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原罪の破壊者 -魔弾の射手-  作者: 四童子 薫
永眠に誘う者
34/36

絶望


「手がないわけではありません」

 途方に暮れる僕らの耳に冷めた声が届く。振り返った視線の先にいたのは仮面の執事、マモンだった。


「お前、どうしてここに」

「狙いとは異なりましたが、同族の魔力を探知しましたので」

「そうか。それより手があるって」

「ええ」

 仮面の男は従容しょうようたる立ち居振る舞いで語り始めた。

「ベルゼは同胞の中で最も背徳的であり深淵に投獄されていました。度重なる罪源の核の破壊によってその封印が弱まったとはいえ、地上に這い上がるには核が足枷となったのでしょう。その為に彼は暴食の核を体内に摂取したようです」

「罪を……食っただと?」

「己を縛り付けていた罪の因果……わかりやすく言えば、小屋に繋がれた飼い犬が小屋ごと逃げ出すようなものです。当然反動は大きかったようですね。彼からは以前ほどの力を感じません。そしておそらく彼の目的は世界樹の破壊。地上の次元そのものを堕とし以前の力を取り戻すつもりでしょう」

 あれで本調子じゃないって言うのか……どんだけデタラメな奴なんだ。

 だけど僕らの悪い予想は当たってしまった。遅かれ早かれこいつは食い止めなければいけない。

「核を壊さずして彼を滅する方法はただ一つ、地獄へ送り返す他ありません」

「そんな方法、僕は知らないぞ」

「地獄への門は私が開扉かいひしましょう。ですが詠唱には時間を要しますので足止めをお願いします」


 まず解決しなければいけないのは住民への配慮。僕らは再びあの廃ビルに引き返した。


「よし、やってくれ」

 イリスは僕らの前に鉄壁を出現させた。

「……周囲に生命反応なし。牢獄の巨像ウィッカーマン

 五メートルはあるガラクタの巨人がガシャガシャと無機物な音を立てながら現れ、ガスボンベを全力で殴り潰した。

 ボンベは破裂。爆音と爆風が周囲に広がり地面は一メートル抉られ、炎と煙に周囲の人々は逃げ出していく。

 そのまま容赦なく廃ビルを殴り続け倒壊させた。

「……死傷者ゼロ」

 廃ビルの倒壊によって辺り一面はガレキの平原と化した。

 魔弾が役に立たないとわかった僕はガレキから適当な鉄パイプを拾い上げた。


「……来る」

 三人は身構えた。

 数十メートル離れた眼前のガレキから不気味な脚が一本、さらに三本突き出し残骸を押し退けベルゼが這い出てくる。全くの無傷のように見える。

「……呪縛バインド

 リリスが使っていた箱型の結界がベルゼを囲んだ。

 仮面の執事が数歩前に進み、杖の柄を掴み仕込み刀を引き抜くと真横にした刃に手を添えながら詠唱を始めた。

「Per me si va ne la citta dolente」

 ──我を過ぐれば憂ひの都あり。

「per me si va ne l'etterno dolore」

 ──我を過ぐれば永遠の苦患あり。

「per me si va tra la perduta gente」

 ──我を過ぐれば滅亡の民あり。

「Giustizia mosse il mio alto fattore」

 ──義は尊きわが造り主を動かし。

「fecemi la divina podestate」

 ──聖なる威力、比類なき智慧。

「la somma sapienza e 'l primo amore」

 ──第一の愛、我を造れり。

「Dinanzi a me non fuor cose create」

 ──永遠の物のほか物として我よりさきに。

「se non etterne, e io etterno duro」

 ──造られしはなし、しかしてわれ永遠に立つ。

「Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate」

 ──汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ。


地獄の門ザ・ゲイツ・オブ・ヘル

 その言葉を引き金に赤黒い禍々しいオーラが周囲に広がり、動きを封じられたベルゼ背後の空間に一筋の切れ目が入る。

 縦に入った切れ目から真っ赤な液体が流れ落ち、そこから巨大な目玉がギョロっと見開いた。

 目玉に直視されたベルゼからは魔力が徐々に減少していく。まるでそれに吸収されていくかのように。

「これが……門、だと?」


 その時、僕の左目が疼いた。

「……っ!」

 久々の感覚……だが間違いない、きやがった。

 鉄パイプを投げ捨て銃を取り出した。

 葬るのは門に急接近してくる気配──インフェルノ級。

 噴出す蒸気と共に放たれた弾丸。

 マモンの呼び出した門に斬りかかる寸前、人外は魔弾を受けその身を風化させた。

「……インフェルノ級。数、二十」

 二十だと? そんなバカな。

「やるしかない……死守するんだ。この機を逃すわけにはいかない」

 ガラクタの巨人は門の近くで飛びかかってくるインフェルノ級を薙ぎ払うが、敵の力と数により確実にその身を削られている。

「……光神化セレスティアルフォーゼ

 背中に大きな金属の翼が生えると共に彼女から感じる神力は濃度を増した。

 神力で具現化させた純白の弓矢で巨人に張り付いた人外を射抜くが対処しきれない。

 魔弾の残数は三発、次の装填までに数時間。状況は好ましくない。

 状況を整理している間にも巨人の右腕が落とされた。

 しかし妙だ。人外の奴らは呼び出された門しか狙わず、僕らの事はまるで眼中にないようだ。


 かんばしくない最中さなか、銃撃の雨がインフェルノ級に降り注ぐ。人外が沸いた方角の対向側からだった。

「銀髪の少女に魔弾の少年、なるほど君たちが」

 声のする方へ目をやると白い制服を着たオールバックの男。周りには十人以上の団員を連れている。

 その中になぜかドアノブカバーの様なナイトキャップにナイトウェア姿の少女が、いや……なるほど、使徒まで連れてきたか。

 中央に立つ男は手にした刀の柄頭つかがしらに両手を添え、さやの先端を地面に突き立てている。白を基調とした刀は古典的というよりは機械的な外見をしている。

 彼は刀のこじりで地面を一突きし”カシャンッ”と音を立てた。

「私はインベリス協会元帥、サルヴァトーレ・マリウスだ。この一件は我らの管轄である。君たちは直ちに退避するがいい」

 元帥? よくわからないがどうやらお偉いさんのようだ。

「フローラから聞いているはずだ。罪源の核を壊せば地上は滅びる。僕らに協力してくれ」

 その言葉に団員たちはざわつき始めた。しかし彼の一言でそれは静まった。

「その真意については否定もするまい。だが我々は任務遂行を存在意義としている──」

 再び鐺で地面を突き先程よりも高い音を立てた。

「故に神の意思に従い罪源の核はここで破壊する。第一班は民間人が取り残されていないか捜索、第二班は私に続き人外を掃討そうとうせよ!」

 インベリス協会……フローラでも説き伏せられなかったか。

 理想と遠い展開に憤りを感じるが僕にはどうすることもできなかった。

 団員たちはそれぞれ散開する。使徒は特に動く気配がない。

「インプレグナブルコート展開」

 マリウスの足元から頭部までを伝うようにして一瞬光った。

 彼は左手で鞘を掴み右手は柄を握り、腰を深く落とした。

「なっ?!」

 次の瞬間には数十メートル先にいた人外を至近距離で真っ二つにしていた。

 人間の動きじゃない。それに、高い生命力を有したはずのインフェルノ級が絶命している。

「……体内に保有した神力を大気と反発させながら移動している。刃を覆っている神力が切り裂いた敵の内部に入り込み人外の細胞を死滅させている」

 なんだよそれ……インチキなしの正真正銘エリートってわけか。

 彼の戦闘スタイルはいわゆる抜刀術だった。一太刀ひとたち浴びせるたびに刃を鞘におさめ、また抜刀と共に人外を斬り捨てる。

 刀自体も特殊なようで、刃をおさめるたびに空気を噴出させるような音を出す。

 指示通り団員は彼に続き加勢し、人外は徐々にその数を減らしつつある。

 遠くが一瞬光った。

 突然少し離れた所にある建物が閃光と爆風の後に消失。

 目で追えないほど早い一筋の光が目の前を過ぎったことを残像として知った時には後の祭りだった。

 光の線は地獄の門を貫通しており、巨大な目玉は破裂し大量の赤い体液をぶちまけた。

「っく……」

 マモンは自身の胸元を掴みながら片膝を突いた。

「どうしたっ」


「やはりこいつを御すにはしばし掛かるか」

 堂々としたその口調。

 銀の義手と化した右手を動かしカチャカチャと音を鳴らしながら悠々と歩いてくる。

「ルシファー……!!」

「貴様の目は節穴か。そいつの魔力は枯渇寸前。魔力源の核を失ってよくそこまでもったものだ」

 魔力源? だがあいつはそんなこと一度も……。


 有無うむを言わさず神速の抜刀が振り抜かれた。

 しかし刹那の一撃は受け止められ互いは刃をこすり合わせた。

「神に敗れてなお反旗を翻すか」

 雄々しく厳しい視線を突き刺しながらマリウスは刃を交えている。

「人間にもこれほどの奴がいるとはな。だが諦めろ。貴様らは取り零したのだ。神への忠誠心が仇となったな」

 マモンの呼び出した巨大な眼から解き放たれたベルゼは容易くイリスの結界を砕き、長い蟲の脚がマリウスを薙ぎ払う。

「っくは!」

 彼はまともに攻撃を受けガレキの中に吹き飛ばされた。

「マリウス元帥!」

 彼を案じながらもインフェルノ級と交戦を続ける団員たち。

「よくもマリウス様を! 化け物がぁぁ!!」

 そのうちの一人がベルゼに剣を振り下ろした。

「んぶぁ……っ!!」

 蟲の足は団員の腹部を串刺しにした。

 剣は硬い外殻を持つ腕の一本に受け止められていた。


 僕は銃口をルシファーに向ける。

「何のつもりだ小僧」

「こんなやり方を見過ごせるわけがない」

「家畜の分際でこのオレに意見するか。身の程を弁えるんだな」

「だったらその右腕、もう一度消させてもらう」

 こいつを止めるには背に腹はかえられない。残数に躊躇しつつ引き金を引いた。

 撃たれた魔弾は真っ直ぐに奴を捉えた。残数はこれで二発になる。

 ──何?!

 魔弾は銀の義手に容易く握りつぶされた。

「カラクリが解れば取るに足らん。今回貴様らに用はない。さっさと立ち去れ」


氷の槍アイススピア

 無数の氷の槍がルシファー共々に不意打ちを浴びせた。

 ……協会の使徒か。


 片手をかかげた少女の頭上に一つ、また一つと氷の粒が生成されていく。無数のそれらは見る見るうちに鋭利な氷槍ひょうそうとなって先端を標的に向ける。

 その手を敵に向かって振り下げると再び氷槍が一斉に射出され無差別に降り注ぐ。絶え間ない氷槍の雨に辺りは土煙に覆われた。

せ、もし核が壊れたらどうする!」

「構わない。人間が滅びようと私には関係ない。私は私の役割を果すだけ」

 使徒って奴はどうしてこうも融通がきかないんだ。


 土煙が晴れるとインフェルノ級の何体かは絶命し、致命傷に至らなくとも刺さった氷片が周囲を凍らせ動きを封じている。先ほど瀕死の重傷を負わされた団員はその隅で息絶えていた。

 ルシファーの姿は見えずガレキからは彼の銀の義手が無残に露出している。

 氷槍の一つはベルゼの腹を突き抜け風穴を開けていた。前屈まえかがみになったベルゼの傷口から黒い液体が噴出す。

 液体は流れるように団員の一人に迫る。

 それがうごめく無数の蟲だと気づいたのは足に纏わり付かれた後だった。

「なんだコイツ! このっ!」

 彼は足元の蟲を踏み潰すが瞬く間に黒い影に飲まれ地面に倒れ込む。

「う、うああぁああ!!」

 数秒後、蟲の過ぎ去った後に残ったのは生々しい人骨だけだった。

 その惨状にほとんどの団員は戦意を喪失。中には逃げ出す者もいる。

 協会の連れてきた使徒は水と氷を操り攻防一体でしのいでいる。


「ここはもうダメだ。諦めるしかない」

「……否定。撤退は不可能。既に逃げ道がない」

 インフェルノ級はまだ六匹、取り囲む人喰い蟲とその宿主がまだ健在だ……。

 為す術のない僕らの周りは炎に包まれた。火災だとか火事だとか、そういう炎ではない。炎の壁が蟲を焼き払っていった。

 朱色に輝く灼熱の剣を片手に長髪の美女が近づいてくる。

「……リリス」

「無様ですね」

「お前、どうして」

 答えることなくベルゼに駆けるリリス。彼女に近づく人喰い蟲は触れるだけで灰も残さず焼失していく。

 ベルゼに振り下ろされた大剣は光の槍に受け止められた。ふとガレキに目をやると銀の義手は埋まったままだ。

 受け止めたのは左腕だけのルシファーだった。

「ダミー、ですか。騙し討ちとはずいぶん陰湿な手を使うのですね」

「抜かせ。貴様がそう勝手に解釈したに過ぎん」

 埋まっていた銀の義手は宙に浮かび一直線にリリスの首を鷲掴みにした。

「……っうぐ!」

 その隙を狙い鋭利な爪の脚がリリスを突き刺そうとした寸前、神速の何かが間を通り抜けた。地面に着地する音のした方には片膝をつくマリウスが居た。

 刃を鞘に収めると蟲の脚は落下し赤い体液を流した。

「サル風情が」

 剣と槍を合わせていたルシファーはそのままリリスを蹴り飛ばしマリウスを薙ぎ払う。蹴り飛ばされたリリスは僕らの近くに倒れた。

 マリウスの抜刀はその攻撃を捉えていたが、光の槍との相打ちに刃は砕かれ立ち上がりかけていたリリスの方へ吹き飛ばされた。

「うっ……っくは!!」

 リリスは吹き飛ばされてきたマリウスを受け止めた。

「それが貴様らの限界だ。人の子よ」

氷壁アイスウォール

 巨大な氷の壁が彼らと遮った。

「無駄な足掻きだ小娘。何の道どのみち神の意思に従う奴はここで皆殺しなのだからな」

 ベルゼの背中から四枚の翅が生えた。

 それを見た協会の使徒は冷気を纏った液体を放った。尾を引くそれはまるで龍のようにうねりながら向かい、軌道上にいた蟲や人外を巻き込んで凍らせていく。

 ベルゼに命中する刹那、ルシファーが立ちふさがった。

 彼が液体を受け止めている間にベルゼはその翅で使徒に向かって接近する。

 攻撃を防ぐために彼女は自身を覆う程度の氷壁ひょうへきを前に展開した。

 ベルゼは片足で壁を蹴った。その反動で足の鎖が側面から回り込むようにして使徒の腰に巻きついた。

 そのまま鎖を振り回し使徒を地面に強く叩きつけ土煙を吹き上げる。

「ぬぁっ……!」

 少女は動かなくなった。


 巨大な氷壁の内側、彼を受け止めたリリスが見たのは胸部に深い傷を負った軍神だった。

 戦場の中、リリスは彼を膝枕に乗せた。

「マリウス……あなたは」

「あぁ……ぶぁは……っ」

 口から吐血するマリウス。

「あの時のままだ……本当に年を取らないのだな……君は……」

「喋らないでください。すぐに手当てをしなければ」

「いや……私は……伝えなくては、いけない……はぁぁ……あの時は、すま、うっ……」

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