第4話:錯覚
懐かしいような、悲しいような、複雑な表情で、教授は再び語り始めた。「その日暮らしのような生活だったが、弟もちゃんとしてくれた。喧嘩もしたが割と仲は良かった。苦しいが不幸せではなかったあの生活に、突然の終りが来た」
突然の終り…
涙が出てきそうだった。
「その日私は帰りがいつもより遅かった。それでもなるべく早く帰ろうとした。それなのに」
ため息をついて、やり場のない怒りをこらえるように、深く深呼吸をした。
「あんな貧乏な家に盗みに入ったって、何が盗れるわけでもない。だが…奴は一番奪ってはいけないものを奪っていった」
あぁ、悲しみはこんな所にも…
「私と入れ違いだった。私が家に着いたとき、取り押さえる間もなく、奴は我が家から逃げていった。私が弟を発見したとき…もう、虫の息だった」
教授の頬に一筋の涙が流れた。
「少しして、弟は息を引き取った。」
僕はただ、胸が締め付けられる思いで、教授の話を聞くしかなかった。
「初めは、タイムマシーンなんて馬鹿げてる、そう思い頭から振り払ったんだ。しかしどこか諦めがつかない気持が、私をつき動かした。」
「気付けばもうただ考え、そればっかりになっていた。造り始めて、少しばかり楽しみが出来た。生きる意味ができた気がした。だが、気付いたのだよ。もし、もしも、成功してあちらに行けたとしても、未来が変わらなかったら?弟が戻って来なかったら…?」
騒がしい雨音が感情を掻き乱す。
泣き叫ぶような感覚が、僕の淡い希望を馬鹿にして。
「紫堂はそれでも過去を変えたいのか?」
どんなに小さな希望でもよかった。すがるものがあれば、僕は生きられる。
「僕はそれでも変えに行かなきゃいけないんです」
確なものなんてなくて。ただ、愛おしい時間をなくした僕に最後の我儘を言わせてください。




