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再会


 店の食材は基本的に業務用を仕入れるのだが、少量の時は近場で調達してしまう。

 外に出ると生憎の曇り空、店の前にあるベンチに座るブロンドポニーテールの後姿が目に入る。フローラだった。日本に戻っていたようだ。

 内心、外見から判断したに過ぎないが無事に帰った彼女に一安心していたのかもしれない。

「どうしたんだそんな所で」

 そういう心境だったせいかうっかり声をかけてしまうと、振り返った彼女は物哀しそうな目をしていた。

「……悩んでいたのです。どう接すればいいのか」

 気がかりではあったがやはり何かあったようだ。こいつに気を使うほど僕は善人じゃない。だけど、放置したって後味が悪い。まったく、どうしてこいつはりにってここに座っている。

「これから食材の買出しに行くんだ。丁度荷物持ちが欲しかった」 

「……私でよければ」

 僕が前を歩き彼女が後ろからついてくる。会話は無く、彼女の方から声をかけてくる様子も無い。特に会話もないまま店につく。

「何か欲しいものがあったらカゴに入れろ。五百円までだ」

「いえ、特には」


 静かな買い物を終えた帰り道、空からの水滴を肌で感じ、やがて視界の道路を点々と黒くしていった。

「仕方ないな、そこの公園で時間を潰そう」

 ここは廃れた公園で、人は滅多に来ない。雨の日では尚更だ。遊具もなくあるのはベンチが二つのみ。屋根つきのベンチに並ぶようにして座ると、雨は数分で強いものへ変わった。

「この降り方ならすぐに止みそうだな」

「……はい」

 こいつはおそらく平常を装っているつもりなんだろう。だがバレバレだ。出発前に見せたあのまっすぐな目はどこへいった。あの正義感はどこへいった。

「迷惑をかけるとか、申し訳ないとか、そういうのは気にしなくていい」

「……え?」

 少し驚いたような表情を見せ、潤った目でこちらを見上げた。

 気休めで言ったが、僕もバカな奴だ。

「人は一人では生きられない。誰だって誰かの世話になってきたはずだ。それに負い目を感じるのなら、お前は他の誰かを助ければいい。迷惑を掛けて、掛けられて、そうして世間は成り立ってる」

 他人を気遣う余裕はなかったはずだ。だが、過去の罪滅ぼしのつもりなのか? 彼女と年の近いフローラに、歩香を映し見ていたのか?

 返事が無いと思い彼女の方を見てみると、雨の音で気づかなかったが、フローラは静かに泣いていた。

 落ち着いてから話を聞こう、そう思っていると、左目に違和感を感じる。今までにない感覚、誰に説明されたわけでもない、だが理解できる。亡者の視線を感じる、こちらを狙っている、方向もわかる。

 来る……!

 一瞬の判断で僕は彼女を押し倒した。


 泣いてる女の子を雨で濡れた地面に倒すなんて我ながら最低だ、なんて考える余裕もない。

 座っていたベンチは真っ二つになり、地面まで切り込みが入っている。

「うぅ、何が……」

 ベンチに目をやった彼女も奇襲されてる状況を把握したようだ。

 どうやら以前イリスにもらった左目が身体に馴染んできたらしい。漠然と知識が頭の中に直接入り込んでくる、そんな不思議な感覚だった。

「っち。後ろに目玉でもツいテンのか」

 聞き覚えがない男の声がする、声のする方向には人が、いや、見える。

 なんだこれは……。僕は何を見ている? それでも確実に映るその光景。

 眼帯越しでも見える。その男の右半身を覆うように、無数の人間の顔の皮が張り付いている。

 おそらくこいつが無差別に殺してきた人間の魂が奴の身体に纏わりついているんだろう。理解できた、理屈も何も無い、これが【インフェルノ級】。左目はそう思わせる。

「気をつけろ。インフェルノ級だ」

「インフェルノ級がなぜ」

「ナゼってそりゃあテメーがサッサとコイツをラネェから俺が後始末をしてヤロウってんダ」

 彼女はそいつの言葉に明らかに動揺している。内情はわからない、だがそれどころではない。

「今はこいつを倒すのが先決だ。確認までに聞くが奴の実体は視認出来てるのか?」

 その問いに彼女の目は強気なものに変わった。

「……愚問ですね。私をあまりあなどらないでください」

 会話はインフェルノ級に断ち切られた。

 僕らは紙一重で避けたが無傷では済まなかった。僕の肩をわずかに斬る。

 奴の右手からは一メートルはあるかと思われる爪のような刃が四本露出している。

 それで切り裂くように襲ってくるが見た目以上にリーチは長く、目に見えてもやっかいだ。

 フローラに相手をさせるには危険すぎる。


 魔弾は被弾者の肉体を瞬時に死滅させる。実際にインフェルノ級に試したことはない、だが物理防御は不可能。その威力はあのミノタウロスにだって有効だった。生身に当たれば奴も無事では済まない。

 奴を意識し弾丸を射出する。鉄と鉄がぶつかる音が響き奴の爪に弾かれた。

 っ何?!

 魔弾が効かない……いや、違う。奴の爪には魔力が宿っている。物理防御は出来ない、しかし魔弾を勝る魔力を保有していれば打ち消せるってわけか。クソ……ミノタウロスが魔弾で死ななかったのもこのせいだ。


「魔弾か。ダがコイツで狩レルのはせいぜいヴァリアント級までダロウよ」

 銃弾を易々と弾かれた時点でこちらの正気は薄い。しかしどういう事だ。インフェルノ級は知性を持つと言ったが魔弾の知識まで……。

 まともにやり合うのはナンセンスだったが、ふと見ると彼女もレイピアを抜き加勢しようとしている。

「ここは僕が時間を稼ぐ、お前は戻ってイリスを呼ぶんだ」

「しかし」

 わかっていた、彼女が目の前の人を平気で見過ごせるような人間じゃない事を。インフェルノ級は容赦なく会話に割り込み殺しにかかってくる。僕らはそれを回避し、避けきれないものをフローラが剣で対処している。

 選択の余地はないように思えた。魔弾に勝る魔力を有しているのは奴の刃物のみ。肉体に命中させれば勝機はある。

「……頼む、少しだけ時間を稼いでくれ」

「はい」


 彼女の後方に下がり必要のなくなった眼帯を捨て、銃を意識し、唱え想像を創造する。

「プロビデンスの目……ソウカ」

 何かを納得しインフェルノ級は先程よりも慌しく襲い掛かる、それを彼女がなんとか防ぎ、時間を稼ぐ。

「……魔弾の二重奏デア・フライシュッツ・ツヴァイ

 左手を包む白い霧、まもなくしてそこから現れる二つ目の銃身。手にした二挺拳銃は攻撃速度と火力を重視した状態。だが弾数が増えるわけではない。よって燃費は悪く通常使わない戦術だが背に腹は代えられない。

「僕が左右から攻める。お前は────」

 奴に聞こえない程度で簡潔に手順を説明した。彼女はレイピアを強く握り、インフェルノ級に駆け接近する。

 二挺拳銃を交差させ、銃口を前方斜め前に向けた。

 ……葬れ。

 二発ずつ放たれた魔弾は計四発を使った複合射撃。弾丸の軌道は直線の最短ルートでなく、必ず当たる特性を利用した左右からの時間差射撃となる。

 これで仕留められなければ状況は最悪だ。

 インフェルノ級は右腕を後方に構え、彼女が奴の間合いに入った瞬間その腕が振り下ろされる。


 ──顕現けんげんせよ。

「プライウェンっ!」

 彼女がそう言い放つと純白の盾が出現しインフェルノ級の一振りを受け止め、防御しながらレイピアで奴の腹部に突きを狙う。

 先程放った銃弾が時間差で左右からインフェルノ級の身に迫る。四発の魔弾と彼女の突き、奴の右腕も封じた。

 これなら通る!

「っはぁ!」


 彼女の突きと、魔弾が着弾する寸前、インフェルノ級の両肩から無数の腕のようなもので形成された禍々しい羽が生え、盾の役割を果し全ての魔弾を防いだ。同時にフローラが放った突きを左手で受け止め、奴の蹴りが彼女の腹部を捉える。

「うああっ」

「フローラ!」

 彼女は二メートル以上飛ばされる。髪の結び目がほどけ衝撃の強さを物語る。ただの蹴りで彼女は起き上がる気力さえ削ぎ取られてしまってる。

「ッハ! なめテンノか。オレがそんなんでヤレるわけネーダロ!」

 ふざけた強さだ。これが元人間だから笑えない。僕は一秒すら惜しいこの状況に脳細胞を活性化させ打開策を練った。

 あの様子から察するに彼女は逃げるのも困難、しかし見殺しには出来ない。そして奴は魔弾を知っていた。時間まであと少し。チャンスは一度、賭けるしかない。

「ア? ドウした? 立ち尽くしやがって」

 先程までイリスの目に動揺していた奴は、僕の力量を知り余裕を取り戻していた。間違いない、こいつの知識は──。

『……カチッ』

 引き金を引き、蒸気と共に放たれた六発目の魔弾は、あっけなく一振りに潰された。奴は静かに憫笑し優越感に浸りながら話し始めた。そしてそれは僕の予想を確信に変える。

「魔弾の最大装填数は六発。知ラねぇとでも思ってンノか? もうてめーに攻撃手段はねぇ。ヒャハハ!」

 警戒心の必要がなくなった奴は一直線に向かってくる。右腕の爪で切り裂くつもりだ。

 奴の頭部を意識し銃口を向けた。

「そンナ虚仮威しが!!」

「……葬れ」

 ”──魔弾フライクーゲル

 噴出する蒸気、放たれる七発目の魔弾。

 警戒を怠った奴の顔面を貫く。

「そんっブぁっ!!」

 頭部を破壊し肉片が飛び散った。僕との距離があと少しの所で奴の身体は一メートル遠くに飛ばされ、地面に沈んだ。

 肉片は数秒後に燃えて塵となり、奴の首からは肉体が焼けた煙が立ち上る。


 今奴に放った七発目は、厳密に言えば二発目の弾。その理由はこいつの特殊な制約にある。弾の補充は初弾から十二時間後に自動装填される。つまり、初弾を十二時間前に放っていれば一度の戦闘で最大十一発の使用が可能となる。

 この銃に埋め込まれたアナログ式時計の文字盤は、初弾を放つとその秒針を動かし始める。それを見れば魔弾が補充される時を正確に把握できるという仕組みだ。

 もちろん狙って出来るものじゃない。万が一に備えて無駄うちしていたが、確立を高めていたとはいえ運がよかっただけにすぎない。尚且つ奴が魔弾の弱点を知っていたからこそ不意をつけた。インフェルノ級は知恵を持つが故に負けたんだ。

 すぐにフローラの元へ向かった。


「大丈夫か」

「この程度……ただの、かすり傷……」

「今はイリスの所へ戻るのが」

「危ない!」

 彼女は知らせてくれた、が、僕の反射が追いつかなかった。

「しまっ……うぐっ、は」

 寸前で左腕で斬撃を受け止めた。が、僕の左腕は切断され、胸部へも深い傷を負う。

「こいつ、頭を吹き飛ばされても……ぶは」

 傷は肺まで到達し吐血する。ありえない、インフェルノ級は不死身だとでもいうのか。感覚が奪われていく。この怪我で痛みを感じない。

「しっかりしてください!」

 彼女は応戦しようとしている。

 よせ、君まで、ダメだ、声が出ない、油断していた? いや、想定を超えていた。

 目を開けている事さえ困難になってきた。

 寒い、身体は動かない、視界が暗くなる、音が聞こえなくなる。

 ──もう何も感じない。


『死ヌノカ?』

(……?)


『死ヌノカ?』

(……死ねない)


『ナゼ?』

(もう誰も失いたくない……)


『ドウスル?』

(……守りたい)


『ナラバ求メヨ、サラバ与エラレン』

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