牢獄
モスクワの地下で確認された不自然な穴に使徒メロウを含む第一班、第二班、第三班は足を踏み入れていた。
真下に向かって開いた穴は、二メートル程度で底に辿りつき、そこから横に一本道が続いている。
班員の一人が火属性の神術により簡易的な明かりを照らしながら先導していく。
穴はトンネルというには歪で、即席で掘られた洞窟に近いモノ。少し進むと何かが白く反射した。
「班長!」
先導していた団員が示す方にはボロボロになった衣服を着た人骨が、壁に寄りかかりながら座っていた。
『……生者………………』
どこからか響く聞き慣れない声に彼らは顔を見合した。
メロウはその人骨に歩み寄り肩に掛けた白いモコモコを意図せずに翻させながらしゃがみ込んだ。
「何があった」
少女は人骨に語りかけていた。
『…………天蓋ガ……破ラレタ……』
その声は微動だにしない骸のモノだった。
そこまで話すと力尽きたかのように骨は風化し、衣服の切れ端だけがその場に残った。
「班長、これは一体……」
困惑する彼らをよそに彼女は腰を上げた。
「メロウ様?」
彼女はモコモコを揺らしながら更に奥へと進み始めてしまった。
護衛の任を与えられた彼らに選択肢はなく、再び歩み始める彼女に同行した。
奥へ進むにつれて手が届く程度だった頭上はひらけ、見上げれば星のない夜空を思わせる。
そんな道の先に唐突に何かが置かれている。団員が近づき明かりで照らすと高さ三メートルほどの石の扉。左右には不気味な石造が二体置かれ、扉には彫刻が施されている。
メロウがその扉に手を触れると、小さな地響きを立てながらゆっくりと開いた。
その先は全く見えない。まるで闇のカーテンが下がっているかのように。
しかし彼女は躊躇なく中に入り、警戒する団員たちも恐る恐る後に続いた。
「班長、光が……」
先ほどまで使っていた明かりは使用不能となりその原因はわからない。
中は完全な黒で塗りつぶされた空間。しかし地面と思われる部分には幾何学図形のような模様が静かに光を放っている。一切の光はか細い床の模様だけであるにも関わらず、互いの姿は日の下の如くはっきりと視認できる。
幾何学図形に沿って通路を進むとやがて別の扉が目に入る。その扉は先ほどとは打って変わり木製と思われる簡素な作り。朽ちて所々に穴が開いている。穴の向こう側は仄かに明るさを保っているようだった。
扉を抜けると団員たちは目を見開いた。
「これは……」
眼前に広がる光景は町だった。太陽も星もない漆黒の天上が広がり、光源と思しきモノは見当たらない。
人気はなく偽りの夜空に覆われた数千単位の人が住めるであろう石造りの町。地上にあるような近代の建築物は無く、緑も見当たらない。あるのは枯れ木に、干上がった川の跡。寂しさすら覚える景色。
ウィル班長は無線機を手に取り報告を開始した。
「こちら第一班、穴の内部で町を発見した、どうぞ」
『………………』
無線機からは雑音だけが空しく聞こえる。
「ムダ。ここはもう現世ではないから」
「メロウ様、それはどういう……」
トボトボと彼女は町の探索を開始した。
町の中心部へ向かって進む彼らは何かを感じ取り始めていた。
若干の生活感を残す風景、微かに聞こえてくる蠢音、死線、それは死者の気配。しかし依然として目に映る風景は生が枯渇した寂れた町並み。
心眼に長けた班員の一人が青ざめた顔で申し出た。
「……ウィル班長、居ます。目を凝らしてみてください」
彼の言葉に団員たちは体内に保有した有限の神力を角膜に集めた。
「これは……」
思わず漏らすその言葉。
神力はフィルターの役割を果し異世界の住人を映し出す。
閑散とした風景に屍の住人が、地上の者と大差なく行き交っていた。
ただ一つの違いは、そこに生という生は一切存在しない。
やがて進行方向から一つの人影が杖を突きこちらに近づいてくるのに気づく。賢者のような特徴的な服装は長い年月を感じさせるほどに朽ちかけている。
距離が縮むに連れてぼやけていた人影の素顔が確認できる。彼もまた、生を持たない骸だった。
「生者……ですな。ようこそ、死者の都へ」
どこから発せられたかもわからないしわがれた声から彼は年配者であると連想させる。
ウィルは剣の柄に手を翳した。
「何者だ」
「……お困りとお見受けしますがの」
敵意は感じられず、彼は対話を試みた。
「我々はインベリス協会ロシア支部より派遣された調査隊。話を聞かせてもらいたい」
「ふむ。立ち話もなんじゃ、すぐそこのワシの家へ来るがよい」
骸の男の後に続き、無数にある民家の一つに立ち寄った。椅子は人数分無く、ウィル班長とメロウの二人が腰を掛けると骸の男は話を始めた。
「そうですな……死者の都は文字通り死者の集う世界。だが、全ての死人がここへ来るわけではない。少し話は逸れるが、まあ聞いてゆくがよい。
世界の万物は、一つの万能粒子によって創られておる。仮に神の粒子と呼ぼう。土も、水も、生き物も、すべてはこの神の粒子によって創られその総量は一定なのだ。ゆえに人が増えれば自然は減り、自然が増えれば人は減る。
そしてここからが本題なのじゃが、魂も例外ではない。死んだ肉体は土へ返り、魂も本来ならば神の粒子に戻りまた別の何かを創造する材料となる」
「それではこの町に居る者たちは一体なんなんだ」
ウィリアムの問いに団員たちは耳を傾けて聞いた。話が本当なら死人である骸たちが現存するはずがないからだ。
「うむ。正しい疑問じゃな。ワシらはの、なんらかの事情でこの満たされない七つの欲望の牢獄に幽閉された罪人なのじゃ」
「なんらかの事情というと?」
「そうじゃの……ある者は悪魔に魂を売り、ある者は生前の罪により、事情は様々じゃ」
するとメロウは話に割って入った。
「御託はいい。地上付近にまでお前たちの同胞が出てきていたけど」
「いやはや、すまないの。つい懐かしさのあまり。少し前の事なのだが……」
会話の途中、大きな地響きのようなモノが音を立て、周囲を振動させる。まもなくして息が止まるほどの音圧を持つ大きな音が揺れと共に身体に響いた。
その尋常ではないと思われる状況に窓の外に目をやった団員たちが見たものは、町外れに落下した空の一部だった。




