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原罪の破壊者 -魔弾の射手-  作者: 四童子 薫
永眠に誘う者
28/36

魔女


 ロシア支部の調査部の一室。


 協会は生々しい人骨が放置される一連の事件を嗅ぎ回っていた。

 いずれも地下鉄という地下空間で起こっており、その場所は点々としていたが、現場の位置から犯人が潜伏しているであろう拠点には目星をつけていた。


 しかし時は無慈悲に流れ、必然的に悲劇は繰り返された。

 今回の事件現場はモスクワ地下鉄の環状線。

 始発の整備をしていた駅員が第一発見者となった。

 被害者は地下鉄のホームをねぐらにしていたホームレスとされる。

 連絡を受けたロシア支部はこれを機に大規模な地下調査を実施。

 地下への出入り口は全て封鎖、一般人の立ち入りを禁じその日のうちに部隊が派遣された。

 部隊は一班五名前後で編制された小隊を十班、総勢約五十名に加え、ロシア支部に配属されていた使徒メロウが加わる。

 さらにそれとは別の人員が市内全ての地下への出入り口の警備に当たる。


 遺体発見現場から少し離れた入り口付近の地上に彼らは到着した。

 各々に多少の差があるものの、協会の人間は総じて白を基調とした制服に身を包む。その中で一際ひときわ異彩を放っているのはメロウ。

 ドアノブカバーの様なふわふわとしたナイトキャップに、同じくフリルであしらわれた同色のナイトウェア姿で靴すら履いていない。その肌は血の気を感じないほど白く、氷のように冷たい瞳、なんの物かは不明なモコモコとした白い大きな毛皮を肩に掛けたやや小柄な少女。


「部隊が整いました」

 班長の一人がそう言った。

「では本作戦の内容を確認する」

 部隊を指揮する彼の名はゲイリー・ギルモア。三十代後半で、手入れのされた口髭が目立つ。今回の作戦で分隊長を務め、彼自身は第十班に所属する。

 各班長には地下内部を正確に網羅した電子地図が渡される。

 それには独自に位置がマーキングされ、縦にAからJ、横に①から⑩と記号が割り当てられ位置は左上からA-①と呼称される。

 各班にはそれぞれのルートを与えられ、分散して地下内部をくまなく調査するのが今回の作戦だった。

 メロウは第一班に加わるが、指揮は主に協会側が行う段取りである。

「本作戦はあくまで調査が主である。何かあれば無線で報告、深追いはするな」

 ギルモアの警告の下、メロウを含む第一班を先頭に彼らは地下への階段を下りていく。電源は確保されているため内部は通常と変わらず明るく見渡しがいい。

 全ての班が少しひらけた地下のホームへ着くと、各班はそれぞれのルートへ向かい分散する。


 集団から離脱した第六班の団員たちはこっそりと内なる思いを漏らしていた。

「なぁ、メロウ様の噂知ってるか?」

「バカ、作戦中だ。集中しろ」

 班長はそう言うが、他のメンバーも口々に不安を露にした。

「でも全然しゃべらないし、指揮権を与えられてないのも気になる」

「逆鱗に触れれば人だって殺されるって話だぜ……」

 そんな時、無線に連絡が入った。

『……ら第三班、C-③にて未確認の大穴を発見、C-③にて未確認の大穴を発見、指示を仰ぐ』

『……ちら第十班、ギルモア分隊長だ。第一班、第二班に告ぐ、第三班に合流し大穴の監視。繰り返す、第一班、第二班に告ぐ、第三班に合流し大穴の監視を。他の班は予定ルートの探索を続行』


 大穴が確認されたC-③地区、第三班は十メートルの距離を取って待機していた。

 そこにやってきた第二班、そして少し遅れてメロウ含む第一班が到着した。

 先に到着していた第三班の班長はメロウに言った。

「これから周辺に簡易結界を張り部外者の立ち入りを封じます。他の班が任務を終え次第、ここの調査も始まるでしょう」

「どいて」

 メロウはそう言うと大穴に向かい無防備に歩み寄る。

 躊躇なく進む彼女にその場に居合わせた者は唖然としていた。団員の一人、ヤマダ(山田)が彼女を引き止めた。

「お待ちくださいメロウ様!」

 歩みを止め、振り返った彼女と彼は目を見合わせた。

「邪魔しないで」

 その冷たい瞳に殺意すら感じた彼はそれ以上踏み入ることが出来なかった。


 特異点に着いた彼女は真下に向かって口を開ける穴を見下ろした。

 後に続く彼らも恐る恐るその大穴に近づく。

 それは直径三メートルほどの穴で、盛り上がった地面を見る限り何かが這い出たかのように不気味なモノだった。


 第一班の班長、ウィリアム(ウィル)は無線で報告を始めた。


『こちら第三班、C-③地区。大穴付近に生命反応なし。大穴の状態は……』

 その連絡は全ての班に伝わる。分隊長ギルモアもその報告を聞く一人だった。

 途絶える無線にギルモアは不安を募らせていた。

「こちらギルモア、どうした何があった」


『……大変です、メロウ様が大穴内部へ侵入しました、我々の制止に聞く耳を持ちません』

 彼が想定していた最悪の事態ではなかったものの、苦渋の選択を強いられていた。

 部下の身の安全と使徒の存在。仮にもメロウは協会にとって神聖な存在。見捨てることは許されない。

『……メロウ様に続き護衛の任に就け。命令だ、メロウ様を護衛しろ』

 ギルモアは指示を付け加えた。

『C-③地区より半径五百メートル圏内の小隊に告ぐ、メロウ様に加勢せよ』




 モスクワ市内で彼らが任に当たっている同時刻、インベリス協会本部のとある一室で二人の男は対話を交わしていた。


「マリウス様、近々あなたは正式に元帥の勲章を授与されるかと思われます。くれぐれも最前線へ出られるのはお控えください」

 青年の名はスチュワート・オドネル。先日まではイギリス支部で事務をこなしていたが、協会において重要な結果を残したことが評価され本部でマリウス師団長の秘書に着任した。

「おそらく今回の件、罪源の核が絡んでいるとみて間違いない。情報部の資料もそれを裏付けている」

 そう言うマリウス師団長も教皇の殺害に伴い、暫定的に現場のトップにいたが元帥昇格の目処めどはついていた。

 元帥は最高位の名誉階級でありこの五十年の間に元帥は誕生していない。彼への期待はもちろんだが、それ以上に神の意思が絡んだ一連の出来事がそれだけ異例だということでもある。

「私の部下は今この時も命の灯火ともしびを消さぬよう必死に気を張っているだろう。君の考えは堅実だ、私の身に何かあれば新たな指導者を見繕みつくろうのは手間だろう」

 十年以上もの間、最前線を指揮してきた男にとって戦えないのは耐え難いことだった。しかし彼のマネジメント能力を考えれば、それを固守したいのは組織の総意でもある。

「申し訳ございません。元老院の考えにはそれも含まれているでしょう……ですが使徒メロウも現地に派遣されています」

「彼女の力は認めよう。だが君も知っているはずだ。彼女には指揮能力もなければ人の心もない。部下を犬死させる気か」

「……氷の魔女、ですか。書庫にある文献には自分も目を通しました。なんでも中世末期、全ヨーロッパで四万人が処刑された魔女狩りに巻き込まれ、それ以来魔女の異名を持つようになったのだとか」

「あぁ。だがその話には続きがある。彼女は自らを処刑しようとした村人を皆殺しにしている。おそらく身を守るためだったのだろう。しかしむごい話だ」

「そう、ですね。迷信のためにどれだけの命が失われたことか……」

「いいや、私が言っているのはそういうことではない」

「と、言いますと?」

「彼女に殺された村人は皆、生きたまま氷殺ひょうさつされていた。まるで液体窒素にでも浸されたかのように。そして、一部の遺体は部分的に凍らされ、砕かれ、それを繰り返し悶え死んだようだ」

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