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生徒会長は未だ恋を知らず

作者: 月葉しん

 俺はいわゆる攻略対象だったようだ。

 気がついたのは随分と後だったが気付いてもそうでなくても、あまり影響はなかったのではないかと思う。

 もしヒロイン補正だのの類があれば難儀したと思うが、そんなものは無かったからな。

 ヒロインという奴に、警戒することもなかった。俺は自身が己を保ってさえいればどう転んでもなんとでもなりそうだったからだ。あいつらのように悪魔に魂でも売ってんのかってくらい入れ込んでさえいなければ問題はない。

 例え俺がそうなったとしてもだ。あいつらの家のような処分を喰らうことはなかっただろう。

 俺の家で常に言われる事は「失敗は成功のもと。若いうちは好きなことを大いにやって沢山失敗して学べ。但し責任を持つ立場になったら失敗は許さない」この場合の責任を持つ立場というのは社会人になってからの話である。

 そもそも殺人でも犯したならともかく、未成年の高校生がたった一度失態を犯したからといって家から放逐だの勘当だのどれだけ了見が狭いのか。たかが一学園内の話である。確かに財界、政界、格式ある良家の所謂力ある家の子供が集まった学園であり、社交界にここでの評価が影響することは否定しないが、たかが一学園内部の話だ。全国に同様の学園が幾つもあるというのに極一部での小さなコミュニティ内での出来事に大騒ぎして実にくだらない。

 問題なのは底辺に堕ちた、学園で築き上げてきた信用や信頼をどう取り戻させるか。挽回させるかが成長の重要課題であるだろうに、何度も言うがたかが一学園内でのたった一度の失態で未成年の未来を絶望に突き落とす彼らの家のやりように不快になった。俺たちはまだ十代の子供で、挽回のチャンスなどいくらでも転がっているはずだろう。この先精進し社会人となっていく過程で、全てを払拭することは可能な筈だ。にも関わらずの斬り捨てだ。反吐が出る。

 それにだ。社交界での各家の評価下落は、あいつらが家の権力を我儘に振るったことにも起因しているわけだが、それが手軽に出来る親の管理の緩さ、甘さに問題があるのであって、その責任すら我が子に押し付ける身勝手さにあることに気づきもしない。呆れるばかりだ。

 ことに副会長に関してはずっと両親に認められるよう努力を重ねていているのを見知っている分、苦い。

 他家のことであるから口出しは出来ないが。

 せめてと思い謹慎処分は止められなかったが、全員退学処分だけは回避させた。本人がこの学園に居続けるのが辛いのであれば兄弟校に転校手続きを取ることにはなっているが、大半の者は正気に帰り反省し、このままこの学園で過ごす事を選んだ。勘当だの放逐だのほざく各家には俺たちが間に入り、少なくとも大学を出るまでは保護者としての責任を果せと強く意見した。

 一方で散々掻き回した阿呆なヒロインだが、あれは放っておいて良かろうと考えている。ごく一般的な家庭であるし今回の騒動によって家庭が崩壊したなどという事実も無い。典型的な前世記憶持ち逆ハー狙いの女だったが既にシナリオは崩壊し、ゲームは終わった。

 である以上、今更足掻いた所で素の器量に見合った相応の進路に落ち着くだろうというのが俺の見解だ。

 俺は三階の生徒会室の窓から、下の渡り廊下で未練たらしく「ヒロインは私なのに!」だの「私が愛されないなんておかしい!」だのはたから見れば電波なことを喚いているのを遠く眺めた。

「史幸さま」

「ああ、美香子か。今日は大丈夫だったか?」

「ええ。友人が一緒にいて牽制してくださるので」

 入室し、柔らかに声をかけてきたのは婚約者の美香子だ。

 あいつらが生徒会の職務を放棄し、俺がここに缶詰になり始めた頃から臨時の補佐として手伝ってくれていたのだが、この度正式に役員となった。職務放棄していた連中と顧問、さらに顧問によって勝手に任命されていた補佐のヒロインは解任され、今は俺が推薦した新役員が選挙の末その役にある。

 大半の者はその処置に納得し認めているが、何事にも例外がいるのは致し方ない事だ。しかし学園を混乱に陥れた張本人が抗議してくるあたり、反省以前であることは確実だ。

 さらには落ちなかった俺に対するヒロインの執着が以前より増し、降ろされたヒロインとは逆に正式に役員となった美香子への嫉妬と、ゲーム的に悪役ポジションであるがゆえに何でも言っていいと思い込んでいるのか、暴言が酷いのだ。しかも下手すれば手が出る。迷惑な話だ。

 正直退学させてしまいたいのが本音だが、下手に他所へやって同じことを繰り返されても面倒だ。可能性が無いとは言い切れない。何故なら俺の知るこの世界によく似た乙女ゲームには続編があったように記憶しているからだ。退学し転校した先がその舞台ではないという保証も、続編のヒロインが同一ではないという保証も何一つとしてないからだ。

 俺は前世記憶持ちだが、この世界に似たゲームをほんの少ししか知らない。思い出せない。

 俺は確かに前世というものを幼少の頃に思い出してはいたが、ゲームをプレイしていたのは俺ではなく姉だったのだ。前世の姉が堂々とリビングでプレイしていた為に見聞きせざるを得なかっただけの話。全く興味が無かったものをゲーム開始後とはいえ思い出しただけマシではないだろうか。ゆえにその知識は断片的だ。

 たまたまイベントだったらしい副会長とヒロインの馬鹿馬鹿しいやり取りを見て既視感を覚え、そこから乙女ゲームの存在を思い出したという経緯だ。副会長以下、攻略対象たちが次々と陥落し、狂信的なまでの醜態を晒していくのを呆れと共に見ていたが。

 俺が落ちなかったのはゲームを思い出したからではない。社会人としての記憶を持ち合わせている以上、ヒロインの幼稚さと浅慮さ、醜悪さなど容易に透けて見えたのだ。そんなモノに誰が惹かれるというのか。

 人を指差して傲慢だの悪し様に罵ったかと思えば、無理して頑張らなくていいだの頼っていいのだの猫撫で声で寄ってくる意味不明さ。美香子には俺を縛り付けるなだの、迷惑しているのがわからないのかだの見当違いの言いがかりをつけてくる。

 記憶の断片からゲームでの決まり文句なのだろうと見当をつけてはいたが、乙女ゲームに詳しいという美香子の取り巻きによれば転生逆ハーヒロインのテンプレだという。実に迷惑だ。

 美香子とは幼少の頃に出会い、政略目的で婚約者となった。その頃には前世の記憶を持ちながらも好き勝手遊びまわっていたわけだが、初めて会った時からしてゲームとは違う。後から思い出した事ではあるが、主に俺の反応が違うのだ。

 ゲーム通りであるなら、俺は我侭ガキ大将で「女なんて気取りやで一緒に遊べないし面白くねぇ。婚約者なんてクソくらえ」と思い、随分と美香子を邪険に扱っていたようだが、先にも言ったが俺は既に社会人としての前世を持っていた。だから俺を見て上気した顏でキラキラと目を輝かせ、はにかみながら挨拶をする彼女と対峙しても、苦笑と共に微笑ましい思いで挨拶を返したものだ。こんなお嬢様に俺のようなガキ大将の遊びに付き合わせようというのが間違っている。

 だから彼女と会うときは少女に合わせた遊びやら付き合いをした。子守気分だったのは当然だろう。さらに夢を壊しては悪いかと思い、紳士らしくもしたつもりだ。

 ゲームの俺は時間が経っても美香子を嫌悪し認めず、婚約を鎖のように捉えて反発していたようだ。確かにゲームの美香子は高慢で鼻持ちならぬお嬢様であったが、それはゲームの俺が彼女をあまりにも邪険に扱ったがゆえの結果だ。彼女なりに必死にあがき続けて歪んでしまったといえる。責任のいくらかはゲームの俺にあるのだ。

 だが現実の俺は違う。俺の意識からしたら随分と年下の無力な少女であり、俺を純真に慕う姿は庇護欲を誘うものだ。特に嫌う要素は無い。

 第一、政略の婚約だ。本当に結婚することになるかどうかなど分かりはしない。今の世の中、数年後には情勢がどうなるか読みきれない。俺たちが成人し結婚適齢期になった頃まで敵対せず衰えもせず、そのまま二家が手を携え続けているかどうかもわからないのだ。そんな不確かなものに反発してどうなるものでもない。

 多少女と遊びはしたが、俺に群がる乳臭い女やハイエナのような女など目を向ける価値はない。婚約者がいる以上他の女に我を忘れるような恋情を抱く必要もない。

 美香子に対して恋人としての感情は無いが、妹のような親愛の情は持っている。現在のところ将来のパートナーとして申し分はない。このまま結婚まで何事もなくいくなら、穏やかな愛情を持ち添う事が出来るだろう。真実結婚が確定してから恋をすればいい。

 感情に予防線を張っていると言ってもいい。この先婚約者が変わる可能性などいくらでもあるからだ。俺は結婚した相手に愛情をそそぎたい。おかしいと言われようが間違ってると言われようが決めているのだ。淋しい男だと言われようが、卑怯だと意気地のない男だと言われようが。俺だとて常に強いわけではないのだから。



 俺は未だ恋を知らない。

 目の前にあるそれに気づかぬふりをし続けている。

 






 わたくしは恋をしている ― mikaco side ―




「ああ、美香子か。今日は大丈夫だったか?」

 生徒会室に入ると史幸さまが壁にもたれ、窓から外をながめていました。艶のある整った顔は冷ややかに何かを見ているようでしたが、私が声をかけると柔らかに緩められました。

 この方は学園の生徒会長であり、とある名門の御曹司。幼い頃から眉目秀麗で、全てにおいて優秀。威厳、公正、寛容も持ち合わせたこの方と肩を並べるということは並大抵ではありません。幼少から隣に並んでも遜色なかったのは元副会長くらいだったのですが、今ではその権威も失墜し見る影もありませんわね。史幸さまは気にかけておられるものの、彼をリコールした身でもありますし、立場上表立って引き上げることも出来ず苛立っているようです。

 身から出た錆で自業自得だと思うのですけど。例の彼女の言葉を鵜呑みにし、私に一緒になって暴言を吐き、危害を加えようとまでしたんですもの!

 確かに私はキツイ派手な顔立ちで、特に初対面の方には誤解を受けることがありますけれど、史幸さまの恥となるような高飛車な言動などしたこともありませんわ。それに例の彼女に全く関心を持たれていないと分かっているのに虐めだの嫌がらせなど、それこそ誇り高い私がそんな下品な事するわけありませんでしょう。元副会長とはそれなりに交流があったというのに分からないなんて。

 史幸さまはそんな私を庇い助けてくださいました。私を信じ、お二人の間に亀裂が入ろうとも親友である副会長を恫喝、叱責してくださった時には嬉しくて涙がこぼれましたわ。

 ええ、私は恋をしていますの。婚約者である史幸さまに。初めて出会った時から。

 傲慢ともとれる高い矜持と、男らしく整った容貌とその能力の高さに目を奪われ惹きつけられた人々に一線を引き、特に女性に対しては冷ややかな態度を取り滅多に表情を動かすことのない史幸さまですが、私に対しては素の表情を見せてくださるのです。

 それに気づいた子供の頃、それがとても嬉しくて、史幸さまの特別である婚約者であることが誇りにもなったのですわ。

 史幸さまは幼少時よりとても大人びていました。大人たちへの接し方も堂に入っていて、臆することなく振舞っていらっしゃいましたの。私はそんな史幸さまの婚約者として恥ずかしくないよう、一生懸命色々なレッスンやマナーの習得に励む日々となったのです。

 話術や社交もその一つです。私の両親や史幸さまの両親の立ち居振る舞いもまた私にとってお手本というべきものでしたが、少々違っているということに気がつきました。そして史幸さまは私の両親の特権意識を、史幸さまとは違う矜持の持ち方考え方をあまり好ましくは思っていないということにも気付いたのですわ。

 史幸さまはどなたとでも同じ態度でお話をされます。家格の高い、低いや資産、地位に左右されません。むしろ人格に重きをおいておられるように感じますの。よほど礼を欠いた態度のお相手でない限り、見下すような言動などもってのほか。それはご両親も同様でしたわ。

 ですが私の両親は逆なのです。ですから私は気づかぬままそういった我が儘で傲慢な態度を取っていたのですわ。私のそういった場に居合わせた時には史幸さまは厳しい顔で私を窘めていて、最初はただ嫌われたくない一心で謝っていたのです。むしろ両親には叱られたりしないのにと不満すら持っていましたの。

 いつもそんな私の内心に気づいていて最後は苦笑して少し乱暴に頭を撫でてくださったのですが、その違いに気付いて私は本当の意味で理解したのです。

 恥ずかしくなりましたの。そして自分がどれだけ恵まれ両親に愛され、甘やかされていたのかわかったのです。

 それからの私は変わったのだと思うのですわ。もしも違いに気づかぬままだったのなら、あの例の彼女の言う通りの嫌な女になっていたのかもしれません。史幸さまに愛想をつかされ、それでも婚約者であることを免罪符に縋り付き、周囲に女性がいれば排除するように指示していたかもしれませんわね。そう、悪女のように。

 史幸さまは少し強引なところもありますが、私に対してだけはいつも優しく紳士でしたの。幼い頃はそれが私が史幸さまに向ける感情と同じだと思っていたのですが、思春期を迎える頃には違うと気がついたのです。

 そう、妹を見るような目でしたの。優しい慈しむような。

 知った時には胸が潰れるように苦しく悲しかったですわ。そして怖くなりましたの。いつか他の誰かに心を奪われてしまうのではないかと。

 それでも私は婚約者で、妹……とはいえ史幸さまにとって特別な感情を与えられているのですわ。それが希望でした。ずっとお慕いし、想い続けていればいつか通じると信じましたの。

 例の彼女が現れ生徒会の方々や人気のある男子生徒達が彼女に盲目なまでの恋をして学園を混乱に陥れた時、少し怖かったですわ。史幸さまもまた彼女に惹かれて行ってしまうのではないかと。

 彼女に事実無根の罵詈雑言を浴びせられた時、常に冷静で的確な判断をなさるあの方が婚約者である私を裏切る事はないと信じて毅然と優雅に対峙しましたが、不安でなかったわけではなかったのです。

 ですから駆けつけてきた史幸さまが私を庇い抱きしめて、彼女と取り巻きに対して怒気を漲らせて彼女らを一刀両断してくださった時には本当に嬉しくて泣いてしまいましたの。

 毅然としていた私が綺麗だったと褒められて照れてしまいましたわ。それから助けるのが遅れて済まなかったと、これからは誰にも傷つけるような真似はさせないと強く抱きしめながら囁いたのです。

 史幸さまの指先が少し震えていましたの。少しだけ距離が近づいて、私の恋心が届き始めたような気がしたのです。


 わたくしは恋をしています。

 目の前の心に届くよう、ずっと恋をし続けるのです。


fin.


会長は美香子がほかの男性を好きになるという可能性を考えたことが無い。微塵もない。やっぱ俺様。

ヒロインに対しては一貫して関心無くスルー。イベントもフラグもことごとく完膚なきまでにスルー。


美香子の外見はキリッと美人の女王様。子供の頃は典型的な我が儘傲慢お嬢様だった。現在は気位は高いが特権意識は影が薄れ、毅然とした女子生徒憧れのお嬢様にへんしーん。


会長と美香子は公認の俺様女王様カップルと認識されている事を本人たちは知らない。

二人は婚約者としての付き合いであって、恋人同士として付き合ってはいない。


会長はさっさと恋心を認めて、逃げられる前に美香子を確保したほうがいい。彼女に恋してる男だっているんだからね!

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[良い点] 面白かったです! 美香子は美香子様とかお姉さまとか呼ばれて慕われていそうです。 [一言] 物語で恋心に気づくパターンって嫉妬や独占欲を煽ったものが多いので、 結婚記念日なんかのふとした瞬間…
[良い点] 面白いです。男視点は珍しいですね。 [一言] 連載として読んでみたいです。主人公がどうやってヒロインをスルーしたのか気になります。ヒロイン視点もかいてほしいなぁ。
[一言] 誤字報告です。 他家のとこであるから口出しは出来ないが。 他家のことであるから口出しは出来ないが。 俺が落なかったのはゲームを思い出したからではない。 俺が落ちなかったのはゲームを思い出…
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