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(もう飽きたか)
クロードは妹の様子に気付いていた。明らかにつまらなそうに少し離れた場所で繰り広げられている茶番劇に視線を向けている。
この茶番劇に付き合いたくないのは自分も同じなので、クロードは出入口とここまでの移動経路を確認した。
ちらり、とモーリスに頃合いを見て退散することを目配せくする。いつものことなので、モーリスも小さく頷いた。
それからノエルに視線を向けると、肩をすくめ頷いく。
幸い今日は入学式で、食事時ではないため学食にいる生徒は少ない。
「だってエスコート役がいないんですぅ」
「だから相手のいない者に頼めばいいと言っているのですわ」
「そうだ!サビーナ様はぁ、顔が広いんだから、ケヴィン様は私のエスコートに譲って誰か他の人にエスコートしてもらってくださいよ」
「ケヴィン様の婚約者は私ですのよ!」
「でもケヴィン様が愛してるのは私ですから」
「そんな嘘に誰が騙されるというのですか!」
まだまだ続きそうなくだらない言い争いは、ここを立ち去るにはちょうどよい騒音であった。
オリーヴの肩を押し、出入口を顎で示すと靴音をたてないようにつま先立ちで歩き出した。
モーリスもノエルも音をたてないように移動する。それに気付いた他の生徒達も、音に気をつけて移動し始めた。
(上手くいったか)
学食から出て、出入口の辺りを占領する訳にはいかないので、そのまま門へと向かう。
「ケヴィン様ってモテモテなんですね」
オリーヴがため息を漏らすと、ノエルが珍しくムッとした。不機嫌さを隠しもせず、小馬鹿にしたように嗤う。
「君もケヴィン派?」
「え?先程初めて拝見しただけですから、なんとも。派閥も女の私には分かりかねますし。お兄様の足を引っ張らないようにするだけですわ」
あまりにも馬鹿正直な発言に、クロードは少し乱暴にオリーヴの頭を撫でた。駆け引きの欠片もないのは心配だ。しかし兄思いなのはいい。実にいい。
一方ノエルは自分の発言が八つ当たりだと気付き頭をかいた。あまりにも子供のようだ。
「今のは忘れて欲しい。私が悪かった」
「???」
オリーヴには意味が分からなかったのか、小首をかしげノエルを見つめている。
ノエルはその深い藍色の瞳に射られ、思わずオリーヴの手を取ろうとしてーークロードに遮られた。クロードは目を細める。
「殿下?」
「…本当に夜会に間に合わないのか」
「間に合ってもエスコートは俺ですよ」
「……ッチ」
どうしたものかとクロードはため息をつき、困ったように見上げてくるオリーヴの頭をそっと撫でた。
「ドレスは一着仕立ててはありますけど、お稽古用なので。何度も着ていますから……」
社交界のあれこれを本番でやりきる自信がないと言ったオリーヴのために、父親がすぐに仕立て屋を呼び、作らせたものだ。
オリーヴの発言を聞き、ノエルはクロードに睨まれながらも手を取った。
「おい」
「ではドレスに似合う髪飾りを贈ろう」
「え?」
「私が最初に踊るのは君にしよう」
「ええと?」
「おい」
困惑しているオリーヴ、睨み付けるクロード、何がなんでも夜会に参加させたいノエル。
仕方がない、とこの中では一番冷静なモーリスが間に割って入った。
「はいはいはい。
クロードは姉君をエスコートして貰わないと困るよ。嫉妬から未だにありもしない不仲説を流してる性格ブスがいるんだからね。
オリーヴは殿下にエスコートして貰って?殿下とのダンスの後は僕が誘うから。その後は軽食か飲みを取って壁際にいよう。
クロードかアレットがくるまで側にいるよ」
ほう、と安堵の表情を見せたのはオリーヴだ。
「それは有難いけど、モーリスはそれでいいの?」
「僕にはまだ相手がいないからね」
肩をすくめるとオリーヴは上目遣いでモーリスを見た。
人見知りという訳ではない。
しかし、ポートリエ辺境伯は商会の成功とユルフェ公爵との関係で、すり寄ってくる者が多い。まだ小娘のオリーヴは自分が上手く避けられるとは考えていかったので、一人にならないこの案は有難い。
「頼ってもいい?モーリス」
「可愛い未来の妹のために一肌脱ぐ位はね」
「ありがとう、モーリス」
話がまとまったところでユルフェ家の馬車が来た。
「本人が言い出したんだし、髪飾りを買ってもらったら?」
「でも…」
「ポートリエが無理やり頼んだ訳ではないって分からせるにはちょうどいいよ」
「ああ。やはり似合ってると言えば、だいたい察するだろう」
「……あまり乗り気ではないが、仕方がないか」
こうしてユルフェ家の馬車に乗り込み、オリーヴの髪飾りを買うことと、来週の夜会の出席が決まったのだった。