ですからまだまだですの」
おどけたように言えば、ケヴィンは柔らかい笑みを浮かべた。
「どっちもどっちだな」
「……それは認めたくありません」
「反論出来ないだろ」
ケヴィンはトレーを手にし、立ち上がった。
「じゃあな」
後ろ姿には迷いはなかった。