元帥
生が遠退く意識の狭間で、マリウスは過ぎ去った己の原点を偲んでいた。
目を覚ますとそこは見慣れない一室。
部屋には白衣の若い女性が一人。それでここが病室であることに気がついた。
連鎖的に状況を確認していく私の思考はあの夜に辿り着いた。
そうだ……女の化け物に襲われて、倒れてきたガレキの下敷きになって……。
「あら、目を覚ましたのね」
ベットから上半身を起こしたおれに白衣の女性が話しかけてきた。
「おれ、なんで」
「リリス様があなたをここまで運んでくださったのよ。感謝しなさい?」
「え?」
私はそこで全てを知らされた。
村を焼き払ったのは人外と言われる殺人鬼だった事。
化け物だと罵った彼女が、瀕死だった私に自身の神力を注ぎ込んで蘇生してくれた事。
「人外に襲われて生き残ったのはあなただけなのよ。でも、協会には孤児院があるわ。あなたもそこに入ったら?」
「…………」
即答は出来なかった。幼い私の中に生まれた負い目。当時の私にはそれが罪悪感だということもわからなかった。
「孤児院には入らない」
ひどく後悔した。だから決意したのだ。
「おれ、協会の騎士になるよ。化け物どもから、おれみたいな人を救いたい。何もせずに終わるのは嫌なんだ」
この組織に、その人外とやらに立ち向かう術があるのなら。この組織に、謝罪すべき女性が所属しているのなら。そして、私の戦果でもって彼女に恩を返す。その想いだけを支えに生きてきた。
そう、私にとって神の意思など協会を欺く虚構にすぎなかったのだ。
しかしあれ以来彼女に会うことはなく三十年の月日が流れていた。
追憶の中から現実に戻るとリリスに膝枕される自分に気づく。
「マリウス……あなたは」
私を見下ろす彼女の表情はどこか寂しげだ。こんな私を気遣ってくれるのだろうか?
「あぁ……ぶぁは……っ」
舌に感じる酸味。喉から唾でもない何かが溢れ出た。鉄の味……なんだ、血か。
「あの時のままだ……本当に年を取らないのだな……君は……」
彼女の美貌は三十年前のままだった。
再会したにもかかわらず過去に時間旅行でもしたかのような不思議な感覚が私を取り巻いていた。
「喋らないでください。すぐに手当てをしなければ」
力が入らない。自身の傷口に目を向ける余裕もなかった。だが彼女の様子を見れば一目瞭然だろう。
ならば選択肢などはない。
「いや……私は……伝えなくては、いけない……はぁぁ……あの時は、すま、うっ……」
振り返れば間違いばかりだった。あの時も彼女を傷つけ、今も善悪隔てず神の奴隷でいる。
「君は、化け物じゃない……すまなかっ、た……」
あの時、私は一度死んだ。そして、君の前で本来あるべき姿に戻るのだ。未練はない。
まさか死に際に悲願を成就させることになるとはな……神に感謝か? 私らしくもない。だが、なんだか清清しい。
「三十年間、永かったですね……。あなたの罪は償われました。お休みなさい」
リリスの膝の上で静かになった彼の表情は穏やかに見える。彼女に見守られながらサルヴァトーレ・マリウスは覚めない眠りに落ちていった。
協会の使徒が地面に叩きつけられて少し経過した頃。
リリスたちを隔てていた巨大な氷壁は音を立てながら崩れ溶けていった。
少女はぴくりとも動かない。




