傲慢
ヘルヴェティアが光の粒子となり消えていったその光景に誰もが言葉を失った。
巨大な怪物はそのダメージと、先ほどの砲撃の反動により動きを止めていた。
「貴様ぁぁああっ!!!」
フローラがこれまで見せたこともない闘志で怒りを露にした。
彼女は再び剣を強く握り怪物に向かって駆ける。
それに反応し手首を失った右腕で尚も殴りかかった。それを紙一重でかわすと身体を一回転させ遠心力を利用するように下から上へ斬り上げその腕を容易く切断する。
「グルゥゥゥアアアア!!」
怪物は口を大きく開け、頭上に向かって苦痛の雄叫びを漏らすが彼女は攻撃の手を緩めなかった。
腕を切り落とすとそのまま怪物の胸を斜め上から斬り込み、即座に構え直し頭上の怪物の首元目掛けて飛び上がると真下から半月を描くように首を斬り飛ばした。
巨体は大きな揺れと音、埃を巻き上げながら地面に沈んだ。
「はぁ……はぁ……」
女剣士は怪物を倒した優越感に浸ることなく内股で地面に座り込み動かない。
「フローラ……お主……」
「今は、そっとしておいてやれ」
剣士の後姿を心配そうに見つめるアリスの肩に手を当てながら、僕らは距離を保っていた。
「……ティア、様……私のせいで………………」
涙一つ流さず、自らの罪責感を攻め続けていた。それは自分には泣く権利すらないと自責する彼女の強い意志だった。
怪物の身体はティアと同じように光の粒子となり徐々に消えていく。体内から大きな心臓が露出すると、肉体が消滅したにも関わらず形を維持し続けている。
神の目はそれを核だと知らせている。しかし何かが違う。
「……この世界の核。罪源の気配もある。だけどこれは罪源の核そのものじゃない。罪源の力によって作られた核のレプリカ」
くそ、ティアは無駄死にか……核の現物と守護者は安全なところから高みの見物ってわけか。
フローラには触れないまま、心臓を銃で打ち抜くと、それは光を放ちながらガラスの欠片のように砕け散った。まもなくしてその空間も、僕らの身体も、同じように光に包まれ、気がつくとパソコンの画面の前だった。
珍しくマモンは人の姿で立っている。
「おはようございますお嬢様」
アリスたちも目を覚まし始めるが、ティアが目覚める気配はない。
目を覚ましたフローラは、画面の前で椅子に座ったまま手を膝に当てた体勢で俯き動かない。表情は前髪で見えなかったが察したはつく。
「マモン、お主の力でなんとかならんのか?」
「心配要りませんよ、お嬢様」
「ん、ふぁぁぁ~~~いよく寝た。なんだか身体がだりぃな」
何事もなかったかのようにそいつは目を覚ました。フローラは目を見開いている。
「……ティア、様?」
「あー? どったの」
フローラは大粒の涙をポロポロと流しながらティアに駆け寄り抱きついた。ティアは床に押し倒されその上にフローラが覆いかぶさっている。
「な、なんだよっゲームしすぎで頭おかしくなったんじゃないのかお前っ」
困った顔を赤く染めながらされるがままのティア。
「はい、そのようです……」
フローラは泣きながら本当に嬉しそうな顔をしていた。
「一体どういうことだ」
「どうやらこのゲームに命を奪う力まではなかったようです。囚われていた生徒たちもおそらく無事でしょう」
状況を把握できない僕に仮面の男は坦々と語り始めた。
「お嬢様たちが意識を失ってまもなくして刺客が現れました。意識を失ったあなた方を始末するつもりだったようです。そして、彼女は神の使者だと思われます。彼女には追尾の魔術を施しておきましたので、望むのなら黒幕にも出会えるでしょう。もちろん危険は承知していただきますが」
使徒に命を狙われる? ありえない。それに黒幕とは何の話だ。マモン……お前に目には一体何が見えている。しかし、わざわざ危険を冒してまで向かうべきか……。
「……いずれまた狙われる。今のうちに対処するべき」
その日の夜、僕らはマモンの案内で刺客が潜んでいると思われる場所へ向かった。
マモンはカラスの姿でアリスの肩に止まり指示は彼女が伝言する。
「どうやらここのようじゃな」
辿りついたのは徒歩で三十分程度の場所にある廃校。正門を抜けると校庭があり、それを見下ろすように木造校舎が建っている。取り壊しが決まり立ち入りが禁止されているのだが、予算の都合なのか毎年取り壊しが後回しにされていた場所だ。
校庭を通り校舎入り口を目指していると人の気配に気づいた僕は足を止める。
「どうしたのじゃ?」
気づいていないのはアリスだけのようだった。分厚い雲が風に流され、夜の太陽が地上を照らしていく。月光に照らし出された人影は、ロングツインテールの少女。敵とは思えないほどに神々しく麗しげな風格だった。
フローラはその姿に若干の心の乱れを生じさせた。
「どうしてなんです……アブディエルさん」
立ちはだかる彼女の眼差しは敵意を表し、衝突は避けられそうにない。
「……ここは私に任せて先へ行ってください」
「だがお前一人では」
「我も加勢するぞ」
その言葉にマモンは本来の姿に戻り、持っていた杖をアリスに手渡した。
「フローラ様を任せました。私はこの先にいる者と会わなければなりません」
「案ずるな。ここで我らを自由にしてくれた恩を返そうではないか」
二人を残し校舎に着いた僕らは神の目を駆使しながら慎重に内部を探索していく。
教室などは見終わり、残るは一番奥の扉から向かう体育館だけだった。体育館へと続く外通路を歩いていると重い空気が圧し掛かる。
扉をゆっくり開けると人影が見える。内部は薄暗く、所々に月光が射している程度で詳細な情報は得られない。
「……先制攻撃を仕掛ける」
イリスの左手からまばゆい光の弓が浮かび上がり、前方の人影に向けると右手から現れた光の矢を引き放った。
光の矢は人影にまっすぐ向かい当たったが、防ぐ動作もしなかった人影の前で、見えない壁に防がれるかのように砕け散った。
「やはり来おったか」
しわがれた声が夜の体育館に響き渡る。数歩前に出た人影は、窓から漏れた月光を浴び姿を露にした。
視線の先には立派な装飾を施されたローブを身に纏う老人、話に聞いていたインベリス協会の教皇。
「お久しぶりですね──”ルシファー”」
マモンのその言葉に、教皇は態度を変えた。
「…………どうやら本当に生きていたようだな。貴様がいるのならこのような茶番も無意味か」
背中から四枚の黒い翼を広げると正体を明かした。
大きく肌蹴た上半身、黄色く輝く瞳を持ち耳にはピアス、頭には渦巻き状のアモン角が二本、首筋辺りから後ろで一本に結んだ黒い髪は腰ほどまで伸びている。
「全てあなたの目論見でしたか。ですがあんな陰湿な手を使うとはあなたらしくもない」
「見誤るなよマモン。ネットとやらで人間の生気を集めていたのはベルフェゴールの腰抜けだ。あまりに不憫すぎて手を貸してやったのだ」
ルシファーの手から中央に持ち手を有する身の丈ほどはある青白い光の槍が現れる。
「暗殺に失敗し生かされたとなればつけられていると考えるのが妥当。それにも気づかずあの女……まあいい、オレが直接貴様らを葬ってやろう。邪魔はするなよマモン」
その言葉にマモンは返事をしなかった。しかし仮面の男がこちらに加勢する様子もない。
「キャハ。桁違いの魔力だ。こいつ、あたしにやらせてくれよ」
舌をぺろりと唇を濡らすと再び、飢えた獣が獲物を見つけたかのようにティアの赤い目が宝石のように輝いている。しかしゲームで見た時とは違う。威圧感と殺気が比べ物にならない。
彼女が天上に向かって掌を広げると、赤い光と共に頭上から刃渡りニメートルを超える鉄塊が落ちてきた。特殊な形状で持ち手の部分が刃渡り並みに長い。
片手で軽々しく掴み取るが、あまりの重さで手にした途端に足元の床が割れめくれ上がる。
剣というにはあまりに無骨なそれを肩に乗せた。
「僕らもいるんだ。無茶はするな」
「邪魔すんなよな。こいつはあたしの獲物だ」
そう言うティアの目は一瞬たりとも標的から外れていない。
「威勢のいい狂犬だ。望み通り最初に殺してやる」
ルシファーは手にした青白い光の槍を薙ぎ払うと、水滴のように光が飛散し辺りを爆破していく。ティアはそれらを鉄塊を軽々と振り回し防ぐ。奴の攻撃は僕らにも容赦なく降り注ぎそれをイリスが防いでいる。紳士的な戦闘に尽力していたアスモデウスとは正反対、こいつは間違いなく危険だ。
それらを弾きながらティアは彼に急接近し、軽々と鉄塊を振りかざす。ルシファーはそれをすれすれのところで横にかわすと鉄塊の一振りは床に落ち、爆裂音と埃を巻き上げながら数十メートル先まで床を叩き割った。
一瞬見せたその隙に、彼の手にする光の槍を内側から外へ薙ぎ払われたが、巨大な鉄塊は質量や重力を無視した動きでそれを受け止める。
「加勢しなくていいのかイリス」
「……ヘルヴェティアは近接戦最強。今加勢すれば足手まといになりかねない」
「大した馬鹿力だな半神」
「あ? 喋ってると舌噛むぜ」
互いは槍と鉄塊を弾き距離を取った。ティアは刃先に神力を集めると空を斬った。斬撃と共に生まれる衝撃波を彼方のルシファーに飛ばし、被弾させたが土煙に包まれた。
「やったか?」
思わず口走る僕にイリスが冷静に答えた。
「……まだ」
土煙が晴れると奴は掌を頭上に向け、そこから宙に巨大な赤い魔方陣を展開させていた。掌を地面に下げると魔方陣が地面に降り、床に触れた瞬間に陣の中から無数の骨の軍勢が召喚される。
鉄塊に神力を込めて大きく一振りし、先ほどの衝撃波で骨の布陣を吹き飛ばしルシファーまでの突破口を開くと、即座にそこを突っ切りその巨大な鉄塊で無防備な彼を捉えた。
「っち!」
ルシファーはすぐに光の槍を再召喚し受け止めたが、その破壊力に軽々と吹き飛ばされ体育館の壁を大きく損壊させ外に放り出された。土煙のせいでルシファーは確認できない。
多種多彩な武装をした骨の軍勢がティアに向かい襲い掛かる。
「邪魔くせぇ!」
ティアは神力を込めて上下逆さに持ち直した鉄塊の先端を床に突き刺した。
そこを中心に衝撃波が発生しティアを取り囲む無数の骨の軍勢を一掃すると、ちょうど土煙が晴れルシファーを視認した。
離れた場所から光の槍の先端をこちらに向けるように構え、槍は両端に輪のようなモノを出現させ強い光を放つ。
「まさか……彼女を撤退させるべきです」
いつもと明らかに様子が違うマモンに事態を把握した。
「下がれティア!」
異変に察知したイリスは呪文を唱えた。
「……銀色の硬貨」
無数の巨大な分厚い鉄の円盤が床を突き破りながら現れ、前方にいるティアごと僕らの前を覆った。さらにイリスは鉄の壁に掌を向け、今までに見たこともないほどの神力を放出しながら巨大な魔方陣を鉄の壁に張りつけ防御を固めた。
「んあ? なんなのこれ!」
「あれを防ぐ気ですか」
イリスの行動に驚きを隠せないマモンだったが、彼も掌を壁に向け咄嗟の判断でさらに強化の魔術を施した。
「………………万象貫く光の腕」
ルシファーの詠唱と共に先ほどよりも強く発光する光の槍から、前後に無数の光の輪が現れ軌道を確保する。
間もなくして放たれた光の槍が鉄壁に命中したのは刹那の出来事だった。音速を超え周囲の空気を圧縮し、漏れ出した空気が輪の層を生じさせながら音もなく鉄の壁に着弾した。
着弾と同時に辺りを真っ白く包むほどの強い光が生じ、その光景を追うように轟音と爆音が鳴り響き建物は骨組みも残らず消失、壁の外側の地面は抉られ鉄の壁も砕け所々に穴が開き、防ぎきれなかった衝撃波と残骸にイリス以外は吹き飛ばされた。
衝撃波が落ち着き、壁に掌を向け続けていたイリスが手を下ろすと、壁は音を立てながらぼろぼろと崩れていき、イリスはその場に座り込んだ。
足に残骸が突き刺さったティアも動けず、仮面の男に目立った外傷はないが片膝を突きルシファーから目を逸らさずにいる。
ルシファーは悠々とこちらに歩み寄って来る。
「ほう。オレの一撃を防ぎきるとは。贋作にしては上出来だ」
防ぎきった、だと? 何言ってるんだ……あれだけやってこの損害、ティアもあの足ではまともにやれないだろう。イリスもかなり衰弱している。マモンは実力も未知数だがどちらの味方かもわからない、僕だけで何が出来る……。
「……下がって。私が、相手をする」
「待────!」
生まれたての小鹿のように危なっかしい足つきで立ち上がったイリスはそう言った。このままじゃいけない、だが、なんて声をかければいい。打開策もないのに彼女を引き止めて、一体何がしたいんだ僕は。
「健気な奴だ。だがその苦悩も今日で終わりにしてやる。せめてもの慈悲をありがたく受け取るがいい」
再び光の槍が奴の手から現れる。あんなものを放ちながら、奴の魔力は無限なのか?
「……牢獄の巨像」
残骸の中から、その寄せ集めで人型にされた五メートルはあろうかという巨人がガシャガシャと無機物な音を立てながら現れる。
「ガラクタが」
ルシファーに掴みかかるが、巨人の速度では容易に避けられその腕を切断される。もう片腕で殴りかかるがそれもバラバラにされ、頭上から地面まで一閃の光と共に真っ二つにされた。
巨人が地面に沈む間もなくルシファーはイリスに斬りかかる。それを掌を向け防ぐ素振りを見せたが、障壁ごと切り裂かれイリスの腹を深く切り裂いた。
「んはっ……!!」
「イリス!」
その負傷にいつもの平常心を保った無表情が歪む。小さな体の少女は膝を突き、多量の血を流しながら地面についた両手でなんとか上半身を支えている。
「っテメェッ!!!」
ものすごい形相でティアがルシファーに斬りかかるが、片足から放たれるその斬撃は容易く見切られ返り討ちにされる。彼女は鉄塊で受け止めたが武器は遠くに弾かれ、数メートル飛ばされた彼女自身も地面に沈んだ。
そんな華奢な体で、こんなに傷だらけになって、何が世界浄化だ、何が天命だ……。
少女の定めに悔恨を感じた時、頭の中に直接声が届いた。
『……求メヨ』
誰だ……? 何を?
『…………全テヲ』
つらそうな表情で傷口から出血するイリスを見下ろし、止めを刺そうとするルシファーに銃口を向けた。
「ん? やめておけ。魔弾ごときに何が出来る」
奴の槍を意識し放たれた魔弾は着弾すると共に砕け散った。が、まもなくして奴の槍が消散する。
「なん、だと? 何をした小僧!」
奴自身を意識し魔弾を放つ。右腕に違和感、痛みに近い、何かが溢れ出る感覚。
それを掌を開き見えない何かで防がれるが、構わずさらに三発目の魔弾を放つと普段よりも大きな反動が腕を伝わる。その違和感は強くなり感電でもしたかと錯覚するほどに右腕を刺激した。
「無駄な事……っくは。なんだ、これは……オレの右腕が」
掌を開き防御したはずの奴は、まともに魔弾を掌に受け肘までを白骨化した。
「ありえん……まあいい……オレは貴様らの相手をしているほど暇ではない。命が惜しいのなら今後罪源には関わらぬことだ」
そう言い残しルシファーは身体が透けるように消えていき、イリスはその場に倒れこんだ。
「ティアを頼む」
「……し、心配すんなよな。あたしを誰だと思ってんの」
片足を引きずりながら歩み寄る痛々しい姿でも彼女の目は雄々しさを失ってはいない。
僕がすぐにイリスの元へ駆け寄ると出血は止まらず息も荒い。
左目により傷口から神力が漏れ出すのもわかる。だが、なんだこれは。
イリスから赤黒いオーラが滲み出てくる。それはまぎれもない魔力。そして、人外が放出するあの赤い靄そっくりだった。




