犠牲
2014.6/02.
後書きを追加しました。
双方を遮っていた氷壁が崩れ落ちた。
力を持て余したルシファーの目は新たな標的に向かう。
僕らはその光景をリリスの後姿から垣間見ていた。
彼はこちらに歩みながら喋り始める。
「別れは済んだか半神? 神の犬である貴様にも早々に消えてもらうがな」
何の前触れもなく地響きと共に辺りの地面が怪しく赤い光を放った。
それと同時にベルゼ周囲の空間が歪み、目には見えない球体がベルゼを包んでいるように思わせる。
まもなくして両膝を突いた。足元がへこみ、地面に這い蹲る様子から重力に近いものが押し潰していると容易に想像できる。
「やっかいな男だ」
ルシファーは舌打ちすると身体が透ける様に姿をくらました。僕はその様子からこの異変は第三者によるものだと推測した。
やがて地面の光は町中を走り巨大な幾何学模様を形成していく。
「まさかもう執行するというのですか……」
独り呟くリリスの言葉を僕は聞き逃さなかった。
「何を知っている」
彼女は振り向き口を開いた。
「どうやら彼にとっては私も捨て駒に過ぎなかったようですね。おそらくこの光はここを中心に半径十キロを覆う魔方陣です。時が満ちれば円内の生命は触媒として消費されるでしょう」
突然リリス背後の地面に身の丈以上の鉄杭が突き刺さった。
「くは……っ」
彼女は吸い寄せられるかのように鉄杭に背中を打ち付けた。その両腕と両足は鉄杭ごと金色の輪に拘束されている。
金色の輪は首にもはめられ、声を発することも出来ないように見えた。
「なんだ?!」
誰に投げかけたわけでもない問いに返答があった。
「喋りすぎだよリリス」
落ち着きのある甘い声。
まさかと思い振り向いた僕は驚きを隠せない。後方から歩いて来るのは自称魔術師のあの男。
彼は地獄絵図のようになってしまった戦場の中をなんの躊躇もなくベルゼに向かって足を進める。
当然のことながら生き残っていたインフェルノ級の一匹が襲い掛かった。
人外の一振りは男を貫いたかのように見えた。
辺りに響く鈍い音。
その人外は肉片と体液になり地面に染み込んだ。
人外の一振りを避けもしなかった男は無傷で立っている。
男が指を鳴らすと周辺にいた残りの人外も全て破裂した。
どういう事だ……この左目を以てしても男からは魔力はおろか神力も何も感じない。やはりただの人間……いや、この期に及んでそれはない。
思考が錯綜する中、懐に不自然な熱を感じた。胸ポケットに手を入れると指先は紙に触れた。そういえばリリスから手紙を受け取っていた。
取り出すと手の中で焼失し、同時に頭の中に誰かの会話が音として頭に流れ込んでくる。
『あの子が暴走したときには処分を任せるよ』
『罪源の核を捜索し、見つけ次第破壊するように伝えてくれるかい』
『アブディエルを監視対象に加えておくんだ』
『予定通り彼には人柱になってもらうよ』
聞き違いようもないその声は自称魔術師の男のものだ。
「久しぶりだね少年」
男の言葉にふと目の前の現実に引き戻された。
人外を駆逐した彼はベルゼの少し前方でこちらに振り返っていた。
「どうしたんだい、狐につままれたような顔をして」
男は僕の知っている通りの微笑みを浮かべながらそう言った。
だけど今は以前のような印象は受けない。道化を演じる底知れない何かが僕の前にはいる。
「おや、イリス。君は私のシナリオではとっくに退場していたはずなんだけどなぁ」
「一体……何なんだ、お前は」
「君の、いや。人知を超えた存在とでも言っておこうかな?」
「お逃げ、ください」
片膝を突き苦しそうに胸元を抑えるマモンが会話に割り込んだ。
「彼からは何も感じません。以前も言ったはずです……」
仮面の男は以前に言っていた。
並行する三つの異なる世界。天界、地上、下界。
下界は天界に干渉することが出来ない。
地上はそのどちらにも干渉することが出来ない。
そして、天界は地上と下界どちらにも干渉することが出来る。
人外が男に接触出来なかったのも説明がつく。だが──。
「──こいつが、そんな」
「そういえば死に損ないの物知りさんが居たねぇ。まぁ別に隠す必要もないんだけど」
「何故だ……お前たちは僕らに干渉されないんだろ。どうして地上を滅ぼそうとする」
「確かに私たちにとって君らは無害だ。どんなに地上を汚そうとね。だから地上を滅ぼすと言うには少し語弊がある。
”────究極の存在”。
私は全てを超える生命を創りたいだけだよ。そのためにゴミクズにも等しい人間が材料になりえるんだ。使わない他に手はないだろう? それに前回の実験では惜しいところまで行ったんだ。使徒の域は超えたんだけど人外に成りかねない不安定なモノだった」
究極の存在だと? そんなことよりこいつ今なんて言った。人外になりかねない使徒、だと? ……まさか。
僕はリリスの話を思い返していた。
使徒に近くも使徒ではない少女……人工的に作り出された少女、ホムンクルス。
「材料は魂、生存させるための命、この世に存在する資格、体となる器、そして必要最小限の知識。思い出してごらん。君は魔弾の力を得る時に寿命を失っただろう? 私にはあの力と命が釣り合うとは到底思えないよ?」
話を察した僕は無意識に少女と目を合わせてしまった。
「そう、彼女も私の試作品さ。そしてイリスの命は君から拝借させてもらったよ、契約の代償と称してね。君が名前を失ったのも彼女がこの世に存在する資格に変わったからさ。存在する権利を失っても既に存在していた君はかろうじて他者に認識されていた。だけど誰も君の名前がないことに疑問を抱かなかったはずだよ」
突拍子もない話にも拘らずイリスは取り乱すことなくじっとしていた。
僕はただただいたたまれなかった。
少女は男の身勝手で生み出され、植えつけられた感情によって世界の救済を望んだ。
だけど少女の行いに世界は徐々に壊されていた。
短命少女の儚い願い──その上今、彼女は自身の生みの親に試作品呼ばわりされている。
「聞くなイリス……。こいつは、狂ってる」
気の利いた言葉は出てこなかった。安い罵倒でしか反論できない自分が不甲斐ない。
「……平気。私の気持ちは、作り物じゃないから」
男はこれまで見せたことのない素顔を露にした。
「フフッ……そして今! 実験は最終段階に移行する! 原罪の核を体内に有した者を人柱に使徒を超える存在を造り出す……天使の降臨さ。本来なら君を人柱にするつもりだったんだが、もっといい素材が転がり込んでくれてねぇ……」
笑みを浮かべる男と目が合った。
「ふざけるな」
ホルスターから抜かれた銃口は魔術師の男に向けられた。
「そんなオモチャでどうするんだい?」
そう尋ねる男に僕は憤り混じりに聞き返した。
「何?」
男は中指と親指をつまみ、指との間に張力をかけた中指を手のひらに打ち当て破裂音を立てた。
それとほぼ同時に銃は粉々に分解し、落下した部品が儚い音を奏でる。
「魔……魔弾、が」
「君は何を相手にしているのかまるでわかっていない。夢は覚めるものなんだよ──」
瞬刻だった。気づけば僕に密着するように男がいた。そして男は耳元で囁いた。
「──こんな風にね」
押されるような衝撃と共に感じる胸の違和感。
「……イ、ヤ」
イリスの声だ。
横目に見た彼女の見開いた瞳はまばたき一つしない。やがて目を潤す水分と、憤然たる面持ちが眉を顰める。
イリスは男に向かって掌を大きく振った。しかし手はすり抜け、触れることさえ叶わない。
どうしたイリス……ひどい顔だ。
僕の胸に感じた違和感がなくなった。だけど同時に物寂しさもある。
引き抜かれた男の左手には真っ赤な心臓が握られている。そうか……道理で寂しいわけだ。
「ぶはっ……っ!!」
意図せずに咽ると口からは血が流れた。
男は声をたてずに笑いを浮かべる。
僕は意識が朦朧とする中でそれを垣間見ていた。それが人生最後の光景だった。
「君には既に人柱としての価値はない。憤怒の核は返してもらうよ」
彼は一切の希望を砕かれ息絶えた。
罪源の核となっていた心臓は引き抜かれ男はその抜け殻を無造作に投げ捨てた。
少女は捨てられた遺骸の横に座り込むと、彼の上半身を抱き上げ頬を埋めた。血で汚れることも厭わずに。
男は見えない力に押しつぶされるベルゼの正面に立った。
「フハハッ……さぁ究極に迫る時が来た。もはや神など必要あるまい。私が創造主、神となるのだから」
男が憤怒の心臓をベルゼの体内に突き刺したその時、一閃の光の線が彼の首を刎ねた。
切り口から血を噴出しながら身体は倒れた。
地面に伏した死体を見下ろすルシファー。
「実に呆気ないものだ」
何者かが地面を鳴らす。
靴底が地面の砂利を擦る音にルシファーは振り向いた。
「ふふ。君なら不意打ちで来ると思っていたよ、私が地上に干渉する時を狙ってね」
彼の後ろに立っていたのは無傷の男。しかし首を落とされた遺体はまだ地面に倒れている。
「貴様……」
男はルシファーに片手を向けた。
中指を内側に丸め親指で抑え、張り詰めた中指は親指を離れ外側に向かって勢いよく飛び出す。
「……ッ」
彼に触れていないにも拘らず指からの空圧に飛ばされ、遠く離れたビルを倒壊させ爆音を響かせた。
「あのまま逃げていればいいものを」
男は呆れ顔でそう呟いた。
魔力が枯渇したマモンは立ち上がれるような状態にはなかった。
リリスも依然身動きがとれず、うつ伏せで倒れたメロウからも活力は感じられない。
周囲にいた協会の団員もベルゼと人外によって全滅しており、イリスは彼の遺体を抱いたまま動かない。
まもなくして憤怒の核を埋め込まれたベルゼを中心に地面の幾何学模様は輝きを増し、大きな棺がベルゼを覆った。
「ヒヒヒッ……悪いねリリス。君にはもう少し働いてもらいたかったけどこの術式は陣内を無差別に触媒に変える。私の作品の糧となっておくれ」
──街は怪しい光に包まれた。
処女作「原罪の破壊者 -魔弾の射手-」はしばらく休載にします。
理由は二つ。
完結寸前まで話が進んだことと、作者が想定していたフィナーレに自分自身が満足できずに投稿を躊躇させたこと。
そして二つ目は、完全新作に着手しておりそちらに集中したいからです。
「原罪の破壊者 -魔弾の射手-」をぶつ切りにしてしまい申し訳ありませんが、駄文でもこの作品に対する愛は変わらずさらに実力をつけた頃に改稿版として完結させたいと思ってます。




