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プロローグ

 来週から新学年が始まる国立オラール学院内の学食で、料理長のロニーと眉根を寄せているのは、学食を経営するポートリエ商会の娘オリーヴだ。

 ポートリエ商会はポートリエ辺境伯が経営している。商会自体の立ち上げはこの国が出来る前からと、歴史がある。


「……ソースカツ丼って何かしら?」


 カツ丼じゃないのよね、と小首をかしげる。ロニーも腕組みし、ソース味なんですかね、と唸っていた。

 なぜソースカツ話になっているのかというと、生徒からの要望があったからだ。

 しかし、匿名の要望であり、そもそものソースカツ丼を知らない二人には解決策が見つからないのだ。


「購買部のこれも、分からないのよね」


 なぜ焼きそばパンがあってナポリタンパンがないのか、との訴えも匿名で、二人はため息を漏らした。


「知らない物は作りようがないんですけどねぇ」


 せめてどんなものなのか教えて欲しい、とロニーは切に願う。作れるのなら作ってあげたいと思うのは、料理人としての性なのかお人好しなのか。

 焼きそばパンが単にコッペパンに焼きそばを挟んだものなら、ナポリタンパンとはコッペパンにナポリタンを挟んだものなのだろうが……そもそもナポリタンとは何か。


「うちが異世界物を多く扱うからって、何でも分かる訳じゃないわ。

 他のお店なら、カツ丼だって焼きそばパンだって、置いてないのに。」

「逆に置いてあるから知ってると思い込んでいるのでしょうか?」


 取り敢えずいつものように、店内の掲示板にこの2つのレシピを求める張りだしをしようとして、オリーヴは動きを止めた。


「ナポリタンパンについては、ポートリエ領にいる和史さんに問い合わせるのがいいわね」


 二枚の内片方のみを掲示板に貼る。


「ソースカツ丼も一応ポートリエ領内の皆様に、お聞きくださいますか?

 我々が知らなくても、異世界人なら分かるかもしれません」


 それもそうね、とオリーヴは少し困ったように笑った。

 入学式自体はまだだが、国内外からエリートが集まるオラール学院には寮があり、すでにこちらに来ている人も多い。

 学院が微妙に王都の端にあるので外食するのがめんどくさく、味と値段の面からも学食は繁盛しているが、新たにやってくる人々の中に異世界人がいると、こういった注文が出てくるのだ。


 今まで異世界ということで諦めていた味噌と醤油と出会うと、我慢してきた分、押さえられない欲望が次々と押し寄せてくるそうだ。


「オリーヴ様は入学の準備はよろしくのですか?」

「教科書も揃えたし、学院内は慣れてるからすることもないの」


 久しぶりにのんびり過ごしてるわ、とオリーヴは貴族のお嬢様らしくない、年相応の笑顔を浮かべた。

 その笑顔の前に緑茶を出したのは、ロニーの妻であり学食で働くサンディーだった。


「のんびりですか。それも学院が始まるまでですよ。ここは厳しいらしいですからね」

「通学だけでも時間がかかるから、寮生活したかったんだけどね……」

「それは無理でしょう」


 商会の会長であり、辺境伯のセドリック・ポートリエを思い浮かべた、二人は苦笑した。お嬢様への溺愛ぶりは筋金入りだ。

 正確に言うのならば、ポートリエ家のオリーヴに対する溺愛ぶりが筋金入りなのだが。


「魔術科でしたか?」

「ええ。……算術科は、あんなことから始めるのは、ちょっとね」


 オリーヴが小声になったのは、仕方のないことであった。


 ポートリエ商会は元々ポートリエ当主が異世界人を妻に迎え入れたところから始まっている。

 妻が味噌や醤油を恋しがり、当主が材料を集めるために起こした商会なのだ。

 そこまでしてくれたのだからと、妻も意地になりながら味噌も醤油も作り上げた。

 変わった調味料のうわさが広がると、それを求めて異世界人達が集まり、ポートリエ領が異世界人に差別的でなかったことから、居着く者が多かった。

 そして異世界の優れた技術が商会を領地を発展させていった。

 今現在もポートリエ領に異世界人が多いのは、異世界に似た物が多く、また自由度が高く過ごしやすいからだろう。


 この世界より異世界の方が算術の技術が上であったので、ポートリエ家では幼少から学ぶことを義務づけられている。

 オリーヴはもはやこの学院で学べる知識は手に入れていた。今さら九九も何もしたくない。


「学院が始まっても、それなりにのんびり過ごせとらいいのだけれど。」


 目の前の緑茶で喉を潤しながら呟いたオリーヴは、まだまだ平和であった。




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