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財産


 エルと自宅へ戻ると、日本支部へ召集されていたフローラとティアが帰っていた。

 泥だらけの裸足で、バケツの水をかぶった様なエルの姿を見て心配そうに尋ねるフローラ。

「どうしたんですアブディエルさん。まさか、この男に何かされたのですか」

「え? いや、そうじゃなくて……」

 なぜか顔を赤くするエル。そして。

「さっきは、その……あんな風にされたの初めてで。今までは使徒の力で怪我も気にならなかったから。びしょ濡れになって、血が出て、痛かったけど、う、嬉しかった……」

 最後の方は声が小さく聞き取れなかった。フローラが口を開く刹那、僕は直感した。そこが重要だったのではないかと。

「びしょ……?! は、初め……?! あ、あなたという人は!」

 時すでに遅し。彼女は顔を真っ赤にしながら軽蔑と敵意が入り混じった視線を僕に突き刺す。

 そして彼女は帯刀した剣に手を翳した。

 そうか、刺さるのは視線だけじゃ済まないか……。なんて悠長に考えている場合ではない。

「待て、お前は何か誤解をしている、落ち着くんだ」

 ──説得するのに三十分を浪費した。

「……コホン。全く、それならそうと言ってください」

 なにか具体的なモノを想像していたのか冷静を装いながらも耳まで真っ赤に染めていた。


 びしょ濡れの彼女に無造作に選んだ着替えを渡し風呂に入れ、戻ってきたところで客席を使い全員を招集した。

 七人掛けの座席は無く各々は適当な場所に座りいびつな輪を作った。

「で、協会に呼ばれた理由はなんだったんだ? やっぱりエルの処遇か?」

「いえ、アブディエルさんについては完全にこちらの管轄のようです。もっとも、彼女がルシファーに加担していた事は話しておりませんが」

 僕がそう切り出した事で心配そうな顔をしたエルも、フローラの話で若干不安な顔が緩んだ。

 協会への報告では、一連の騒動は全てルシファーと、どこかに潜んでいるベルフェゴールの仕業だということになっている。

 フローラはさらに話を続けた。

「要約すれば二つ。廃校になった体育館を消失させた詳細に、もう一つは常軌を逸したとある事件の報告でした」

 話によれば、最近ロシアで多発している殺人事件について、その異常な遺体に警戒は免れないというモノだった。

 被害者は皆白骨化、だが特筆すべきは乾燥や時間による白骨じゃないという事。

 悲惨な話だがまるで何かに生きたまま血肉をしゃぶり尽くされたかのように生々しい白骨遺体が何十体も見つかっている。

「協会はこれを人間の仕業ではないと踏んでおり、この件についてはロシア支部と別の使徒が既に動いているそうです」

「そうか。それはそうと、エルが僕らを狙った理由を聞いてもいいか?」

 エルは何かに躊躇していた。疚しさとは思えない何かに。

 それを見ていたアリスが割って入った。

「それについては妾が話そう」

「しかし」

 フローラもエル同様に何かに躊躇しているようだった。

「これがリリスのシナリオなんじゃろう。彼奴あやつはアブディエルを我らに任すと言っておった。ならばあの話を打ち明けるか否か、我らに選択する他ない」

 アリスから事の真相を聞き初めて知る罪源の核の役割。

「だとしても、ルシファーはどうして人間界の肩を持つような真似をしてるんだ」

 それにはエルが答えた。

「あいつは自分の事を地上の主だと言っていたわ──」


『人間共がどうなろうとオレの知ったことではない。だが、地上の主であるオレに許可もなく家畜共を駆除するなど見過ごせまい』


「私は音信不通になった使徒の安否を確認するために派遣され、教皇に成り済ましたルシファーに遭遇した。あらかじめ危険を覚悟していた私はあいつの不意打ちを退け、目的を問いただしたわ。そして一時的に協力関係になったの」

「そうだったのか」

「それで、どうすんのよ。このままじゃ世界は終わる。あんたたちがこの件を放棄しても、協会と他の使徒が任務を遂行するでしょうね」

 エルは現状に不安と焦りを抱いていた。それはこの場に居る者の総意だろう。だけど。

「今はわからない。だが必ず最善の策を見つける。だから今は待っていて欲しい」

「お主がそう言うのなら、妾は従うだけじゃ」

「恥ずかしながら私にも名案あるわけではないので」

「じゃ、じゃぁ私も待っててあげるんだから、しっかりやりなさいよ」

「あぁ」

 彼女たちの言葉は、未来を失った僕に唯一残された財産だった。


 真面目な話にエアクラッシャーが水を差す。

「そんな難しい話は置いといて部屋割り決めようぜー」

 ここは僕の家だ。なぜこいつが仕切る。

「確かに、いくら空き部屋があったとはいえここまで増えると見直しが必要ですね」

 お前も便乗するのか。

「んじゃー七人だから、二、二、二、一だな?」


 ティアの提案にフローラが異議を申し立てる。

「しかしそれだと一人の者だけ守備が疎かに」

「いや僕は一人でゆっくり寝たいんだが……」

「しょ、しょうがないわね。なら私が彼の護衛のために、お、同じ部屋になってやってもいいわよ」

「別に嫌々ならいいんだぜー? それに使徒の力を失ったお前に護衛はきついんじゃないのー? あたしが代わってやんよ」

「全くお主らは子供じゃなぁ。ここは大人のレデーな我が付き添おう」

「合法ロリはペットの世話でもしてなさいよ」

「なんじゃと!」

「致し方ない、ここは間を取って私が引き受けます。彼が他の女性に淫らな事をしないか監視しなければいけませんしね」

「……カオス」


 結局、本当に間を取って僕が一人部屋、その部屋の両側にイリスとティア、フローラとエル、一番端の部屋にアリスとマモンで決まった。


 夕食を済ませたその日の夜、エルは布団に入りながらも眠れずにいた。

「……起きてる?」

「はい?」

「話、聞いたわよ。……あ、ありがと。私をかばってくれて」

「いえ。それに、他人事には思えなかった。私も以前は協会に従うだけでした。しかし、教皇に彼らの暗殺を指示された時、どうすればいいのかわからなくなってしまったんです。結果的にそれは教皇に扮したルシファーだったわけですが」

「……そう」

 しばし黙していると、エルは再び口を開いた。

「初めてヘルヴェティアのあんな姿を見たわ。あいつ、戦う事しか能がない奴だと思っていたのに」

「上手くは言えませんが、誰のモノでもなく、目に見えるモノでもない何かが、私たちを取り巻いている、そんな気がするんです。私も最初は彼らと敵対していましたから」



 翌日、目を覚まし居間へ向かうと日が差し込んだ窓際の床に座る銀髪の少女が目に入った。今日はテレビをつけずに晴れた外を眺めている。

 僕は少し距離を置いて隣に座った。

 イリスはどうしたのかと言わんばかりに不思議そうな目でこちらを見ている。

「結果的に僕らは骨折り損だったのかもしれない。だけどお前はよくやったと思ってる」

「……ありがとう。でも、平気」

「あんなに頑張ってきたのにいいのか?」

「……平気。それに、もっと大切なものを、見つけたから」

 言葉の真意は別として、その言葉に僕は一先ず胸を撫で下ろした。

「そうか」

 今日まで見て来たからわかる。イリスはたくましい子だ。例え本当につらい時だって弱音は吐かないだろう。

 だったら僕の役目は決まっている。


 イリスとティアの部屋を開けるとそいつは居た。

 大の字で爆睡している獅子の子が。

「ティア、起きろ」

「……よせ……話せばわかる…………」

 何の夢を見ているんだ。寝顔だけは無邪気で可愛いな。

 そんな心境から人差し指でほっぺをつついてみると重いまぶたを少し開いた。

「……なにぃ……」

「ティア、聞きたいことがあるんだがいいか」

「どったの……」

 そう言い残し彼女は再び深い眠りに落ちていった。

 ったく……だらしない女は好きになれん。


 一旦退室し、居間に戻るとイリスとフローラが出かける準備をしていた。

「どこかに行くのか?」

「ええ。念のため紫乃さんの無事を確認したいと思ってました」

「そうか、気をつけて行ってこい」

「はい」


 二十分後。ティアの様子を見に行くと……。

 ──頭部が行方不明。枕には足首が乗せられている。


 さらに、二十分後。

 ──布団が行方不明。部屋のはるか彼方へ吹き飛んでいる。


 また二十分後。

 ──居ない。

 いつの間に。


「ふぃぃ」

 居間に戻るとバスタオル一枚で現れるティア。

 ブレないな、お前だけは。

「あとで買い物に行くんだが、荷物持ち頼んでもいいか?」

「じゃーあたしは何にしようかなぁ~」

 誰が買ってやると言った。

「五百円までだからな」


 少ししてからティアを連れて近場のスーパーへ向かった。

「なー今日の飯は何にするんだー?」

「まだ決めてない」

「オムライスがイイナー。とろとろ卵のーデミグロスソースかかったやつ」

「デミグラスソースな」

 またの名をドミグラスソース、ドビソースとも言う。まぁ、手軽だし大量に作りやすいし名案かもしれない。

「じゃぁあたしお菓子売り場行って来る」

 店に着くとティアはすぐに居なくなった。

 こちらの買い物を済ませお菓子売り場に行くとカゴ一杯に駄菓子が詰まっている。

 ティアの奴ときたら一円も残さず駄菓子で五百円分ぴったりにしてきた。わかりやすい奴だ。


 帰り道、歩きながら僕は尋ねた。

「聞いておきたい事があるんだ」

「言ってみ?」

「お前たち使徒は誰の指示で動いているんだ」

「神の意思ってやつだよ。もっともそれを直接聞いてるのはリリスだけなんだけどな」

 そういうことか。名ばかりではないようだな、リリス。

「リリスが今どこにいる」

「ん、あいつならアトリエに居ると思うけど」

「案内してくれないか。アトリエに」

「お前、最初からそれが狙いだったな?」

「すまない」

「しゃーねぇな」

「頼んでおいてこんな事言うのもあれだが、いいのか? アトリエは協会の人間も知らない所だって」

「あぁ。あたしも今回は色々おかしいと思ってたんだ。イリスの件もそうだけど、核の破壊だって正気とは思えねぇ」

「悪いな。なるべく穏便に済ませたいんだ」

 イリスに今以上の負担を掛けるわけにはいかない。エルに一般人ほどの力しかない今、リリスを知ってる身内じゃティアが適任だろう。

「お前の言い分はわかった。なら箱舟に乗ったつもりであたしに任せな」

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