二羽
興奮冷めやらぬ宴会場を後にし、シラギは船長室に避難していた。
この部屋まで聞こえてくるどんちゃん騒ぎに何度目か分からない溜息が出る。まあいい、今夜は無礼講だ。……いつもか?
神鳥を見ると部屋が珍しいのかキョロキョロと忙しなく見ている。
こんなに美しい神の眷属が自分のものになったのだという事が突拍子過ぎて逆に実感が湧かないが、一体どのような基準で主を選んでいるのだろうか?
あまり掃除が得意ではないシラギの部屋は机とタンスに大きめのベットとランプのみだ。ベットや床には脱ぎ散らした服と戦利品の金貨や宝石といったお宝が無造作に放り投げられている。
ひとしきり部屋を見終わった神鳥が片付けようとでもしているのか、器用に嘴を使い脱ぎ散らした服をベットまで運んで行くのを見て何ともいえない気持ちになった。
今のシラギは例えるなら散らかった部屋に彼女が突然来た気恥ずかしい心境か。
「あー、そのすまないな」
「ピー、ピピー、ピーー」
神鳥の慰める様な優しい声に今度から少しは部屋を片付けようと心に決める。
何を言っているのか分からないが、ピーピーと寄り添ってくる優しい神鳥と話せたら楽しいだろうな、と何気無く思った。
*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*
キャーキャー。
何と知り合ったばかりなのにお部屋へご招待されちゃいました。主ってば、だ、い、た、ん。
はっ!?これは求婚?自分の部屋にご招待は由緒正しい求婚の作法!私達は相思相愛だったのですね。惹かれ会う二人、(一人と一羽)私達は出会う運命だったのですね。
ふふ。もー、肉食系な主も素敵すぎます。
部屋へ入るとそこそこ広いスペースに必要最小限の家具たち。むふ。ここが私たちの愛の巣になるんですね。ぐるりと見渡すと散乱する衣服と沢山の宝石がベッドや床に散乱している。
衣服はともかく宝石を放っておくのは如何なものか、と主の方を見るとばつが悪い顔をした主が頭をかきながらの目線を逸らしていた。
………えっと、確かこの気持ちを何て言うんだっけ?萌え?カワユス?愛の歌を一晩中歌いたい気分?
あ〜、主がカワユスでツライけど頑張ります。
よし、妻の出番ですよ!甲斐甲斐しくお世話をして好感度アップです!
あら?も〜気にしなくていいんですよ。だから落ち込まないで下さいよ〜。う〜、主と話せたらいいのに。神様〜私、主とお話ししたいですよ〜。
奇しくもシラギと神鳥が同時に願った瞬間、 シラギの二の腕に熱を感じ確認すると、ぐるりと腕を囲む様に薄灰色の刺青のようなものが刻まれていた。
模様のようなそれはよく見れば恐ろしいほど細密で規則性のある文字だとわかるだろう。
「…っ!?な、なんだこりゃ?」
『あ、契約の呪ですね』
「契約の呪?」
『神鳥と主との契約の呪ですよ。つまり私が主に祝福を授けた証です。これで私が主から名前を貰えれば完了になります。………ん?』
「そりゃ凄いな。………ん?」
見つめ合う一人と一羽。
『……もしかして主は私の声が判りますか?』
「あ、ああ。しかしまた何で突然。……これのせいか?」
『いえ、契約の呪にはそんな効果はない筈です、が?』
「出来ないのか?」
契約の呪にはそんな効果は無い。何故突然出来るようになったのだろうか?祝福を授けた途端意思疎通が可能になったその理由は?
ーーーー祝福?
一人と一羽が同じ可能性に行き当たり顔を見合わせる。胡乱げな目付きで神鳥を見るシラギと優雅な仕草だが内心汗ダラダラの神鳥。
「……一つ聞きたいんだが、一体何の祝福を授けたんだ?」
『……私にも分からないんです。祝福を授けて初めて分かるものなので。……………で、ですね。意思疎通が急に出来る様になったところを考えると私とお喋りできる祝福かな〜、な、ん、て ♫』
「あ”あ”っ??」
流石は一癖も二癖もある者たちを束ねる海賊船の船長。迫力が違う。
『何がご不満ですか?…ひぇっ。いえいえいえ!!あ、えっと、そうだ!この世界全ての言葉が分かるんですよ。ほら主は船でいろんな土地や島に行くでしょう?重宝しますよ。多分、きっと、おそらく』
我が身可愛さから適当な事を言ってみる。神鳥は各国の王たちを魅了した首を傾げて可愛さアピールしてみるも、主は適当な事を言ってみろ。てめぇの羽全部毟るぞ、アアンッ?的な目付きで返してきましたが、何故にラブラブ攻撃が効いていないの?逆に殺気立った視線にゾクゾクするのはこれは恋なのでせうか?
祝福を授けた者の中には比類なき力を与えられ平民から大将軍になったという者から、砂漠を緑の地に変えた者、水を自在に操る者といった実在する人物から眉唾ものまで様々な言い伝えが残されている。シラギも無い物ねだりをする気はないが、ほんの少〜しだけ夢を見てしまったのは誰も責められないだろう。
ジト目で見るシラギと愛想笑いをする神鳥の空間をノックの音が響いた。
天の助けと言わんばかりに神鳥は風のようにドアに駆け寄ると、そこには一抱えもある大きなカゴを両手に持ったカルノが現れた。カゴの中には大きめのふかふかクッションが幾つか入っており、気持ち良さそうだ。
「どうしたんだい、この空気?あ、今夜は急ごしらえで悪いけど神鳥様の寝床を作ってきたよ」
部屋に漂う不穏な空気に首を傾げながらも、キラキラ輝く王子様スマイルで抱えていたカゴをよく見えるように下げた。神鳥が入っても十分寝れる大きなカゴだ。真白い清潔なクッションからは石鹸のいい香りがしている。神鳥は “クピー、クピー” とカルノに向かってお礼を言っているようだ。
『わあ、気持ち良さそうな寝床をありがとうございます。モテそうな男は違いますねぇ。
しかし!私と主……いえ旦那様はラブラブなのであちらのベッドで一緒に寝るのです。なのでクッションだけ頂いておきますね。
うふふ。今夜は、祝!初夜なのですよ!明日の朝は赤飯をお願いします』
「お礼なんていいんですよ神鳥様。奥ゆかしい方ですね」
『奥ゆかしいだなんて、そんな』
「……何故か微妙に会話が繋がっている気がするが、内容に突っ込みを入れたら負けなのか?…あ、おいカルノ。お前、訳の分からん島々の言葉とか知ってるよな?」
「?ああ、幾つか知ってるけど、俺もそんなに話せないよ」
訝しげに答えるカルノに何でもいいからさっさとやれと言わんばかりに顎で促す。一体何だと首を傾げながらも言われた通りに応じた。
「………今、なんつーた?」
『あ、私分かりますよ。南の孤島ワシャ語ですよ。ふふん、これでも睡眠学習でお勉強しましたからね。えっとこれは…』
『「 頭は大丈夫かい?だよ(です)」』
ホントに大丈夫かこいつ?的な目でみるカルノとドヤ顔の鳥。
確か新鮮な鳥肉は生で食べれたよな。羽は好事家に売ってしまうか。それともーー。
シラギはだんだん危ない方向へ行く思考に慌ててストップをかけた。相手は神の眷属だ。下手をすれば神罰があるかも知れない上、国と神殿が敵に回りかねない。それにとりあえず神鳥にも弁論の余地は与えねばなるまい。
「おい、何か俺に言う事はあるか?」
旦那様に言うこと?
神鳥は考える。
今夜は初夜。
成る程!これからの私達のことですね。
火山世界ダジグの溶岩人の王族みたいに一晩中相手と己を讃えるのもいいし(ダジグ人は体の硬さとか岩の美しさ)、氷の世界ガジュルートの一日中踊り続けるのもいいけど、やはりここは地球の日本大和撫子風で。
手は無いから三つ指はつけれないけどここは優雅に、美しく。
『旦那様。末長くどうぞ宜しくお願い致します』
「……………………」
「うわー。何か分からないけど綺麗な仕草だね。流石は神鳥様だ」
そうでしょうとも。そうでしょうとも。猛練習しましたからね。それよりも旦那様〜。名前、名前付けて下さいよ〜。名前〜。レイちゃんとか〜、シズカちゃんとか〜、ミクちゃんでもいいですよ〜。名前下さい〜。
シラギの周りをリズミカルにグルグルと回りながらクピーックピーッと鳴く姿は微笑ましい。先程の神々しく近寄りがたい雰囲気より今の方が断然いいと思うのは自分達が人間だからなのかな〜、とのんびり考えていたカルノの目の前でシラギが完全に据わった目で白鳥の様に長い神鳥の首を片手でガシッと掴んだ。
あまりの事に思わず唖然と見てい為だカルノの耳に神鳥のか細い声が届いた瞬間、気を取り戻しシラギの愚行を止めにかかった。
「なっ!?気でも違ったのかい!?神鳥様に何てことを!」
「喧しい!放せカルノ。こいつは一度しっかり躾ける必要があるんだ!」
『ピーッ(これがヤンデレー)』
「……ヤンデ?何言っているかよく分からんが、不愉快な単語だとは分かるぞ」
ギリギリギリギリギリギリ。
『グ、グピ〜ッ(ドメスティックバイオレンス)』
「……その単語も何故か腹立つな」
「シラギ!いい加減にその手を放すんだ!」
カルノがシラギの手を無理矢理剥がし、鳥刺しの運命を免れた神鳥だったが懲りずに『名前〜、名前〜下さい〜アスカちゃんに、シータちゃん〜、コレットちゃん〜、名前〜』と呪文のように囀り繰り返し強請ってくる。
「シラギ!神鳥様に謝るんだ!見てみろ、神鳥様も苦しかったと鳴いているじゃないか」
「あぁ?あれのどこが苦しがってるって?、ってお前も名前名前うるせえ!焼いて食っちまうぞ!………ん?…よし、お前の名前は焼鳥だ」
『「………は?」』
「焼鳥に決定だ」
『「はあぁぁああぁあ???」』
シラギが宣言したと同時に腕の契約の呪が一瞬光り灰色だった呪が黒に変わっている。
神鳥は己の中に契約が完了したのを感じ、呆然とした。
焼鳥……焼鳥……焼鳥。
『…い、いやあぁぁああっ!!あんまりです旦那様ぁ!』
「シラギ、君は馬鹿か!?神鳥様にそんな名を付けるなんて。今後神鳥様の名前を聞かれて、焼鳥と答えるつもりか?ああ、神鳥様泣かないで下さい。僕が取り消すよう脅し…説得してあげますから」
「うう、カルノさんー」
ピーッピーッピーッピーッとけたたましく鳴く神鳥をカルノが慰めているとそこに壁の穴から一匹のネズミが出てきた。
シッポネズミ。
姿は普通のネズミと変わらないが、大きさは倍ほどあり何より特徴的なのはその尻尾。
名前にもなっている尻尾は人間の指と同じように動き自分よりも大きな物を持ち上げれるほど力が強い。知能や繁殖力も高く、船でもよく見かけるネズミだ。
大きな愛嬌のある目がシラギを見つめ長いヒゲをピクピクと揺らしながらチュー、と一声。
『海賊が神鳥様を虐めてるズラ』
「……………………」
…喋った。
『…ヒックヒック、私の可愛い名前がぁ〜。……旦那様?何でシッポネズミさんを見てるんです?浮気ですか?……あ、もしかしてシッポネズミさんの言葉が分かるとか?』
「…そのようだな」
『試して見ないと分かりませんが、つまり私とお話出来る祝福では無く、異種言語能力という事でしょうか?』
人間以外のもの達と意思疎通が出来る能力。役に立つのか立たないのか微妙な祝福だ。思わず顔を顰めたシラギにネズミがまた余計な一言を放った。
『悪人顔がより凶悪になってるズラ』
「……………………」
『そんな事より名前、名前です!!焼鳥は嫌です〜!!』
「…ネズミごときの分際で俺を悪人顏だぁ?カルノ、ネズミ駆除剤を今すぐ持って来い!!」
『ひ〜大量殺人鬼ズラ〜!』
「シラギ、そんな事より神鳥様に謝り名前を今すぐ付け直すんだ!」
『焼鳥はいやあぁぁああっ』
甲板の宴会の喧騒よりも煩い四重奏が始まった。
後の世に異種族と友好を交わし、万物の調停者とも無血の海賊王とも呼ばれる事になる海賊と、常に彼の傍にいた神の愛鳥との始まりの物語。
ネタが纏まったらまた投稿したいですが、一旦完結で。
おまけ。
ある少女の叫び。
「……何で。何で何で何で何で何で何で何で何で、、何でよーーっ!!
何でここにサポ鳥が居ないの!?冗談じゃないわよ、何で学園に居ないのよ!主人公は私でしょう!?何処に行ったのよ馬鹿鳥!!」