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どんよりと重くたれこめた雲の下、うっそうと茂った森を、私はひたすら走っていた。
「――はぁ、はぁ」
体が、重い。まるで鉛のよう。雨に打たれているというのに、体の芯はどうしようもなく熱を帯びている。
ぬかるんだ地面が私の足をもつれさせた。私は地面に倒れこむ。膝を擦りむいてしまったようで、足がとても痛い。きっと足の裏で、豆も潰れているんだろうな。
――早く、起き上がらないと。
私は重たい体を引きずって、なんとか足に力を込めた。
しかし、どうにも力が入らない。
――立たなきゃ。立たなきゃ……!!
すると、すぐ近くから狼達の鳴き声が聞こえてきた。
「はぁ、はぁ……!!」
怖い。怖い、怖い。
どうしようもない恐怖心が背中から這い上がってくる。
私は震える足を無理矢理動かす。
「あっ!?」
するとすぐに木の根っこにつまづき、盛大にこけてしまった。しかも、驚いて声を出してしまったからか、狼達の気配が先ほどよりも近くにきてしまった。
そして、薄暗いこの森の中であっても、もう肉眼で確認できてしまうほどに。
――ここで、死んじゃうのかな……。
物凄い速さで迫ってくる狼達を呆然と見つめながら、私は漠然と思った。
その時、どこからともなく馬が地面を駆る音が聞こえてきた。
「ぎゃん!!」
狼の一匹が後方へと蹴り飛ばされる。
「え?」
驚いて私は顔を上げた。
そこには、黒馬に跨った一人の“男性”と思われる人がいた。その右手には白銀に煌く剣が握られている。茶色のマントに身を包んでいる為、私からは顔が見えない。体つきもよく分からない。しかし、剣を握っているその手はとてもゴツゴツとしており、筋張っている。
「……グルルル」
狼達が低く呻く。姿勢を低くして、今にも飛び掛ってこようとしている。
私は座り込んだまま思わず後退りしてしまう。
「大丈夫だよ」
背中越しではあるが、その人物は優しい声音で私に言ってくれた。
何故かは分からないけれど、本当に、この人なら大丈夫だ、と思えてしまう。
瞬間、狼達が一斉に飛び掛ってきた。
ザンッ――。
「キャンッ!!」
しかし、私の耳に届いたのは血飛沫の音でも、噛み千切られる音でもなかった。
ただ美しい、一振りの刃の煌きの音。何の迷いもなく。何の躊躇もなく。いとも簡単に、幾つもの命を奪える残忍な真っ直ぐさ。
けれど不思議と、恐ろしいとは思わなかった。
生き残った一匹の狼は、本能的に敵わない事を悟ったのかもしれない。尻尾を向けて闇の中に消えていった。
それと同時に、私の全身の力も抜けていく。ひらりと馬から降りると、彼は私の背中に腕を回して、力の抜けた私を支えてくれた。
「ありがとう……ございます」
「大したことじゃないよ」
朦朧とする意識の中、男性が優しく微笑むのが分かった。優しげな目元と、温かな金色の髪の毛。伝わってくる温もりに、とても安心してしまう。
――……でも、もう。
ダメ。
私の意識は、そこでぷつりと切れてしまった。