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●1

 俺は目の下に隈が薄っすらと出来てるのを、鏡の前でボサボサの髪の毛を触りながら確認した。寝起きで、元々癖毛なのがさらにひどくなっている。俺は顔を洗いながら、昨日の夜のことを思い出す。

 昨日の夜の巡回は久々につらかった。夕方、森に魔物が出現したせいもあって、普段より巡回は厳しいものとなり、なおかつ九番隊が魔物の対処に手間取っていたこともあり、増援でバタバタしていた。

 ――北西の方向ってだけでも妙なのに、魔物が五体も現れるなんて……なにか引っかかるな。

 魔物は普段ならば単体で出現する。複数固体で現れるのは稀なケースだ。ただ幸いだったのはその魔物たちが下級クラスの魔物だったことだろうか。

 魔物は基本的には知能、血統、能力にあわせて種族ごとに下級、中級、上級、貴族といった四つのクラスに分けられる。下級の代表的種族はアルファと呼ばれ、知能も戦闘能力も低いが、稀に言葉を話せる固体も存在している。昨晩森に現れたのはこのアルファだった。

 ――でも、上級や貴族クラスじゃなかっただけマシかな……。

 魔物はクラスが上がる毎に知能も戦闘能力も段違いになる。上級の魔物ともなれば被害は尋常ではなくなる。俺たち騎士団ですら上級相手には複数人で相手をするように"御触れ"が出ている。しかし、それよりさらに危険なのが貴族クラスの魔物だ。貴族クラスはデルタと呼ばれる人型を模すことができる種族と、霊獣といわれる特別な獣の二つがいる。固体数も下級、中級、上級に比べて多くはないが、とにかく能力値が桁外れだ。

 ――ここ最近、世の中も乱れてる……。

 世界の均衡はほころびはじめ、各国はそれぞれ動きを見せている。魔物の出現でさえ、今は火種となりかねない。実際、二十年のナルダンとブラドワールの戦争の最初のきっかけは魔物だった。

 ――……二十五年前の、エドラスト海峡事件……か。

 俺は騎士団服に袖を通しながら、まだ明けきらない空を見た。

 二十五年前、俺もまだ生まれていない昔。ナルダンとブラドワールの国境付近にあるエドラストという海峡で、魔物による大量虐殺事件が起きた。船で旅行していた人間が魔物に襲撃され、全員死亡した残虐かつ残酷な事件だったそうだ。

 そしてその事件を引き起こしたのがブラドワールではないかと、各国は疑った。ブラドワールは長い歴史の中で、他の国から孤立していた。けれど技術力と生産力は高く、軍事国家として成長を続けていた。しかもかの国は、少数ではあるが貴族クラスの魔物の受け入れも行っていた。魔物の多くは、マヨクワードゥという島に隔離されていることに不満を持っている。だからこそ、ナルダンに頻繁に出現するのだ。ただ貴族クラスだけは非常に高い知能をもつため、正式な手続きを行えば渡航できる。とはいえ、彼ら貴族クラスには監視装置がついている。

 とにかく、魔物の被害を受けているナルダンにとって、エドラストでおきた殺戮事件は大きなきっかけだったのだ。

 また当時ブラドワールはナルダンと国境問題で揉めてあり、ブラドワール国軍が国境警備に当たっていたナルダン騎士団を攻撃した事が戦争の直接的原因だったらしい。

 ――……戦争、か。

 もしテナちゃんのことがきっかけで――。そこまで考えて、俺は慌てて思考を止めた。これは想像してはいけない。

 ――よし、少し外を走ってこよう。

 ようやく空が白み始め、ケビンの寝顔を横目で見て俺は寮の部屋から静かに出た。

 ――この時間じゃまだ少し肌寒い、かな。

 高台にあるこの場所からは街全体がよく見える。爽やかな風が吹きぬけ、上り始めた太陽の光が、優しく街を照らしていく。鶏の鳴き声が聞こえた。

 俺は宿舎から橋を渡って演習場の方へ足を向ける。演習場の更に奥には我らが王の居城が見える。城の塔にはナルダン国旗がはためいており、朝日にきらめいている。

 それから俺は演習場の中で素振りをしたり、走ったり、とにかく無心で体を動かした。

 しばらくすると朝礼の鐘が響いた。俺は汗を拭いながら片付けを済ませると、大急ぎで広場へと走った。もうすでにほとんどの隊員たちが集まっている。俺は急いで列に加わった。

「点呼!!」

 隊長の号令とともに1、2、3、と点呼が始まる。点呼が終わると、副隊長が前に出てくる。

「まず今日の予定についてだ。昨晩の魔物については九番隊処理となった。その関係で、三番隊は通常の予定を変更し、今日は一日街の巡回及び森周辺の調査だ」

 これは骨が折れそうだ。

「では各自、それぞれ朝の柔軟開始!!」

「はいっ!!」

 俺はきょろきょろとケビンを探した。すると「キッドこっちだ!」と前方からケビンの声が聞こえた。

「お前、今日早かったな」

「まぁね。なんだか目が覚めちゃってさ」

 そう言いつつ俺はケビンの背中を押し、柔軟を手伝う。

「それにしても、昨日はなんか色々と慌しかったな」

「そうだね」

 柔軟を交代でやりあい、最後に俺たちは木刀を手にする。柔軟のあとはその相手と刀を交えるまでが朝の“柔軟”だ。

「いくぞ」

「うん」

 突っ込んできたケビンの剣を受け止め、俺も一撃を上段から叩き込む。ケビンはそれをかわすと、下段から切り上げてきた。俺はそれを受け止めるふりをして受け流す。そしてケビンの背中に一発入れようとしたが、間一髪で受け止められてしまった。

「あれ、前より反応よくなってるね、ケビン!」

「もうその手は食わねぇよキッド!!」

 ケビンは腕に力を込めて、パワーで俺の剣を押し始めた。剣を受け止めたままじりじりと俺は後退していく。

「ッ!」

 ケビンの力で俺の剣が弾かれた。一瞬俺の手から剣の柄が離れる。そこにケビンが剣を振り下ろした。俺は地面を強く蹴った。

「!!」

 ケビンの剣は空を切る。しかし地面には俺の木刀が転がっている。

「あーくっそ、一撃キメたかったな」

 ケビンは本当に残念そうに肩を落とした。俺は苦笑を浮かべる。

「でも今日は君の勝ちだ。なんか更に馬鹿力になってない?」

「まぁ、少し体重も増やしたしトレーニングもしてきたからな」

「ケビンがこれ以上重量タイプになったら、俺勝てないかも」

「まぁ勝負には俺が勝つかもな。でも、お前には"脚"があるじゃねぇか」

「"脚"はあるけど、騎士なんだから剣で戦うのが信条みたいなもんじゃないか。俺の脚力は剣術の支えの一つに過ぎないよ」

「ふーん。ま、なんにせよお前の速さは騎士団一だけどな」

 あっけらかんとケビンは笑った。なんだかそののん気さに肩の力が抜けた。

 "柔軟"も終わり、これから朝食の時間だ。いい加減お腹がすいてきた。すると俺とケビンは副隊長に呼び止められた。

「キッド、ケビン。お前ら二人は巡回のあと、俺と一緒に昼に隊から離れて例の少女の事情聴取に参加しろ」

「え、キッドは分かるんですけど、なんで俺まで?」

「万が一に備えてだ。お前ならキッドとも連携が取りやすいだろ」

「はぁ、そうっすか。……ま、あの子かわいかったからいいっすけど!」

「ケビン……」

 俺がたしなめるように名前を呼ぶと、ケビンは困ったように眉を下げて笑った。

「でも副隊長、事情聴取は監察方の仕事ですよね?」

「あぁ、そうだ。事情聴取をするのは監察方だが、まぁ、俺たちは見張りみたいなもんだよ」

「そう、ですか……」

 連絡は以上だ、と副隊長に言われて俺とケビンは食堂に向かう。ちんたら食事をしている時間はない。朝食の時間も隊ごとに微妙にズラしてあるが、それでも複数隊がかち合うと食堂が狭く感じる。

 俺たちはさっさと食事を腹に詰め込むと、すぐさままた広場に集まる。ここから隊をいくつかのグループに分けて市内を巡回していく。俺とケビンは副隊長と同じグループで、昨晩魔物が出現した森周辺を巡回することになった。

 近隣住民によると、昨晩は森の動物たちが異常に静かだったらしい。鳥の鳴き声でさえ聞こえなかったという。俺たちはまだ魔物が潜んでいないか、念入りに巡回していく。しばらくして高台で森が一望できる所まで辿り着く。すると、森の中から突然水柱が突き上げた。

「なんだ!?」

 緊張がはしる。しかし水柱はすぐに消えてしまった。

「森の中央付近にある泉の辺りだったな」

「魔物でしょうか?」

「今の水柱だけでは判断のしようがないな。……キッド」

「はい」

「応戦しなくていい。様子だけ見てこい。もし魔物だったら煙弾を上げろ」

「分かりました」

 俺は駆け出した。風を受けて思い切り加速する。高台から先ほどの水柱の上がった方向に跳んだ。下は森。俺は一際大きな木を足場としてその幹を蹴った。回転しながら地面に着地する。と同時に一気に走り出す。神経を研ぎ澄ませば、わずかにだが水のせせらぎの音がする。

 ――他に音はなし、か。

 たしかに住民の話の通り、森が異常に静かだ。普段ならばもっと鳥のさえずりが聞こえてくる。

 ――……ん?

 せせらぎ以外に、わずかにだが泉で水が弾む音が聞こえてきた。

 ――やっぱり、何か泉にいる……?

 俺は木の陰に隠れ、そっと泉の様子を窺う。小さな滝から水が流れ落ちており、少し窪んだ場所に泉が出来上がっている。いつもどおりの、はずだった。

「!!」

 そこには、“人”がいた。

 ――いや、あれは人間じゃない。あれは、あれは……!!

 俺は体が震えるのを感じた。人の姿をしているが、その頭には鋭い角が一本生えている。腕は肘から下は毛皮に覆われており、両の手には鋭い爪がある。均整の取れた筋肉に覆われた四肢だが、その体には不気味なほどの魔力が内包されていた。

 ――なんで貴族クラスの魔物がここにいるんだ……!?

 最悪だ。下級クラスな俺一人でもすぐに応戦した。けれど、貴族クラスだ。

 ――煙弾を上げるにしても、少し距離を離さないと危険だ……。

 俺は静かにその場を離れた。そして筒を上に向けて魔力を込める。小さな爆発とともに紫と赤の煙が立ち上る。

 ――……さて、どうしようかな。

 おそらく今の煙弾で俺の存在に気づかれた。赤の煙で相手が貴族クラスなのは伝えた、が問題はここからだ。

 ――近づいてきている。魔物が、近づいてきている。

 ザクザクと地面を踏みしめる音が、静かな森の中で一際目立っている。次の瞬間、俺の背の木から鳥たちが一斉に羽ばたいた。

「まさかこんな朝に人間に会えるなんてなぁ」

「……どうも」

 燃えるような真っ赤な髪の毛の間から、不気味な八重歯――否、牙が覗いている。先ほどは水の中にいたせいで分からなかったが、脚が四本ある。馬のような下半身だ。

「なんだ兄ちゃん、一人かよ」

「あなたこそお一人ですか?」

「ん、まぁ昨日までは俺含め六人だったんだがなぁ。……他のやつらはちょっと目を離した隙に、どうやら強制送還されちまったらしい」

「へぇ。……それで、俺に何か用でしょうか?」

「いや、別段俺は兄ちゃんに用事はねぇ……けど、兄ちゃんは俺に何かあんだろ?」

 目の前の魔物は不敵に笑った。けれどその瞳は獲物を狙う獣のようにギラギラとした光を放ってる。

「貴族クラスの魔物であれば、許可証を見せて下さい。許可証がないなら……」

 俺は剣を抜く。

「他の五人と同じように、強制送還します」

「そうかい。あいにく、俺は許可証は持ってないんでね。だが強制送還はされたくねぇ」

 魔物は魔力を集約させていく。

「でもよ兄ちゃん、あんたさっき仲間呼んだろ。ダメだぜ、そんな野暮なことしちゃあ」

「それが仕事ですから」

「はっ、そうかい。俺は逃げるのは好きじゃないんでな。……悪いが、兄ちゃんには死んでもらうぜ」

 次の瞬間、無数の水の槍が飛んできた。俺は間一髪でそれをかわすと、剣で切り倒していく。

「いくつまで防げるかな!?」

 俺は走りながら槍を切る。辺りは水浸しだ。どうにかして間合いに入りたいが、迂闊に近づけばやられる。槍は四方八方から飛んでくる。

「いいねぇいいねぇ!! 防ぐじゃないか!!」

「くそっ!!」

 防戦一方だ。槍の一本一本の速度も水の密度も上がってきている。数が多いのがとにかく厄介だ。

 ――魔法を出す隙さえない……!!

 俺は魔法がうまい方じゃないから、発動するのに少しの“溜め”が必要なのに、相手はその隙を与えてくれない。

 ――迂闊に隠れれば、逆に追い込まれるし……。

 仕方ない。俺は更に加速した。

「お?」

 相手が加速するなら俺も加速するだけだ。

 俺は魔物の周囲を走りながら、右後ろから切り込んだ。しかし、俺の刃は魔物に届かなかった。地面から出現した鎖が俺の剣と脚を捕らえていた。

「残念だったな」

 俺は上空に放り出される。

 ――しまった……!!

 俺の周りを、槍が囲っている。しかも水だけじゃない。炎、雷、光の三つも加わっている。数も倍はある。

「これで終いだな」

 真下にいる魔物が笑う。一斉に槍が放たれた。

 ――……ッ!!

 俺は反射的に全魔力を脚に集中させた。そして空中を蹴る。

「つッ!!」

 槍が腕をかすった。しかしなんとか串刺しは回避できた。俺は魔力を集めた脚で空気を蹴る。そして方向転換し、真下にいる魔物に切りかかった。

「無駄だぜ」

 魔物は身動き一つとらず、俺の目の前に魔法陣を出現させた。

「くそっ!!」

 俺の剣が魔法陣にぶつかって弾かれる。俺は後ろに下がった。

「剣だけじゃ俺は倒せないぜ?」

 魔物は挑発するようににやりと口角を上げる。俺は魔力を剣の切っ先に移動させていく。

「ふぅー……」

 息を吐き出し、神経を目の前に敵に集中させる。一瞬で間合いを詰めるしかない。最大加速だ。

「ん?」

 俺は魔物めがけて一直線に走り出す。槍をかわし、魔物の足元に飛び込む。魔物は馬の脚で俺を蹴ろうとする。俺はそれをかわし、後ろに回りこむ。

 ――もっと、もっともっともっともっともっと速く速く速く速く速く!!!!!!!!

 前後左右に動き回る。飛んでくる槍はもう気にならなくなった。

「すばしっこいやつだな!!」

 魔物の爪が俺を捉えた。俺は下段からその手を切り上げた。

「ッ!?」

 魔物の指の隙間から血が滴る。一瞬相手がひるんだ。俺は剣の柄で魔物の首を狙った。しかし、魔物はすぐに俺の剣を爪で抑えた。

「ハァアァァッ!!」

 俺は右足で魔物の顔面を蹴り飛ばした。

「ガッアアァアァァアア!!!?」

 魔物は数メートル後方に倒れた。俺は召還鏡を取り出す。

「魔と呼ばれし存在を、今あるべき場所に――」

「強制送還はさせねぇっつってんだろうが!!」

「ッ!?」

 今俺が立っていた場所には巨大な氷柱が突き刺さっていた。

 ――避けなきゃ、今のは死んでたな……。

 俺は再び剣を構える。魔物の瞳は真紅に染まっていた。尋常ではない魔力が魔物の腕に集まっている。

 ――まずい……!!

「もう遊ぶのはしめぇだ!! 兄ちゃん、さっさと死ね!!」

 周囲が冷気に包まれる。氷柱が俺を取り囲んだ。

「アイシクル=ストーム」

 魔物の静かな声が響く。氷柱が不規則な動きで俺に向かって落ちてくる。剣で切れない。弾いて軌道を変えるのが精一杯だ。

 ――本気でやばいな……!!

 さっきの加速で少し脚に疲れがきている。本来ならあれで魔物を強制送還するつもりだった。

 ――貴族クラスの魔物は、想像以上に手ごわいな。

 走りながら氷柱を弾き返していたが、もうそれも限界だった。

「なっ!?」

 すると、地面からまた鎖が出現した。両足首を巻き取られ、身動きがとれなくなった。

 ――しまった……!!

「死にな」

 魔物の声とともに、一斉に氷柱が俺目掛けて飛んできた。剣でなんとか、そう思ったが、肝心の剣でさえもいつの間にか鎖で封じ込められている。

 ――くそ!!!!

 俺は空いている右手で鎖を引っ張った。しかし、鎖は意思を持っているかのように外れない。

 氷柱が刺さる。そう覚悟した瞬間だった。

「サンダー=ストーム」

 まばゆい光の斬撃が氷柱を全て破壊した。氷塊はただの粒となって空中を舞う。

「!?」

 魔物は後ろを振り返った。

「副隊長!!」

「おう、待たせて悪かったなキッド」

 俺たちから百メートル以上は離れているところに、副隊長は立っていた。

 ――あんなところから斬撃を飛ばせるなんて……。

 俺は鎖で動けないままだが、間抜けにも口をぽかんと開けて副隊長を見つめてしまった。やはりあの人は凄い。

「俺の部下が世話になったようだな。……代わりといっちゃなんだが、俺が相手してやるよ」

「人間風情が、図に乗るんじゃぁねーぜ!!」

 今度は副隊長を氷柱が襲う。しかし副隊長は微動だにしない。氷柱が迫る。

「副隊長ッ!!」

 耐え切れずに叫んだのは俺だった。副隊長は自分のバスタードソードを両手で持ち直すと、周囲の氷柱に向けて刃を薙いだ。

 俺には切れなかった氷柱が、綺麗に真っ二つに切れていた。

「さて、どうする?」

「……おいおい、俺はこんなマジで戦うつもりはなかったんだけどよぉ」

「それはこっちの台詞だっつの。ったく、貴族クラスの魔物なんて出てくるんじゃねーよ」

 魔物は馬脚で地面を数回蹴り、副隊長は剣を構えなおす。俺にかけられた鎖の魔法は未だに解けない。

「兄ちゃんはそこで大人しくしてろよぉ。こっちの兄ちゃんのあとでぶっ殺してやるからよぉ」

「くそっ!!」

「おいおい、俺が殺されること前提かよ……」

 副隊長は溜め息を吐いて「そんな簡単にやられるかよ」と殺気をみなぎらせた。場の空気が豹変する。魔物も獲物を狙う獣のような顔つきになる。俺はなんとか鎖をはずそうともがくが、もがけばもがくほど鎖が強くなった。

「キッド、すぐに助けるからそこで大人しくしてろ」

「わかりました。でも副隊長!! 気をつけてください!!」

 いくら副隊長でも貴族クラスの魔物は危険だ。俺は額から汗がどっと流れているのを感じた。

 魔物は自分の周囲に再び氷柱を発生させていく。一つ一つは小さいけれど、とにかく数が多い。そして魔物は氷の槍を握った。副隊長はそれをみて一度剣を鞘に戻し、そして柄に手をかける。

 ――まさか……!?

 俺は生唾を飲んでいた。緊張感が辺りを包む。両者がにらみ合った。そして魔物が駆け出した――!!

 氷柱が副隊長を襲う。副隊長が剣を抜く。風が起こる。白刃が煌いた。氷柱は一瞬にしてただの粒になっていた。しかし魔物は副隊長の後ろに回りこんでいた。氷の槍が副隊長に向けて振り下ろされる。副隊長は身を翻し、剣で弾く。ついで魔物の突きの応酬。副隊長は剣で防ぎながら華麗に攻撃をかわしていく。

 ――速い……!!

 魔物の人外の速度に副隊長はついていっている。しかし、徐々に押され始めた。魔物は四方から水の槍を飛ばしてきた。副隊長は後方に避ける。

「ッ!?」

「副隊長!!」

 副隊長の足元に魔法陣が出現したと思ったら、鎖が出現していた。副隊長の左足が絡めとられた。

「これで終わりだ!!」

 魔物は槍を片手に走り出す。馬の脚でかけてくるその姿はまさに槍兵そのものだった。副隊長は冷静な表情でじっと魔物を見つめている。

「死ね!!」

 魔物が槍を振りかざした瞬間、魔物の足元から鎖が出現した。

「なに!?」

 鎖はしっかりと魔物の四本の脚を絡めとり、地面に縛り付ける。さらに上空から光の輪が飛来し、魔物の首を締め上げた。

「貴族クラスの魔物相手じゃ、さすがに俺たちの魔力じゃ敵わないからな」

 そう言って副隊長はいとも容易く鎖を剣で切った。

「ぐ、ぐあぁああぁぁああ……!!」

 光の輪が魔物の首をさらに締め上げていく。みるみるうちに魔物が弱っていく。

「おいヴィルヘルミーナ!! やりすぎだ!」

 副隊長が崖の方に向かって叫ぶ。すると上空からマントを羽織った人間が飛んできた。地面に着地する一瞬、わずかに停止し、ゆっくりと地面に足をつけた。

「うるさいわね、聞こえてるわよ」

 マントのフードをおろし、深緑の長髪が現れる。彼女はたしか召還士のヴィルヘルミーナさんだ。彼女は魔物に近づくと手をかざした。すると魔物の首の輪が消えた代わりに、魔物のいる地面に四つの魔法陣が現れた。

「くそがぁ……!!」

 魔物は二人のことを殺気の篭った目で睨みつけている。しかし、ヴィルヘルミーナさんはその目を見て舌打ちをした。

「あたしの仕事増やすなっての!!」

 あまつさえ思い切り魔物の顔をブーツで蹴った。ひ、ひどい……。さすがの俺も魔物に同情してしまう。隣にいる副隊長も怯えている。

「今からあんたはマヨクワードゥへ強制送還。そんでもって二度とこの土地へは足を踏み入れるな!!」

 ヴィルヘルミーナさんはそう言って魔法陣に魔力を込めた。ビリビリとした強い魔力に、風が巻き起こる。魔法陣が光を放ち、魔物の体が透けていく。

「かの地へ還りなさい」

 冷ややかな声とともに、魔物は魔法陣に飲み込まれて消えた。

「……」

 俺も副隊長も言葉を発せない。しかしヴィルヘルミーナさんは「なにボサっとしてんのよ!」と副隊長の尻に蹴りを入れた。お、恐ろしい……!!

 副隊長は尻をさすりながら、俺の方にやってきた。

「悪かったなキッド、まさか貴族クラスの魔物だったとは……」

 そう言いながら副隊長は俺の鎖を切っていく。俺はようやく体を動かせた。

「それより副隊長、あの人は……」

 俺がちらりとヴィルヘルミーナさんに視線を送ると、彼女はぱっと目を輝かせてこちらにやってきた。俺は思わず体が縮んでしまう。

「あんたがキッドね! へぇ、噂通り可愛い顔!! あたしヴィルヘルミーナって言うの。気軽にヴィーナさんって呼んでね」

「……気軽なのにさん付けかよ」

「クラウディーにはなにも言ってないんだけど」

「いてっ!!」

 俺は二人のやり取りに呆気に取られて言葉が出てこなかった。するとヴィーナさんが笑った。

「あ、こいつとは腐れ縁なの。だから気にしないで。それよりキッド、あんた近くで見ると本当にイイ男ね」

「え、あ、あはは、そんなことないですよ。ヴィーナさんこそお綺麗ですね」

「はぁ、やっぱりあんたって心得てんのね。クラウディーとは大違い」

「へーへー、デリカシーのない男で悪かったな」

 副隊長は大して興味なさそうに相槌を打つと、笛を吹いた。隊員の集合用の笛だ。

「ほら、ヴィルヘルミーナもさっさと隊に戻れよ」

「あら、せっかく助けてあげたのに失礼しちゃうわね。……まぁいいわ」

 じゃあまたねキッド、と言ってヴィーナさんは魔法を使って崖の上に消えていった。俺はヴィーナさんの力強さに完全に置いてけぼりを食らっている。

「ま、詳しいことは戻りながら説明してやるよ」

 副隊長にそういわれ、俺はなんとか頷いた。一体全体、なんなんだ……。


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