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使徒


 彼らを先に向かわせた私とアリスの前に立ちはだかる彼女の瞳からは、敵意を感じても悪意は感じない。しかし神の使者でありながら同族であるティア様や私たちに敵意を向けている以上、平和的解決は困難に思える。

「いいのですか。彼らを先に向かわせて」

「さすがに私一人には荷が重いわ。それに、最初から誰か一人でも道連れに出来ればいいと思っていたもの」

「教えてください。なぜ神の使者であるあなたが、神の意思に背くのですか」

「……正義とはなんなのかしらね。神に従うことが正義? だとしたら、私は裏切り者として蔑まれても構わない」

「フローラ、お主は下がっておれ。此奴こやつは腐っても神の使者。人間のお主に勝ち目はないぞ」

「しかし」

「案ずるでない。我はそのために残ったのじゃ」

「怨霊風情に何が出来るというのかしら」

「見誤っておるぞ神の使者よ」


 少女がマモンの杖を両手で握ると、柄の部分から仕込み刀が姿を現す。おもむろきっさきを地面に突き刺すと、その部分を中心に異空間が広がり三人を飲み込んだ。同時にアリスの持つマモンの杖は愛らしい日傘へと姿を変える。

 草木と芝生が広がる景色は、木の板やダンボールで作られたハリボテで再現され、空には水色に塗られた天井があり、太陽には顔が描かれ、川は地面を青く塗りつぶしているだけだった。まるで子供が作った飛び出す絵本のような空間。

「固有空間……」

 アブディエルがそう漏らす。

 プロビデンスの目を持つ彼女はそれがなんなのか理解していた。

 少女が日傘の先でトンと地面を叩くと白く塗られたダンボールの煙と共に一冊の本が地面に出現し、真ん中辺りから勝手に開くと小さな家のハリボテが飛び出す。その家の扉が開くと中から七色の帽子を被った七人の小人が一人ずつ出て来る。愛らしい姿とは裏腹に各々物騒な武装をしている。そのうちの一体が自分と同じぐらいのプレゼント箱をトボトボと使者の元へ運んでいる。

「何のつもり? こんな」

 何の予兆も躊躇もなく箱は光を放ち小人ごと大爆発を起こした。間一髪で使徒はそれを回避する。

「っち。ふざけた真似を……?!」

 攻撃を退け少しの余裕を手に入れた彼女に対し間髪入れずにチェーンソーを持った小人が斬りかかる。それも寸前でかわすが振り落とされた刃は地面を大きくえぐりその切れ味を知らしめる。

「こいつら!」

「甘く見ておると痛い目を見るぞ?」

 愛らしい姿に油断していた彼女もアリスの力量を理解しその右手から中央に持ち手を有した両端対称の刃を具現化させ、チェンソーをもった小人を真っ二つにした。

 青白い雷を纏った両刃は高濃度の神力こうりょくを放出し続けている。

 すかさずハンマーを持った小人が彼女に向けて鈍器を振り下ろす。地面に落ちたその攻撃はクレーターを作り出すほどの威力。

 息をつく暇もなく弓を手にした小人が矢を射るがそれを横に避け、彼女は手にした両刃剣を構えた。青白い電気を放出させながらそれをブーメランのように投げ飛ばす。

 放たれた両刃剣は激しく放電し高速回転しながらハンマーを持った小人と弓矢を持った小人を焼け焦げた残骸に変えた。

 小人が残り三体になったところでハリボテの木陰から赤頭巾をかぶった少女が現れる。

 使徒はその可愛らしい見た目に惑わされることなく、左手から生み出した視認できるほどの電撃を赤頭巾の少女に向かって放つ。

 それが命中する寸前、少女の皮を破って大きな二足歩行の狼が姿を現し空間を振動させるほどの咆哮で電撃を相殺した。

 雄叫びが終わると同時に小人が攻撃を再開し、その後ろの地面からツタ属と思われる巨大な植物が天井に向かって急速に伸び実をつける。実が地面に落ちると動物を模した中型犬程度のモンスターとなり戦闘に加勢した。

「ゴミがぞろぞろとっ」

 手にした武器を足元に突き刺すと電気を帯びた衝撃波が小人や植物のモンスターを吹き飛ばし、電撃は空間全域に広がり辺りを一瞬光らせる。

 彼女の両手に神力が集められ、高密度の電気となりバチバチを音を立てる。

 そして両掌を胸の辺りで合わせ拳を作るとバリバリと森をへし折るかのような音を立てながら、電気と共に彼女の背後から身の丈ほどの大きな二つのリングが姿を見せる。

 帯電した重なり合う二つのリングは一方が時計回り、もう一方が反時計回りにゆっくりと回転している。


「気をつけてくださいアリス。背後のリングからは今までとは比較にならないほどの神力を感じます」

 空間全体に発生した落雷と共に十字架のような赤い槍が無数に辺り一帯に突き刺さる。

「これはちとまずいの」

 小人の一体がクレヨンを手にアリスに歩み寄ると、それを受け取った少女は地面に簡素な扉の絵を描いた。すると簡素な絵は本物の扉となり中から白い何かが出てくる。モコモコとしたそれは扉よりはるかに大きい肥満体系の人型をした兎。私たちに背中を向けるとチャックがあり、それを開けるアリス。

「早く入るのじゃ」

「え?」


 使者の背中の二つの輪が高速で回転し始め辺りは激しくなるその放電に包まれた。

「……電気爆発エレクトリカルエクスプロージョン

 彼女は両腕に力を加えた。電光を放ちながら引き離すのに反発されているようにも見える。

 合わさった両掌が離れた瞬間、周囲に蓄えられた電気は大爆発を起こした。それは無数に突き刺さった赤い槍を伝い空間全てを眩い光と共に破壊し焼き尽くしていく。それにより具現化させられたアリスの手駒は全滅し、固有空間も崩壊し風景は元の校庭に戻る。

 巨大な兎の体内にいた私たちは無傷だったが、黒焦げになった兎の体はボロボロと崩れ、風化していった。

「子供騙しは、終わりよ……」

 仮初とはいえマモンの魔力を消し飛ばした彼女も疲弊している様子。

「むぅ……すまぬ。杖に込められた魔力は使い切ってしまったようじゃ」

「いえ、感謝します。あとは私が」

 私が剣に手を翳し戦闘に備えていると聞き覚えのある美声が夜の校庭に添えられた。


「あなたでしたか」

 しなやかな長い髪。血のように濃い赤を基調としたゴシック調の洋服を着た美女が、何もない空間から薔薇の花びらを散らして現れた。

「リリス……」

 彼女に対するアブディエルの目は敵意を露にしていたが、使者は普段と変わらず落ち着いていた。

「あなたならわかるでしょう。それとも、認めたくないのです?」

「リリス様、なぜここに?」

 その疑問は私も例外ではなかった。

「順を追って説明しましょう。協会への制圧作戦は極秘任務でした。教皇が逃げる隙など存在しえなかったにも関わらず、彼は我々の手から逃げ延びた。それは我々の中に内通者がいると考えるのが妥当。出生不明のイリスも要注意人物として監視下に置いていましたが、協会の指揮を部下に任せっきりのあなたにも疑いの目がかけられたのです」

 リリスの推論に誤りはなく、アブディエルに反論する隙はなかった。

「……いずれバレるとは思っていたわ。だけど私は考えを改めたりはしない。神に服従する事が本当に正しいと思っているの」

「なるほど。あなたは知ってしまったのですね」

 アブディエルの言動に何かを察したリリスはそう答えた。

「何の話じゃ?」

「教えてあげるわ。罪源の核を壊すってことは──」

 アブディエルが己の信念の正しさを誇示するかのように話していると、彼女の言葉を上書きするようにリリスはさらっと信じがたい事を口にする。


「──俗世界の終焉」


「あんた、まさか」

 内心取り乱すアブディエルに、リリスは話を続けた。

「人類の発展は欲望なしには成し得なかった。罪源の核が地上に堕とされた事により人類はここまで発展しましたが、欲の概念を壊すという事は皮肉にも人の時代の終わりを意味する。あなたが知っている事を私が知らないとでも思いましたか?」

「人を滅ぼす行為だと知りながらあんたは何も感じなかったの? それじゃ人外と何も変わらない。心を持たない彼らと何も!」

 アブディエルはリリスの言葉を認められずに反論したが、さらに明かされていく事実に彼女の心は音を立てて壊れていく。

「わかっているではありませんか。そう、我々も人外も似たようなものです」

「何、を、言っているの」

「あなたは使徒がどのようにして生まれるか知っていますか? 過去の記憶もなく、ただ人を超越した肉体を得て生まれ、右も左もわからないままあの”アトリエ”へ案内される。そしてそこで教育という名の洗脳を受け、神の使者として天の意思に従うのです。ですが考えてみなさい、我々はどのようにして生まれたのでしょう? 無から有は生まれません。必ず有を成す素材があったはずです」

 リリスの話に心当たりがあるのか、彼女は言葉を失っている。


「人外は生きた人の魂を寄せ集めインフェルノ級にまで成長します。そして使徒もまた、多量の魂を触媒に生まれるのです」


「私たちが……他の人間を犠牲に生まれた? ……ありえないわ。それに、記憶がないのならあんたにだって確証はないはず」

「おバカな子ですね。もう少し考えてみなさい。なぜ私が統率者を任されているのかを。戦闘能力だけならヘルヴェティアの方が上でしょう」

 リリスは坦々と語り続ける。

「私は、使徒で唯一、生前の記憶を持ってして生まれたのです──」

 武力が世界を支配していた時代。各国は戦争だけが自国を大きくする術だと思っていました。

 生前、私は一人の軍人だった。軍人としての能力もる事ながら、女騎士ということもあり聖女として祀り上げられ、自国も戦争によって領土を広げていました。

 しかし、我らは浅はかだった。国を中心に諸外国に領土を広げた結果、支配した他国からの反乱を許してしまったのです。

 占領した他国が手を取り合った連合軍に自国が攻め落とされるのは時間の問題だった。それでも我が軍は今日まで不敗だった私を信じ、剣を取り勇敢にも敵の軍勢に立ち向かいました。

 国のため、誇りのため、家族のため、それぞれの思いは異なっていたとしても、同じ道を歩む同志だった。

 私が率いる先発部隊は先制攻撃を仕掛けるために馬を走らせた。その後に万全の武装をした援護隊が来るまでの時間を稼ぐために。

 先制攻撃には成功し、最前線では我らに有利でしたが、敵の増援が予定よりも早くきたために後退を余儀なくされました。

 戦闘を持続しながら後退し、徐々に疲弊ひへいしながらも援護部隊の到着を待った。

 例え全力で撤退したとしても敵の猛威の前では全滅は避けられない戦況。我らに残された道は増援を待ち耐え忍ぶことのみ。

 しかし予定を大幅に遅れても増援は来ない。

 我々は絶望した。切り捨てられたのだ。

 だが、絶望とは簡単に知り得るモノではないと、世界は私に教えてくれた。

 地鳴りのような、それとはまた違う、それ以上に大きな音と揺れが戦場に鳴り響き、敵も味方もその異常に辺りを見渡す。

 そして我々は知った。本当の絶望というものを。

 上層部は敵を一掃するために、当時自国にあったダムを破壊したのだ。先発隊である私たちを囮に敵を集め、味方諸共葬るのが上層部の狙いだった。

 私たちは死の間際、国を呪った。世界を呪った。人間の深い恨みが混ざり、溶け合い、糧とし、使徒リリスは生まれた。

「──この私も使途として覚醒した直後は記憶がなく、記憶が蘇った後に確認したのです。大量の兵士の遺体と共に地下に埋葬された私の慰霊碑を」


「そんな……」

 彼女の心が壊れる音がした。裏切り者が抱いていた正義感は砕け、膝を付き憔悴しきってしまっている。

「我らが罪人として生まれた時点で、あなたがどんな理想を説いてもそれはただの綺麗事。あなたは根本を見失っている。何が正しいか、それは我々の問うべき問題ではないのです」

 リリスは同族に掌を向け呪文を唱えた。

「……呪縛バインド

 鍵穴のある大きな半透明の立方体が彼女を包んだ。その大きな鍵穴に見合う光の鍵が出現し、挿入され九十度傾くと、鍵の閉まるような音が響き箱型の結界も消滅した。哀れな裏切り者は倒れこみ動かない。

「何をしたのじゃ使徒よ? あやめてしまったのか?」

「使徒が使徒を罰するための力。彼女から使徒の力を奪いました。正確には封印したというべきでしょうか。彼女も今はこの様子、脅威ではないでしょう」


「……リリス様」

「この話は他言無用です」

「なぜ私たちにまであの話を……正直、今後も神の意思に従い続けるとは保障できません」

 その言葉に使途が答えることはなかった。

「私にはまだやることが残っていますので、アブディエルの事はお二人に任せました」

 そう言い校舎の方へ歩み始めるリリスに、アリスは問いかけた。

「よいのじゃな? 我らに任せても」

「ええ」

 リリスは一度立ち止まりただ一言、振り向かずにそう答えるとそのまま立ち去った。

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