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●2

 あれから俺は、隊長と副隊長に連れられて会議室にいた。すでに騎士団十隊全ての、隊長と副隊長がそろっている。俺は居心地が悪くて仕方ない。周りからの視線で殺されそうだ。


 議事が次々に進んでいき、俺はぼんやりとその話を聞き流していく。時々向けられる視線が痛いレベルではないのも重要だ。


 暫くすると、ようやく議事がテナちゃんのことになった。さすがに隊長たちも、今回のことには困惑しているらしい。テナちゃんを見つけたのは、ナルダンとブラドワールの国境付近の森。俺たちが住むナルダン王国の隣国、ブラドワール。ナルダンとブラドワールは、古くから何かと争いが絶えない。


 二十年ほど前にも、戦争があった。その戦争は両国とも降伏することなく、他国の仲裁によって終わった。ただ、戦争の講和条約はつい先日まで、調印されていなかったのも事実で。二十年近くも講和条約が結ばれずに、よく戦争が再開されなかったなぁ、と俺は思う。


 話を戻すけど、つい先日の調印で、ブラドワールはロレーダという地域をナルダンに割譲することになった。テナちゃんがいた森というのは、そのロレーダに非常に近い場所なのだ。だから、彼女が何者なのか。どうしてあの場所にいたのか。そういったことが重要視されてしまう。


 それと、もう一つ、大事なことがある。

 俺はテナちゃんとの経緯を説明している副隊長の背中を、ぼんやりと眺めた。特に俺への質問はないらしく、隊長たちはそれぞれ今後の対応について話している。

 結局のところ、彼女自身に事情を聞かなければ何も始まらない。会議は、そんな結論で無事に終わった。



 ――俺、必要でした?


 そんな事、口が滑っても言えるわけなかった。そして会議が終わると、猛烈な疲労感と肩こりを感じた。そんな事をぽつりと副隊長に漏らせば「そんな事言ってっとすぐに老けるぜ」と笑われてしまったけど。

 会議が終わって、俺はもう一度テナちゃんのところに行こうと、医務室へ足を向けた。

 もう空は、茜色に染まり始めている。すると、少し遠くの方から足音が聞こえてきた。このドタドタとした歩き方は、恐らく。

 そう思っていたら、後ろから「おーい、キッド!!」とデカい声で名前を呼ばれた。



「なんだよ、ケビン。そんな叫ばなくても聞こえるってば」

「わりぃわりぃ。お前、これから医務室行くんだろ?」

「そうだけど」



「俺も一緒に行くぜ。気になってたんだよな〜。だってお前が助けた女の子だもんな〜」

 お前、という部分をやたら強調されて俺はなんだかちょっとムッときた。


「なんだよ、俺が人助けなんて柄じゃないってか?」

「ちっげぇよ! そうじゃなくってさ〜。だってお前、ぜんっぜん女に興味ねぇ! って感じじゃんか」

「…………」

「おいなんだよその白けた目は!!」

「いや、べつに」


 こうやって少しからかうとケビンは俺の顔を窺ってアタフタし始めるから面白い。俺も意地が悪くなったなぁ、と思っていると、ふいに誰かの話し声が聞こえてきた。ヒソヒソとした小さな声のせいか、よくは聞こえないけれど。それでも、単語単語を拾っていけば話の内容がテナちゃんに関わることだと分かる。


「おい、キッド?」

「しっ。ちょっと静かにしてて」


 俺は神経を研ぎ澄ませた。


「……いくら女だからって、ロレーダ近辺にいたんだ。きっとそれなりの尋問だろうよ」

「でも噂だとすっげぇ可愛いらしいぜ。勿体無いよなぁ」


 俺はそこで会話が途切れたことに胸を撫で下ろした。取るに足らない雑談だ。気にしても仕方ない。むしろテナちゃんを見たことがない三番隊以外の人間からすれば、当然の反応だろう。


「……なぁ、ケビン。お前、その……」

「な、なんだよ急にドモり始めて! どうしたんだよ」

「俺が助けた子、やっぱ可愛いと思うか……?」

「……ハ?」

「いや、だから。他の隊員の人たちも言っているんだ。噂、だけど……可愛いって」

「あぁ、確かに噂流れてるもんなー。でも俺、お前が陣営に連れてきた時にちょろっと見ただけなんだぜ? そこまで顔も見てねーよ」

「そっか」


 俺が黙り込むと、「おいおい、なんかお前変じゃねー?」とニヤニヤされたので、とりあえずドロップキックをかましておいた。


「いってぇ! 何すんだよ!?」

「ドロップキック」

「そりゃ知ってる!! 違う、なんでだよって事だよ!!」

「ケビンだから?」

「疑問に疑問で返すなぁ!! てか、なんで俺ならドロップキックしていいって事になってんだよ!!」

「え?」

「なんで俺がオカシイみたいな目で見るんだよっ!?」



 ケビンをからかいながら暫く歩いていると、医務室の扉が見えてきた。俺は必死に笑いを収めながら、静かに扉を開ける。



「失礼します。セスナさん――」

「なんじゃ、お前さんたちか」

「おっす、セスナのじーさん」


 ケビンは物珍しそうに医務室の中をきょろきょろと見回している。そういえば確かケビンはあまりここに来た事がないと言っていた。セスナさんは机に向かって何かを書き込んでいる。


「あれ、女の子いなくね?」


 ケビンがもぬけの殻になっているベッドを指差す。俺は一番奥のベッドに視線を向けるけれど、そこにはテナちゃんの姿は無い。


「あの子なら隣の部屋で本を読んでおる。ほれ、この扉の奥じゃ」

「ベッドで安静にしてなくていいのかよ?」

「なぁに、気晴らしじゃ。ずっと寝ていても退屈じゃろうしのぉ」


 セスナさんは医務室の奥にある扉を顎でしゃくると、再び手を動かし始めた。


「そういえばキッド、お前さん、会議に出たらしいが、どうじゃった?」

「……テナちゃんについては、話を聞いてから今後の方針を決めていく、という事になりました」

「そうか。確かに、簡単には帰せぬ状況じゃな」


 セスナさんは特に驚いた様子もなく、作業をする手はよどみない。俺はケビンと共に奥の部屋へと続く扉を開けた。


「失礼するよ」


 俺が声をかけると、テナちゃんは静かに本を閉じた。俺たちの話し声が聞こえていたのか、さほど驚きはないらしい。


「調子はどう?」

「……大丈夫、です」


 テナちゃんは下を向いたままそう返すと、ちらりと俺を見上げてきた。


「あの、私……」

「あ、ちょっと待って。俺からも話があるんだけど……」


 そう切り出せば、テナちゃんは困惑した目で俯いていた顔を上げた。隣でケビンが小さい声で「可愛い」と呟いていたけれど、今回は目を瞑っていよう。

 俺とケビンは向かい側のソファに座り、真っ直ぐにテナちゃんを見つめた。


「実は今日の会議で、君を帰宅させるかどうかは保留、という事になったんだ」

「……そう、ですか」

「君がいた場所はロレーダ近隣の森だ。……俺としては不本意だけど、君に事情聴取をしなくちゃならない」


 事情聴取、だなんてそんな事、俺はしたくないし、彼女にそんな尋問のような思いはして欲しくない。本当に僅かにだけど、テナちゃんも顔も心なしか暗くなっている。


「聴取は君の体調を考慮して、二日おきにちょっとずつやっていく予定だから。何かあればセスナさんにすぐに言ってくれたら、騎士団側としても考慮しよう。本当に、君からしたら訳が分からない事だと思うけど……本当の事を話してくれれば、すぐに家に帰せるから」



 どうにかテナちゃんを怖がらせないように説明をしようとするけれど、段々と支離滅裂になってきている気がする。隣にいるケビンはなんだかフワフワした雰囲気でテナちゃんの事を見ているし。

 テナちゃんはぎゅっと拳を握り締めて、また俯いてしまっている。俺はどうしたものかと、何とかテナちゃんを安心させようと言葉を探す。するとテナちゃんが、か細く消え入りそうな声で「家には、帰りたくありません」と零した。


 彼女は、ひどく何かに怯えているような目をしている。狼に追われていた事にも繋がるかもしれないそれは、確かに気になる。けど、今ここですぐに話しを聞くのはきっと無理だろう。

 俺はゆっくりと息を吸い込む。


「……分かった。今後どうしたいかは、君の気持ちが落ち着いてからでいいよ」

「おいキッド!?」


 そこでようやくケビンが現実に帰ってきた。ケビンは目を見開いて信じられないとでも言うような目で俺を見ている。


「こんな事言いたくないけどよ……この子がどうしたいかなんて、俺たちは――」

「もちろん、事情聴取は受けてもらうよ」


 俺はテナちゃんに視線を戻す。


「これだけ、教えてくれないかな。テナちゃんがあの場所にいたのは、どうして?」


 彼女はきゅっと下唇を噛み、握っていた拳を更に強く握った。何かを迷っているのか、口を開こうとしては閉じてを繰り返している。暫しの逡巡の後、テナちゃんはゆっくりを息を吐き出した。


「……理由は言えませんが、どうしても、家を出たかったんです。それで、あの森を通って、狼に追いかけられました」

「そっか。……話してくれて、ありがとう」


 俺はそう言ってケビンを腕を引っ張って立ち上がる。テナちゃんはあっさりと引き下がった俺に驚いているらしい。目を丸くしている。


「今日はもう疲れただろうから、また明日。一応、事情聴取は昼過ぎからの予定だから、その前にまた来るよ」


 俺はそう言ってケビンを引っ張って部屋を出た。


「おいおいキッド。いいのか? あんな事言っちまって」

「うん、いいんだ。それに俺達は騎士だよ? 女性に優しくするのは当たり前じゃないか」

「まー、そりゃそうだけどよー……」


 んー、とケビンは顎に手を当てた。


「……仕方ねぇか。なるようにしかならねーだろうし」

「……ケビン」


 不覚にも、ケビンの言葉に後押しされたような感じがした。でもケビンは爽やか笑顔から一変、そりゃもうどうしようもないぐらいの下品な顔になった。


「それにしても、ほんと可愛かったな!! なんつーかこう、小動物って感じでよー。しかもあれ結構なボイ――」

「言わせねーよ!!」

「ふべぇっ!!!?」


 反射的にドロップキック。

 こいつが何を言おうとしたか、俺も男だから分かる。分かるけど、ここで言わせるわけには行かない!!


「いってぇ!! キッドてめぇ痛いだろうが!!」

「でもさっきのは騎士が職務時間中に言う言葉じゃないだろう!?」

「ちょっとぐらいいいだろ!? 普段女……ましてやあんな可愛い子といるなんて滅多にないことなんだからよぉ!!」

「うっ!!」


 確かにそこを言われると何も返せない。俺も昼間に副隊長と似たような会話をしたばかりだし。


「ったく、キッドも役得なんだか分かんねー奴だなぁ。もったいねぇ。もーちょい違う出会いだったら、イイ感じになったかもしれねーのに」

「ちょ、まだ始まってもいないのに勝手に終わらせないで欲しいんだけど!! あとケビンに勝手に始められたのもなんか釈然としない!!」

「え、お前それ後半単なる悪口じゃねーか!!」

「ケビンが下世話な話するからだ!」


 ちょっと語気を強めると、ケビンは罰が悪そうに顔を逸らして「わ、悪かったよー……」と言った。

 とにもかくにも、色々と問題は山積みだ。明日からの事を考えると頭が痛い。


「あ、てかキッド。俺ら今日巡察じゃなかったか?」

「え?」


 ケビンに言われ、記憶を辿る。

 確か朝礼では訓練の後は、今日の夜の巡察は三番隊だと……。


「ケビン、今何時だった!?」

「医務室出た時は確かー……17時20分ちょいぐらいだったかな」


 こういうときほど、時計がありがたいと思う事はない。

 騎士団の夜の巡察は21時からだ。ただし、夕食は18時からと決まっている。食堂はもうある種の戦場な為、少しでも遅れると色々大変だ。

 ほっと胸を撫で下ろしていると、向こうから鍛練を終えたばかりと思われる先輩方を見つけた。


「お、キッドにケビンじゃねーか。どうしたんだよ、ボケッと突っ立って」

「あ、実は――」


 事の顛末を先輩方に話せば、先輩方は「おっ!! やったな!!」なんて呑気に笑い合っている。


「あの子、可愛かったもんなぁ。お前、これをきっかけに頑張れよ」

「…………ハ?」


 いやいやいや。


「ちょ、先輩方一体何を言って――」

「こんな男所帯だ。機会逃すと後が辛いぞ」


 いやだから何をおっしゃってるんですか。

 俺が口を開けてポカンとしていると、隣でケビンが大笑いをはじめた。


「先輩方、ダメっすよ〜。こいつ鈍過ぎるし。俺がさっきその手の話したら怒ったぐらいなんですから」


 ニヤニヤしながらケビンが先輩方に告げ口している。

 クッソこいつ後で三連ドロップキックかましてやるからな。先輩方も「まぁキッドだからなぁ」って、なんですかその謎の納得!!


「もう、止めてくださいよ。それに現実問題、そんな甘くないって先輩方がよくご存知でしょう……」


 俺が溜め息をつくと、先輩方はまたも「まぁ、なぁ」と苦笑いを零す。


「ま、これからなんだろ? 具体的に彼女の取り扱いが決まるのは?」

「えぇ、まぁ」


 歯切れ悪く答えるしかできなかったけど、先輩方は俺の肩をぽんと叩いた。


「ま、気楽にな。お偉方の威圧は凄いだろうけどよ」

「あはははは……」


 流石にそれは洒落にならない。ちょっとした死刑宣告みたいなもんだ。


「まぁ、どうせ何も無いだろ。セスナのじーさん曰く、魔力がほぼ無いらしいしよ」

「え、そうなんですか?」

「なんだ、聞いてなかったのか。さっきじーさんが言ってたぜ」

「……知りませんでした」


 まさかそんな情報がもう出回っていたなんて。それにセスナさんもさっき会った時に言ってくれても良かったのに。どうやらケビンも同じ事を思ったらしい。眉間に皺を寄せて肩を竦めている。


「人間魔力が全てじゃないけどよ、よっほどの“達人”でもなけりゃ騎士団で騒動起こすなんてありえねぇよな」

「そう、ですね。それに彼女の第一印象的に、まず暴力沙汰は無いと思います」


 あんなか弱い少女に、騎士団の男連中と戦う力はどこにもない、と思う。


「ま、何にせよ珍事だな。さぁそろそろ飯の時間だな!!」


 腹減ったなー、と先輩方は食堂の方に歩いていく。俺とケビンもそれに続く。

 食堂に着くと、もうそこは人の海と化していた。一応その日の夜の巡察の予定に合わせて、夕食の時間も隊ごとに微妙に違うのだが、やはり食う量と人数が半端ではない。


「二番隊と九番隊が飯食ってんのか」


 見知った顔を見つけながら、俺達は食堂の中へと入っていく。食堂の壁にある大時計を見れば、あと5分もすれば三番隊の食事時間になる。

 すると突然、食堂に取り付けられているベルがけたたましく鳴り出した。


「地区ナンバー203に魔物出現。九番隊員は至急戦闘体勢を整え、一八○五に正面口に集合せよ。もう一度繰り返す――」

「魔物か……けど、地区ナンバー203って珍しくねーか?」

「そうだね。203って言ったらこの首都ルゾーの北西の森だ。東方面ならまだしも、西ってのは珍しいね」


 ここナルダン王国は、魔物たちの国“マヨクワードゥ”から非常に近い場所にある。そのため頻繁に魔物が不法入国してくるのだが、西に出現することなど日常では中々起こらない。彼らの国マヨクワードゥは海を挟んでナルダンの東南に位置しており、単純に考えれば彼らが侵入できるのは東か南の海岸しかないからだ。



「ま、九番隊の人達も可哀相だよな。二日前に国境警備から戻ってきたってのによ」

「仕事だからね……」


 ナルダン騎士団は全十隊で構成されており、六番隊から十番隊は主に魔物の対処と海岸側の国境の警備が仕事だ。

 だから交代で首都と国境の町を行ったり来たりと慌ただしい。


「そんなワケで俺らは飯だ飯だ」

「ケビンってば……はぁ」


 俺は呆れながらもケビンに連れだってカウンターに足を向けた。

 ――まさかこれから、あんな大惨事が起きるなんて知らずに。


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