掌編『デブとスレンダー』
とある喫茶店。店の奥では、仲良さげに話す三人の男がいた。
「おい、アレ見ろよ」
黄色のシャツを着た男が言った。
「お。太めな人と、細身な人」
黒いキャスケットをかぶった男がいう。
「これは……そそるねぇ」
派手な柄のTシャツが、唇を軽くなめながらそう漏らした。
三人の男が一様に注目したのは、今さきほど入店してきた二人の女性である。
一人はスレンダーで、たっぷりとした黒髪をなびかせている女性だった。ボルドーのワンピースとハイヒールにグレーのジャケットという出で立ちで、膝上丈のワンピースの裾からは、二本の脚がすらりと伸びている。顔立ちは彫りが深く、顎のラインはシャープ。長いまつ毛とぽってりした下唇を強調するような化粧をほどこしていて、耳元には鮮やかな緑色の宝石をあしらったピアスが光っていた。
もう一人はデブで、たっぷりとした脂肪をふるわせている女性だった。無地の白いTシャツと白いスニーカーにブルージーンズという出で立ちで、ピチピチのTシャツの裾からは、たわわについた脂肪がぶるんと覗いている。顔立ちは彫りが浅く、顎のラインは首と同化。主にお腹についた脂肪がぼとんど球体に近いシルエットを形成していて、ひとあし歩くたび、体中の脂肪が唸りを上げるように震えていた。
「こりゃ、行くしかねえな」
「ナンパ?」
「お前、またやるのかよ」
「いいじゃねえか。魅力的な女性に声をかけて、何が悪い」
「そういう意味で言ったんじゃねえよ」
「じゃあ、どういう意味だよ」
すこしトーンを抑えた声で言い合う三人。しかし皆一様に、目線は二人の女性の方向に向けられていた。先ほど入店してきた二人である。
「二人、話してないな。別に知人じゃないらしい」
「入ってくるタイミングが同じだっただけか」
「で、ホントにいくの?」
「決まってんだろ」
そう言いながら手探りで髪型を直しているのは、派手柄Tシャツの男である。突撃するのは彼らしい。
「まあ、こっちは適当に見守っとくわ」
「おう、じゃ」
派手柄Tの男が立ち上がって、先ほどの女性の一人に向かって歩きだした。
残りの二人は静観する様子で、共に呆れ顔になりながらも派手柄Tを見送る。
「よく飽きないよな、アイツ」
「仕方ないさ。生まれ持った性質なんだよ」
「でもさあ。壊滅的にシュミ悪いよな」
「……それは否定しない」
黒キャスケットと黄色シャツが同時にため息をもらした。派手柄Tの方は、既に意中の相手を口説き始めている。
「でも、成功率はなかなかのもんだよな」
「相手が相手だからな。普段モテない女が声かけられたら、浮き足立つんじゃねえの?」
「確かに、それはあるかも。アイツ、顔は悪くないし」
「そうそう」
派手柄Tに声かけられた女性は、別段嫌な顔をしている様子もなかった。むしろ派手柄Tの話に笑っているらしい。会話も弾んでいるようだ。
「順調そうだな」
「そうなると、今日このあとは俺とお前だけか」
「だな」
しばらくすると派手柄Tの男がテーブルに戻ってきた。
「おう、お前ら。俺、今日はあの子と帰るから、先帰っといてくれや」
「へいへい」
「しかしお前、なんでああいう女選ぶかね。俺には理解できんよ」
「俺もだわ」
「うるせえ。一般的にモテないと言われてる女性でも、俺には魅力的に見えるんだから、仕方ねえだろうが」
「まあ、お前の好みはどうでもいいよ。はよ行って来い」
「おうよ。じゃあなー」
派手柄Tの男はそう言い残し、スレンダーな女性と一緒に喫茶店を出て行った。
「文化による感性の違い」がテーマです。