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 狼襲撃から三日。

 あの日は午前には貴族クラスの魔物の出現もあったため、狼との関連も含め騎士団上層部だけでなくナルダン王国の首脳陣の会合まで開かれたらしい。

 昨日のテナちゃんの事情聴取も、どこか異様な雰囲気だった。

 監察官側は三日前の事情聴取で得たテナちゃんの情報から、テナちゃんの父であるモンタルド博士についてすでに調べている。

 モンタルド博士は魔法薬についての研究をしているブラドワールの科学者で、ブラドワールの中でも有数の王立大学の卒業生。妻は十五年前に他界している。現在はロレーダにある研究所で研究員の一人として魔法薬の開発を行っているとのことだった。

 これで、テナちゃんの証言に嘘がないことが証明された。

 しかし、テナちゃんが狼やあの魔物と無関係かどうかの証明は、未だ為されていない。

 俺は食堂への廊下を歩きながら、昨日の事情聴取――否、査問会を思い出す。

「さて、先日城内に狼が侵入してきましたね。幸い、怪我人もなく、街の人々への被害もありません。しかし、なぜ狼は目移りもせず、あなたのところへやってきたのでしょうか?」

 監察官の言葉に、テナちゃんは顔色一つ変えなかった。

「私にもわかりません」

「聞くところによれば、その狼は普通の狼ではなかったようですね。うちの団員に斬られても再生したとか。これはどう考えても意図的にあなたを狙っているとしか思えない」

「そう言われても……私にもわかりません」

「では、話を変えましょう。……昨日、ブラドワール騎士団から捜査協力の要請が来ました。モンタルド博士の一人娘、テレンツィエナが行方不明。ロレーダからナルダン国内に入った可能性があるため、発見次第、ブラドワールに送還せよ、とね」

「……そう、ですか」

「しかし、我々としてもあなたをこのまま帰すわけにもいきません。あなたが狼と無関係である、あるいは何か事情があって狙われている、どちらにせよ、関係性を明らかにするまでは」

 監察官の言っていることは正しい。ナルダン王国としても、この不安定な情勢の中では、出来るだけ不安分子は排除しておきたいのが本音だろう。

 結局、事態が解明するまでテナちゃんの身柄は騎士団預かりとなった。いつまでも医務室にいるわけにもいかず、彼女は召喚士の女子宿舎に身を寄せることになった。とはいえ、テナちゃんの存在は公にするわけにも行かない。そこで名を挙げたのが、なんとヴィルヘルミーナさんことヴィーナさんだった。彼女は二人部屋らしいのだが、運よく相方がいないらしい。なぜ、と思ったがその辺りの事情は詳しく聞かない方がいいらしく、とにかく副隊長とも縁のあるヴィーナさんからのありがたい申し出を受けることにした。

 そして更に。

 俺は少し重い気持ちで食堂に足を踏み入れた。昼の食堂は夜以上に地獄だ。大の男が大人数で飯をカッ喰らっているのだ。しかも腹ペコの野獣状態なのだから。かくいう俺もその一人なのだが。

 そして食堂のカウンターには。

「いらっしゃいませ! ご注文をどうぞ!」

「おーおー、張り切ってるじゃないか」

「ケビン……」

 そう、今、俺たちの視線の先、食堂のカウンターには、エプロン姿の……テナちゃんがいる。

「エプロンも似合ってるし、こりゃ食堂が一気に華やいだなぁ」

 ケビンの戯言もバカに出来ない今の状況に、俺は溜め息が出そうだった。

 若い女の子というだけで騎士団のアホどもはウハウハだ。それが、しかも、小さいけれど大きいテナちゃんが……。

「いやしっかし、会ったときから思ってたけど、テナちゃんっておっぱい大きいよ……ふべっ!!」

 それ以上言うなという気持ちを込めて肘をケビンの腹にめり込ませる。みなまで言うな馬鹿者め。

「いってぇな何すんだよキッドの朴念仁!!!!」

「……は?」

「いやあのなんでもねぇですサーセン」

 俺が睨みつけるとケビンはへらりと笑って口を閉じた。

 しかし、しかしだ。ケビンが口にしたことは、この、むさ苦しい男の巣窟こと騎士団において、誰しもが思うことなのだ。

 ――くそ、くそ、くそ、くそ、くそが。

 おっといけない口が悪くなってしまった。心の声がうっかり外に出ないように努めなければ。

「さて、俺たちも飯を食うか。行くぞキッド」

「はいはい」

 ケビンに後押しされて、俺たちはカウンターに向かう。テナちゃんも気付いたようで、にこっと笑いかけてくれた。

「テナちゃん、張り切ってるねー。やっぱり元気な顔が一番だよ」

 ケビンがそんな軽口をたたくと、テナちゃんは恥ずかしそうに口許に手を当てた。

「食堂のみなさんがとても優しくて、その、たぶんそのおかげで元気になれたんだと思います」

「そっか、そりゃ良かった。じゃ、俺定食Aセットの飯大盛りで」

「はい、定食Aのごはん大盛り一つ!!」

 キッドさんはどうしますか、とテナちゃんが顔を向けてくる。その顔が本当に生き生きとしていて、俺も安心する。

「じゃあ、俺は定食Bの普通盛りで」

「はい、定食Bの並お願いします!」

「頑張ってね。それじゃあ、また夜の検査で」

 俺はそれだけ言うと、受け取り口に歩いていった。そして心なしか、周りの視線が痛いような。

「あったりまえだろ。ぜってえ俺たちあの子を狙ってるって思われてるぜ」

「表向き、食堂の新しい子でヴィーナさんの遠い親戚って設定だから仕方ないけど、やっぱりちょっとなぁ……」

 飯を受け取り、席に座る。豚カツを頬張りながら、ケビンは笑った。

「でも食堂に若い子が入ったってのは良いことだと思うぜ。浮足立つのもたまには悪くないだろ」

「……そうかな」

 なんだか俺は複雑な気持ちだ。テナちゃんが皆に受け入れられるのは良いことだ。悲しい思いをするより何千倍もマシだ。でも、やっぱりなんかモヤモヤする。

 俺が言い淀んでいると、ケビンが少し意外そうな声をあげた。

「なにお前、まさかまさかの展開ですか?」

「は?」

「いやいやぁ、まさかあのキッドについに春到来? このタイミングで? いやぁ人の人生ってままならないものだなぁ」

「お前さっきから何一人で納得してんだよ」

 むかつく。むかつくから机の下で向う脛にキック。

「いてぇ!」

 ほらほら余計な口叩いてると昼休み終わりますよ、っと。

「お前俺へのアタリの強さなんなんだよ……」

「愛かな」

「きもっ」

「はいはい」

 どうかテナちゃんがこのまま笑顔で過ごせますように。

 俺は昼の仕事に向けて、飯をかき込んだ。


キッドくんの男の子目線。結構下世話に書きたいんですけど、どこまでならありなのやら……。

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