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●2

 魔物との戦いの後、俺は副隊長、ケビンと一緒に応接室にいた。これからテナちゃんの事情聴取が行われる。テナちゃんは沈んだ表情で椅子に腰掛けており、その目の前には二人の監察官がいる。騎士団の中にあって俺たち騎士とは違う存在が、この監察官とヴィーナさんたち召還士だ。

「それでは、これからあなたについていくつか尋ねていきます」

 監察官は柔和な目元をしているが、それぞれ目の光は鋭い。

「まず、お名前を教えてください」

「テレンツィエナと申します」

「苗字は?」

「……モンタルド、です」

「テレンツィエナ=モンタルドさんですね」

 書記として一人が紙に書き込んでいく。テナちゃんはその手元をじっと見つめている。

「年齢はおいくつですか?」

「19歳です」

「ご両親はいまどのようなご職業に?」

「母はすでに他界しています。父は……」

 そこでテナちゃんは下唇を噛んだ。監察官は彼女の仕草を目で追っている。テナちゃんの目は、一点を見つめたまま動かない。

「父は、科学者として研究所で働いています」

「その研究所の名前は?」

「知りません。父は私に仕事のことは何も教えてくれません」

 テナちゃんは真っ直ぐな視線で監察官を射抜いた。監察官は「そうですか」と相槌を打つと、一度紙に目を通した。

「あなたの国籍はブラドワールで間違いないですね?」

「はい」

「では、あなたはなぜあの日、ロレーダのあの森にいたのでしょうか」

 監察官は核心をついた。けれどテナちゃんは動揺を見せなかった。

「どうしても家を出たかったんです。父に居所が知られるのが嫌だったので、出来るだけ人気の少ないところに行こうと思って、森に入りました」

「前々から家出は計画していたんですか?」

「……はい、少し前から考えていました」

 テナちゃんの言葉が、ウソだとは思えない。たぶん、実際全て本当のことなんだろう。

「狼に襲われていたのは?」

「偶然、だと思います」

「森を出たらどこに行くつもりだったんですか?」

「特にあてはありません。ただ近くの街で早馬を借りて、出来るだけ遠くに行こうと思っていました」

「なぜ家を出ようと?」

「……家にいるのが、耐えられなくなったからです」

「なぜですか?」

「……私事なので、話せません」

 そう言ってテナちゃんは黙り込んだ。監察官はお互い顔を見合わせる。俺は固唾を呑んで行方を見守るしかない。

「……分かりました。では、今日のところはこれで終わりにしましょう。あさって、また来ます」

 監察官はあっさりと立ち上がった。俺も驚きだが、テナちゃん本人はもっと驚いているようだ。

「ディワーディス副隊長は、我々とこちらへ」

「分かった」

 副隊長は俺の肩をぽん、と叩いて監察官二人とともに部屋を出て行った。

「なんだったんだよ……」

 ぽつり、と俺の気持ちをケビンが代弁してくれた。テナちゃんは呆気にとられたまま、ぽかんと口を開けている。

「とりあえず、テナちゃんは医務室に戻ろうか……」

 俺とケビンはテナちゃんを連れて医務室に向かった。医務室に入ると、セスナさんが茶を啜っていた。

「お、随分早かったのぉ」

「なんだよ、セスナのじーさんは暇そうだな」

「何をアホなこと言っておるんじゃ。わしは大忙しじゃ」

 ヒッヒッヒッ、セスナさんは笑ってまた茶を啜った。それから思い出したように俺たち三人の方を見た。

「そうじゃ、テレンツィエナ、お前さんの散歩の許可をもらったぞ」

「え?」

「さすがに篭りっぱなしは体に毒じゃからな。キッド、ケビン、お前ら二人で庭に案内しちょれ」

「なんだよセスナのじーさん、たまにはいい事するなぁ」

 ケビンはのん気にニカッと笑って、「じゃぁ行こうぜ!」とテナちゃんの手をとった。

「あ、こらケビン!!」

 先に歩き出したケビンの背中に向けて声を出してから、俺はセスナさんに向き直る。

「セスナさん、ありがとうございます」

「お前さんに礼を言われる覚えはないのぉ。ほれ、さっさと行って来い」

「はい!」

 俺は医務室から出て、二人を追いかけた。この騎士団の宿舎は広い。演習場は隣にあるが、たくさんいる団員が自由に体を動かせるようにと、庭の広さも充実している。それと殺伐とした騎士団を明るくするために、花なんかも植えてある。

 テナちゃんは庭に出ると、嬉しそうに声を上げた。この時期は色んな種類の花が咲いている。テナちゃんは花壇に植えられた黄色い花に近づいてしゃがんだ。

「綺麗ですね……なんて名前なんですか?」

「ごめんね、俺たちそーゆーの分からないんだ」

 そう言えば、テナちゃんは「キッドさんは花とかお詳しそうなのに」と少し驚きつつはにかんだ。

「あはははは、確かにこいつこんなナリだからな! か弱いとかナヨナヨしてるとか思われがちなんだけどよー、こいつそんなんじゃねぇから」

「ケビン口には気をつけたほうがいいよ?」

「フベッ!!」

 俺はたまらずケビンにドロップキックをキメていた。瞬間、後悔した。

「だ、大丈夫ですか……?」

 テナちゃんは慌ててケビンに駆け寄る。ケビンは尻を無様に突き上げた姿で地面に倒れこんでいる。

「だ、大丈夫大丈夫……。いつも俺たちこんな感じだから」

 ヘラヘラとしたいつもの笑顔でケビンはテナちゃんに答える。

 ――俺はテナちゃんの目の前で何をやらかしてるんだ……!!

 不覚だ。この俺としたことが、女性の目の前でドロップキックなんぞを披露してしまった。これは不覚すぎる。

「……ていうか、俺、君にちゃんと自己紹介してないよな?」

 ケビンは起き上がりながら不思議そうな顔でテナちゃんを見た。テナちゃんもそういえば、と目を丸くした。

「俺はケビン。キッドと同じでこの騎士団の団員。まぁキッドとは同僚兼親友みたいな?」

 よろしく、とケビンはけらりと笑った。テナちゃんもおずおずと「よろしくお願いします」と頭を下げた。

「わ、私はテレンツィエナと申します」

「おーおーじゃあ俺もキッドに倣ってテナちゃんって呼ぶな!」

「は、はいどうぞ……」

 俺は二人のほのぼのとしたやり取りを見て、どうにも釈然としない気持ちになる。というかケビンが明らかにデレデレしてるのが気に食わない。

「俺たちが一緒だと寛げないかもしれないけどよ、まぁしばらく外の空気吸うだけでも違うと思うぜ」

「ありがとうございます」

 俺はなんとなく疎外感を感じて、ケビンとは反対側のテナちゃんの隣に腰を下ろした。

「今日もいい天気だなぁ」

 ケビンはのん気に空を見上げて大きな欠伸をもらす。それにつられて俺もテナちゃんを空を見上げた。

「確かに、本当にいい天気だなぁ……」

 俺はここにきて急に魔物との戦いの疲労がきた。同時に少し眠くなる。この後もまだ業務は残っているし、魔物の件も片付いてはいないから油断はできない。そもそもなぜあの森に魔物がいたのだろうか。下級クラスならまだしも、貴族クラスまでとなると異常事態だ。

「おいキッド、お前なにさっきから小難しい顔してんだよ」

「んー、別に……」

 テナちゃんを間に挟んで凄くまったりした時間が流れている。たぶん、これから騎士団は魔物とロレーダの割譲で手がいっぱいになって、運がよければテナちゃんはすぐに釈放されるだろう。ただこちらから家に連絡は行って、テナちゃんは一度家に戻ることになるだろうけど。

 ――でも、それがきっと一番良い。

 テナちゃんにかかっている妙な疑いが晴れることを願うばかりだ。すると、演習場の方が騒がしくなってきた。

「なんだ?」

 ケビンは立ち上がり、演習場の方を眺めた。俺の耳はかすかに草木を分けてこちらに向かってくる足音を捉えた。足音というより、獣が駆けてくる音だ。

「テナちゃん下がってて!!」

 俺はテナちゃんを庇うように前に出た。剣を握り締め周囲を見回す。ケビンも剣を引き抜き、周囲を警戒する。

「……犬?」

 ぽつりとケビンが呟いた。瞬間、俺の視界にもソレが映りこんだ。ソレは演習場の方からこちらに真っ直ぐ走ってきている。

「違う、狼だ!!」

 俺はテナちゃんが襲われていた時のことを思い出した。

「なんで狼がこんなとこに!?」

 ケビンは突進してくる狼に目を丸くしている。けれど、俺の耳は違う音も捉えていた。

「一匹じゃない。複数だ……まだあと五匹はいる」

 俺は視界の隅に一匹を捉えながら、まだ現れない五匹に気を配る。後ろにいるテナちゃんはひどく怯えている。本人は隠そうとしているようだが、体は小刻みに震えている。

「ケビン、そっちは頼んだ」

「おうよ」

 ケビンは剣を薙いだ。狼は臆することなく飛び上がった。するとその口から炎を吐き出した。

「げっ!!」

 ケビンは慌てて魔法陣を出現させた。炎は魔法陣に防がれる。けれど、狼の大口がケビンの目の前に迫っていた。

「ナメんなよ!!」

 ケビンは下から狼を切り上げた。今の一撃で死んだ――そう思った。しかし。

「なっ!?」

 狼は切られたのにも関わらず、しっかりと四本足で立っている。ケビンの剣は狼を切ったはずだ。

「化け狼かよ!!」

 見る見るうちにケビンに切られた傷が治っていく。俺の退治した狼たちとは明らかに違う。

「キッドさん前見て!!」

 するとテナちゃんのつんざくような声が飛んできた。俺ははっとして前を見た。

「ッ!!」

 いつの間にか俺の目の前にまで狼が三匹現れていた。俺に飛び掛ってきた三匹を切る。手ごたえはあった。

 ――でもあと二匹はどこだ!?

 そう思った瞬間、横の茂みから二匹が現れた。一直線にこちらに走ってくる。

「くそ!!」

 俺はすぐさま先に現れた三匹を蹴り飛ばした。出来るだけ遠くにいくようにと一発を重くする。そして俺の目の前に迫った二匹を切る。そして同じく蹴り飛ばす。けれど次々に起き上がっては俺に突進してくる。

「テナちゃん、今のうちに逃げて!!」

「で、でも……!!」

「いいから!! 早く医務室に戻ってセスナさんにこの事を伝えて!」

 テナちゃんが俺の剣幕に押されて立ち上がろうとしたとき、演習場の方から数人の騎士が現れた。

「四番隊の援軍だ!」

 ケビンが叫んだ。俺が安堵したのも束の間、狼たちは一旦攻撃の手を止めた。そして、高らかに鳴いた。遠吠えだ。

「なんだ、仲間を呼ぶつもりか……?」

 緊張が高まる。けれど、狼たちは遠吠えをした以外、何かをしようとする気配がない。

「こいつら一体何を……」

「あっ!!」

 俺は思わず声を上げていた。狼たちが一斉に庭の茂みに向かって走り出したのだ。

「ケビン、この事を隊長たちに報告しといて!! 俺は狼を追いかける!!」

「おいキッド深追いするな!!」

「もし市街地で事故があったら大変だ!! 街から出るのを確認したら、追跡は止める!!」

 そう言って俺は狼を追いかけた。ここは幸い高台だから狼がどこにいるかはすぐに分かる。俺は茂みを飛び越え走り出す。狼たちは茂みの中を走っている。そして庭から出ると、柵をすり抜け西に向かって坂を下り始めた。俺は狼たちが下りている岩肌の坂を、一つ上の舗装された坂を下りながら、彼らを目で追う。

 狼たちはそのまま坂を下り終えると、街の裏通りを走りながら街の外れに向かって走っていく。

 ――このまま行くと……街道か。

 俺も坂を下り終え、今度は民家の屋根に飛び上がった。裏通りは複雑だ。屋根から監視するほうが見失いにくい。狼たちは相変わらず裏通りを走っている。そして茂みの中に紛れて、そのまま街道の林の中に消えていった。俺はしばらくそれをじっと見つめた。狼たちはぐんぐんと街道を森の方へと走っていく。魔物が現れた北西の森にも通じる街道だが、狼たちはそこから北ではなくそのまま西に向かっている。

 ――……街に被害はなし。でも、あの狼たちは一体なんなんだ。

 俺は釈然としない気持ちを抱えたまま、その場でしばらく呆然としていた。モヤモヤとした不可解なわだかまりだけが、俺の心を締め付けた。

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