表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/36

憂惧


 激しい雨は周辺を絶え間なく打ち続ける。

 身体が動かない、手足が動かない、奴の攻撃を受けたせい? 違う、私は恐怖していた。

 彼は大量の出血状態で動かず瞳孔が開ききっている。目の前にはインフェルノ級。

 インフェルノ級は躊躇も無く振り上げた腕を私に向かって振り下ろす。

 受け止める剣も手元になく、先ほどの蹴りを軽減するのに体内に保有した神力は枯渇状態。プライウェンを召喚することも出来ない。

 周りの動きがゆっくり流れる。死への恐怖から強く目をつぶった。


 まだ生きている? ……私はもう殺されてしまったのだろうか。

 永く感じる一瞬を疑問に思いまぶたをゆっくりと開くと間に誰か立っている。

 ぼんやりとした視界がはっきりしていき、私は思わず目を見開いた。

 瀕死の彼は立ち上がりインフェルノ級の一振りを素手で受け止めていた。大量の血を流しながら。

 その場の時間が止まったかのように両者は動かない、やがてインフェルノ級の破損した頭部が蒸気を出しながら徐々に再生されていく。


「無事だったので、す、か……?!」

 私は言葉を失った。血が、彼の血液が傷口に逆流している。いや、傷口を塞いでいる。

 辺りを真っ赤に染めていた血が彼へ集まると、血の一部は左腕へ向かい、まるで失った左腕を複製するかのように血の腕が形を成した。

 対するインフェルノ級の再生とは根本が異なるように見えた。再生ではない、別の何か。

 瞳孔は依然開いたまま黄色く輝き、意識があるのかは判断できない。それに視認できるほど濃く禍々しい魔力を身に纏っている。

 それはまるで、あの時、図書館で見たアスモデウスを思わせる風貌。

 お互いに動きを止めたまま、インフェルノ級も骨格が再構築され、皮膚までは再生されていないが臓器と筋肉が再生されるまでに一分とかかっていない。

「オ前ハ、一体……」

 インフェルノ級が口を利くまで再生されると、言葉をかき消すように血液が剣となり彼の両手から出現する。

 血で剣を創造した?!

「?! ……ッウぐ」

 インフェルノ級は何かを察知したのか警戒し十メートル程度後退し距離を取る。一瞬の出来事だった。しかしそれでも間に合わなかった。インフェルノ級の左腕は既に切り落とされ地面に落ちた腕は気化していく。切り口は焼き焦がされたかのような状態になり再生不可を物語っていた。

「テメェは瀕死ダッタハズ。ナン……ッ?!」

 敵の言葉には耳も貸さず足元に魔方陣が出現し一気に加速、インフェルノ級に双剣で接近し斬りかかると、両者はその場で斬り合いを始めた。

 インフェルノ級は両肩の羽を盾のように駆使しながら攻防一体の戦闘を続ける。一方で彼の双剣は速度と攻撃特化と思われ、多少の切り傷を受けてもかまわず攻め続けている。

 彼らの斬撃は目で追いきれず、お互いの剣がぶつかるたびにその一帯が剣圧で雨水を受け付けないでいた。


 信じられない……インフェルノ級とほぼ互角だなんて……。


 その攻防が須臾しゅゆ続くと斬り合いはさらに速度を増し、血で復元された彼の左腕が斬り飛ばされた。

 彼は即座に後ろに飛び上がり、耐空状態のまま右腕の血の剣を奴に向かい投げつけ、その隙に着地すると瞬時に血液がまた左腕を再構築し、巨大な大鎌が左手に現れる。両者の距離は数メートル離れているにも関わらず大鎌を振り翳した。

 インフェルノ級は警戒し右手の爪を構えた。彼が掲げた大鎌をその場で縦に振り下ろす。特に変化はない。敵が切断された様子もない。

 大鎌の石突いしづきを地面に突き刺すと巨大な魔方陣が公園の敷地内を包んだ。

「……ナ、ナにヲ」

 数秒の静寂の後、切断されたのは前方の空間だと気づいた。細い切れ目が空中に浮いているを視認した瞬間、そこから巨大な、人一人分ぐらいはあろうかという骨の指が四本、そのすぐ後にもう片手の四本が現れ空間を抉じ開けていく。


 嘘……。


 得体の知れない存在に怯えてしまっていた。いつもと明らかに様子の違う彼自身にも恐れを抱いていたのかもしれない。

 巨大な骨の手が抉じ開けた空間の裂け目から無数の骨の軍勢が現れる。大きさは普通の人間と大差なく各々は多種多彩の武器を装備している。その中で防御に特化していると思われる盾持ちの骸骨が二体、私の前に立つが、インフェルノ級の方を向きこちらに敵意があるようには見えない。

 その他の武器持ちの骸骨たちはぞろぞろとインフェルノ級に向かい攻撃を開始する。インフェルノ級は無数の骨の軍勢を次々と打ち砕いていく。各個体の能力はそれほど高いものではないようだ。

「っチィ、雑魚ドモガ群レヤがって!」

 空間の裂け目からは依然、無数の軍勢が現れ続け進攻を行っている。砕かれた骨の破片が凶器となってこちらに飛んでくるが盾持ちの骸骨がそれを防いでいる。一個体では劣っているものの圧倒的物量でインフェルノ級の自由を奪う。

 その状態がある程度続いた後、突然巨大な骨の片腕が空間の裂け目から突き出し、前方の骨の軍勢を吹き飛ばしながらインフェルノ級を骸骨ごと捕まえる。その無差別な攻撃で多数の骨の破片が私に襲い掛かったがそれも目の前の骸骨が防いでくれている。

「っぐふぁ! 味方ごとトハいい心構えじゃネーカ……ヒヒヒッ」

 巨大な骨の手に捕まれたまま、無数の骸骨に串刺しにされ、もはやこちらが非道なのではないかと思うほどの地獄絵図だった。

「ッハ! とんデモネぇ化け物……ぶはっ……じゃねーか……」

 その生命力の高さのせいか何度刺されても死なず、拷問に近い状態となっている。一部の軍勢が攻撃を続行しているが、他の集団は裂け目からその先の空間に帰り始めている。

 ある程度引き上げると巨大な腕はずるずると中へ戻っていき、インフェルノ級を捕まえたまま裂け目の中へ消えていった。それを見届けると前にいた盾持ちの骸骨も中へ戻り、裂け目をこじ開けていた巨大な手も中へ戻り切れ目は再び閉じられた。

 空間が閉じられると魔方陣と大鎌も消滅し、彼はその場に倒れこんだ。駆け寄ると彼の血は一滴残らず体内に戻り、傷口はすべて完治していた。左腕は失われたまま。

 イリス様の従者である彼が許された能力は魔弾に限られていたはず。


 多くの疑問と戸惑いが交錯するまま、私は意識のない彼を自宅まで運ぶ事にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ