寄生
虚構で塗り潰された漆黒の空から落下したそれは、岩の様な印象を受ける真っ黒な物質だった。
その衝撃は土煙を巻き上げ、地響きの後に感じた突風の一波に団員たちは生唾を飲んだ。
「ここはまもなく消滅する。地上付近にいた同胞はそれを知って逃げ出したのだろう。だが無駄な足掻きじゃ。ワシらの存在はここでしか保てないのだからの」
彼らに骸の男はそう答え、メロウは死人の末路を気にかけた。
「……そう。お前たちはどうなる」
「本来のあるべき循環に取り込まれるだけじゃよ。ようやく彼らも自由になるのじゃ」
当事者である彼はまるで傍観者のような口ぶりだった。何よりその声は、道徳意識を感じさせるほどに優しさを持っている。
「急ぐがよい生者たちよ。お主らの通ってきた扉が唯一の帰り道じゃ。機を失すれば地上へは戻れんぞ」
「メロウ様」
不安げな面持ちの団員に、何も言う事なくメロウは骸の老人宅を後にしようとした時、彼女の目に不可解なモノが映り込んだ。
ひびが入り、今にも朽ち果てそうな花瓶に添えられた花。
「ジジイ。この花は何」
「ふむ、然様。お主の考え通りここに花が咲くことはない。おそらく、地上にいる誰かの思いがここまで手向けられるのじゃろう」
「……そう」
少女の帰り際、骸の男はそっと声をかけた。
「使徒様。地上の事を宜しくお願いしますじゃ」
「わかっている。お前はもう眠れジジイ」
「ホホッ……頼もしいですな」
彼女は元来た道を引き返し、団員たちもそれに同行した。
その途中、心臓を叩くような音が鳴り響く。またどこかで空間が崩壊している証だった。
町の入り口まで戻るとそこには人影が三つ見える。
白い制服を着た彼らは、見紛いようもなく第六班だった。彼らは班長を含め四名で構成されていたはずだが、班長の姿は見えない。
ウィル班長が近づく。
「増援か。しかしこれ以上の調査は危険と判断された。引き返──」
まだ話し終わっていないウィリアムにメロウは無常な指示を出す。
「どいて」
「え?」
内心『またですか』と思いつつも彼は振り返り、数メートル離れたメロウの方を向いた。
彼女の周囲を白い霧のようなものが覆うと、冷気なのかその一部は地面を這っている。瞳からあふれる殺意に即座に返答した。
「は、はっ!」
団員たちは明らかに下がる周囲の気温を肌で感じていた。
彼女の手には冷気と共に水が現れ、彼女は第六班に向け凍てつく水を放った。
その動きは水面を跳ね泳ぐ魚の如く、その軌道は蛇の如く、尾を引きながら向かい第六班に襲い掛かる。それが地面に触れるたびに接地面は白く凍結される。
「な?!」
ウィリアムのすれすれを通過し増援である第六班に被弾した。
前方の三人はそれを避けたが、そのうちの一人は跳ね回る液体に捕まり瞬時に全身を凍らされ絶命した。
その状況にウィルは声を荒げた。
「メ、メロウ様?!」
増援に背を向けていたウィルの腹部から不自然なモノが突き出た。
「……なん、だ、これ」
「班長!」
叫んだのは団員ヤマダ(山田)。
ぽたぽたと、赤い水滴が鋭利な先端から流れ落ちる。それは紛れもない、協会の剣。
持ち主は第六班の一人だった。彼はその剣を乱暴に抜き取ると剣を頭上に振り上げる。
「うぉぉおお!」
剣と剣がぶつかる音が鳴り響く。
ヤマダが駆け寄り、渾身の一撃で剣を弾き飛ばした。
「はぁ……はぁ……メロウ様、これは、一体」
駆け寄ったヤマダは息を切らしながらそう問いただした。不意打ちを受けたウィリアムはその場に倒れこみぐったりしている。
「寄生されてる。そいつらは脳死状態。殺すしかない」
「そんな……同胞を殺せと?!」
判断を迫られるヤマダ。しかし時間は刻一刻と過ぎ去り、空が落ちる音がヤマダをさらに動揺させる。
「殺せ」
非情な指示をさらっと言い放つメロウ。
「っく……」
苦悩の末、ヤマダは剣を振り上げた。
しかし、振り下ろすまでは至らない。
「ぬあぁっ」
受け入れ難い話に躊躇し、隙を見せてしまった彼は蹴り飛ばされ地面に倒れ込む。
メロウは手を出せずにいた。彼女の攻撃は範囲が広く、地面に倒れた二人を巻き込む恐れがあった。
寄生された団員は剣を拾い上げ、無防備な二人に歩み寄る。
やむ得ず彼女は武器も持たずに彼らに向かい走った。
「……氷の剣」
彼女の手に集まった冷気は氷のような刃を創りだし、助走を維持したままその刃で立ちはだかる団員を切り裂く。
氷の剣は確実に相手の身を両断したかに思えたがその傷は見当たらない。その直後、斬られた男は全身を白く凍結させ、地面に倒れると同時に氷の如くその身を四散させた。
先ほどまで倒れていたヤマダは上半身を起こした。
「申し訳ございません……メ、メロウ様! 奴が!」
彼の指差す方には第六班の最後の一人。その距離は数十メートル。その者の先にはあの木製の扉があった。
「しまっ……。っく」
彼女は標的に向け凍てつく水を放つ。地面を跳ねながら尾を引く水が真っ直ぐに襲い掛かる。が、間に合わない。
その時、雷音が轟いた。遥か先を行く寄生者の頭上から一閃の一撃が直撃し、瞬時に全身を焼き焦がす。
「やれやれ、これでは落ち落ち寝てもいられんのぅ」
「……ジジイ」
彼女たちよりも後方から現れたのは骸の老人。
その射程、命中精度、威力、どれをとっても只者ではないことは明白だった。
「早くゆくがよい。あまり有余はないように見えるぞ?」
「ダメだ。そいつは大動脈を損傷している。止血しなければ地上までもたない」
「ふむ、困ったの。今のワシに蘇生術は使えん」
メロウはウィリアムに歩み寄り、座り込んだ。
「傷口を凍結させる」
「なんじゃと? そんなことをすれば肉体が壊死してしまうぞ?」
「血管のみを凍結させれば壊死は最小限に抑えられる」
「ほう……いいじゃろう。やってみるがよい」
その時、メロウたちの頭上より空の一部が降りかかる。
「む、はぁあっ!」
骸の老人は杖を振りかざし、先端より放たれた雷は落下してきたそれを跡形もなくに粉砕した。
「無理するなジジイ」
「侮るでない。応急処置が終わるまではワシが時間を稼ごう」
ヤマダはあたふたしていた。
「メ、メロウ様。俺たちはどうすれば」
「班長に先に戻るよう伝えて。だけどお前は残れヤマダ」
「ええぇ! わ、わかりました!」
空間の崩壊が早まる中、彼女は繊細な治療に集中していた。
骸の男が援護し、ヤマダが無駄に取り乱す。
「あぁ、母さん、俺もうダメみたいです」
「しっかりせんか若者」
「……これでいい。ヤマダ、こいつを運べ」
「え、あ、はい!」
メロウと他二名は崩れゆくネクロポリスを後にした。
彼女たちの帰還を確認した第三班の班長は早速無線を取った。
『……ちら第三班、大穴内部の調査は危険と判断。撤退した。詳細は後ほど報告する』
その無線に耳を傾けるギルモア分隊長は、何事もなく帰還した彼らにほっと胸を撫で下ろし返答を試みようとした。
『……加え、第六班が何者かによって洗脳、メロウ様の指示の元、既述三名を殺処分。ウィリアム班長は重症。対応を仰ぐ』
彼の抱いていた懸念は、方向性は違ったと言えど現実のものとなってしまった。
しかし自分を卑下している場合でもなく、彼は指示を出した。
「こちらギルモア分隊長。全班に告ぐ、直ちに調査を中断。地上根拠地へ集合せよ」
根拠地に集合した後ウィリアムは病院に搬送された。それが済むとギルモアは不可解なことに気づく。
「第六班は四名で構成されていたはずだが、もう一人はどうした?」
すると出入り口の警備に当たっていた団員が前へ出た。
「第六班の班長でしたら、しばらく前に体調不良を訴え病院へ向かいました。搬送を提案しましたが自力で大丈夫とかなんとか……」
「なんだと。彼は重要参考人だ」
ギルモアはすぐにその病院へ連絡と取った。
話によれば当院では対応できず、協会の所有する軍用機で協会施設の医療課に緊急搬送されたという話だった。




