序幕(プロローグ)
絶対に後悔しないと確信していた。例えどのような結末になろうとも自分で決めたことに後悔するはずがないと信じていたからだ。
あれは高一の夏の終わりだった。
「本当にいいのか?」
当時担任だった教師はそう言った。世話になって半年も経っていないその男性。
授業になると眼鏡を取り出す彼は、おじさんというよりはお爺さんに近い。見た目とは裏腹に自分のことを”俺”と呼んでいる。若い僕なりに察した。それは老いた自分が周りになめられないための虚勢だったのではないかと。
だからと言って彼を愚弄する気は毛頭ない。そうまでして頑張るその彼は尊敬に値する。
「はい」
夏休み明けから不登校が続いていた僕は、久々に登校した放課後の教室で爺さんにそう告げた。
迷いは無い。そう心に決めてそこに居たのだから。
そして、僕は中卒という烙印を手に入れた。
元より高校へは行く気がなかった。集団行動は中学でお腹が一杯だったし、発情期のバカ共と一緒にいるとバカがうつると思っていたからだ。
しかし世間はそれを許さなかった。義務教育は中学までという言葉は何の効力も持たない。
周囲の圧力に加え、中学の担任もその立場から無理にでも行かせようとする。半ば強引に僕は高校生になっていた。
だけど、適当に無難な公立を選んだおかげで友達は一人もいなかった。それに、入学してからの生活は散々なものだった。
とりあえず一人だった。朝から、休み時間も、昼食も、帰りも、一人だった。でも僕は一人が嫌いじゃない。それは苦ではなかった。強いて言えば周りの目線が、哀れんでいるようでそれだけは目障りだった。
体育用の外靴が紛失した。一度しか使っていない。
ついてないな……。
だがそれはほんの始まりに過ぎなかった。
掃除の時間、僕以外の班員が現れない。この日から掃除も一人になった。
体育の時間、”二人一組”という指示を出されるが相手が居ない。
僕に対する周囲の態度も段々と雑になっていった。プリントなどは前の席から後ろへ手渡しで、僕は一番後ろの席。でも前の席の人はこちらを振り返りもせずプリント類を投げ渡す。もちろんとんでもない方向にいくので僕の手元には来ない。
椅子に座って行う体育館での集会時、僕の後ろには不良がいた。毎回足を僕の背もたれに乗せるから僕の制服には足型が毎回ついた。先生が注意してくれた。でもやめなかった。
なぜか不良に気に入られるようで、首元をつかまれ壁に押し付けられたりということもあった。
どいつもこいつもバカばかりだった。まともな奴もいただろうが、見ようともしなかった僕の目には映らない。
美術の時間、何を描いているのかと見てみれば女の裸。
人に生まれてしまった哀れな猿なのか、人というカテゴリーが猿なのか。人の歴史を見れば、答えは残念ながら後者だろう。だが同じ人として認めたくないものだ。
不本意に通わされ、このような現実を見てまで通い続ける気になんてならなかった。
無職になって数ヶ月、同じ夢を見るようになった。僕が学校に通っている夢。
『あ、僕学校やめてなかったんだ、僕学校に通ってもいいんだ、よかった』と思ったら夢から覚め、現実に引き戻される、そんな夢。
『自分で決めたことに後悔するはずがない』と、そう信じていた。だけど。これが後悔、ってやつなんだろうか。
────そして、数年の月日が流れた。