消失
昼食を済ませ、この部屋に集まったのは彼と、イリス様、ティア様、私と、マモンは再びカラスに戻りアリスに付き添っている。
「協会からの依頼とはいえゲームは一日一時間までだ」
時間を決め席についた私たちはネットゲームを開始した。まずはキャラクターの作成から始まる。全員未経験者ということもありそれだけで悪戦苦闘している。
「なぁなぁこれはどこ押すんだー?」
「カーソルを合わせたら左クリックだ」
「ティア様、クリックとはこのマウスを使ってですね──」
決めるのは職業、容姿、協会仕様により名前は本名が表示される。私が選んだのはナイト。彼はガンナー。イリス様がウィザード。ティア様がランサー。アリスがパペットマスター。
ナイトは攻守のバランスに優れ、ランサーは近接の攻撃特化。ガンナーとウィザードは後方援護に向いており、パペットマスターは高ステータスの戦闘ドールを操れるがプレイヤー自身はとても弱い。
やっとの思いで全員がログインした頃には既に三十分が経過していた。
それよりもおかしな点に気づく。画面に映る彼の名前は霞んで読めない。イリス様の名前も途中から擦れている。
「技術部に徹夜で作らせたからバグってんのかも」
「ところでお前たちはタイピング出来るのか? ゲーム内で他人と意思疎通を図るにはチャットが出来なくてはいけない」
「ちゃっととはなんじゃ? なにやら愛らしい響きじゃのう」
「んー……百聞はなんちゃらか」
彼はカタカタとキーボードを叩き始めた。
「画面を見てくれ」
ゲーム画面の下部の空欄に文字が表示されていた。
【■■■■】これがチャットだ。打ってみてくれ】
【フローラアグリコラ】もしもし】
【イリ■】<i ris=" system:all-green-test-chat100%">】
【ヘルヴェティア】」」」」】
「出来た!!」
「日本語でよろしく。というかイリス、お前は何を……」
【アリスリデル】これでいいかの?】
覚えのいいアリスはマモンの助言でなんとかなっているようだったが、ティア様の方は心配だ。
「うんじゃ、まずは人の多い街中に移動してプレイヤーの名前と協会のリストを照らし合わせていこうぜ」
「待て、パーティーを組んでおこう。迷子になられても困る」
このゲームにはパーティーシステムがある。最大八名までパーティーを組め、その場合はお互いの位置やライフポイントを把握できたり、経験地が分配されるようになる。
攻守に優れた私がリーダーを務め五人はパーティーを組んだ。ティア様の指示の元、ぎこちない動きで各々は町の方へ移動を開始する。
【フローラアグリコラ】ティア様そっちじゃありません。こちらへ】
【ヘルヴェティア】aaaa】
中心街に到着すると、私たちとは比較にならない豪華な装備に身を包むプレイヤーたちがあちこちにいる。表示されている名前はどうやら日本人のものばかりのようだ。
見かけるプレイヤーたちの名前と、不登校リストと照らし合わせていくと、ほとんどの名前がリストには存在した。全てが載っていないのはプレイヤーが学生だけではない場合や、不登校リストが全員分記載しているわけではない事が理由にあげられる。
「見るがよい。木を叩いていたら木の実を拾ったぞー」
「まじで! あたしもやるやる」
「お前ら……」
ゲームに夢中になってしまっている彼女らをしり目に私がゲーム内の名前を確認中、とあるグループを視察していると竹花紫乃という名前に目を奪われる。
【フローラアグリコラ】人違いならすいません紫乃さん。私はフローラ・アグリコラという者ですが】
【竹花紫乃】あ、フローラさん。あなたも始めたんですか? このゲーム。楽しいですよね(笑)】
私の事を知っている。話も通じる。この方は間違いなく紫乃さんだった。しかし……不登校である事に全く自責の念を感じていないように見える。
【フローラアグリコラ】何を言っているのです。学校はいいのですか?】
【竹花紫乃】う、うん。でもなんだか、ずっとこの世界に居たくて……】
違う、私の知っている紫乃さんじゃない。しかし、話が噛み合っている以上、この人は本人としか言いようがない。名前も一致している。
「どうしたんだフローラ」
「彼女が、私の探していたクラスメイトです……でも彼女は、こんな人ではなかった。勉学にも真面目で、決して……」
「もう少し話を聞いてみたらどうだ? 何か理由があるかもしれない」
再び画面に目を向けたとき、画面に吸い込まれるような不思議な感覚の後目の前が真っ暗になった。
意識を失ったわけでもない。再び視界が明るくなると見慣れない風景。そして目の前には親しげに会話を続ける紫乃さんとその仲間がいる。戸惑う私に後ろから彼の声がした。
「大丈夫かフローラ」
「あなたは……どうしてそんな格好を」
彼はゲーム内のキャラとそっくりの衣装を着ていた。後ろには初級ウィザードの格好をしたイリス様がいる。
「どうやらゲーム世界に閉じ込められたみたいだ」
「それじゃ、まさかこれは」
「……罪源が関わっている。彼女の様子がおかしいのもそのせい」
「それより早く二人を探すべきだ。急がないとまずい」
「二人に何かあったのですか?」
「そうじゃない。だが──」
ゲームの仕様では一度でも行動不能になれば現実世界の死と同等。つまり、この世界で死ねば、現実世界でも死を意味していた。
「待ってください、私たちはパーティーを組んでいたはず。もしもゲームの仕様に則っているのなら」
「そうか、だが、どうすれば」
「あの、メニューでしたら視界の右上にありますよ。指でタッチすれば反応するはずです」
私たちは紫乃さんの指示に従いパーディーメンバーの現在地を把握した。
「感謝します。私たちはすぐにここを離れますがお願いがあります。しばらくは安全な街中で待機していてください」
「え、どうして?」
「説明するのは難しいのですが、私を信じてください」
「うん、フローラさんがそこまでいうなら、気をつけてくださいね」
「フローラ、アリスたちは一緒にいるようだがまずい。町を出ている。急ぐぞ」
マップと表示される居場所情報を元に私たちは急いで向かった。そこは町から出てすぐの初心者用の狩場。敵は弱いとはいえ死のリスクは付き纏う。目的地が見えてくると二人はいた。こちらにも気づき始めたようだ。
「おーなんじゃお主ら遅いぞぉ」
危機感のない少女は敵の中でこちらに向かって手を振っている。
「バカ! 狩場の真ん中で!」
低級モンスターのレッドスネイクがアリスに飛び掛った。
「くそ、間に合わない!」
「うっしゃぁああ!!」
両手槍が敵を葬った。ティア様だ。
「キャハハ。見た見た? パソコンはよくわからないけどこれなら大歓迎だ!」
「何が大歓迎だ。ここで行動不能になったら現実で死ぬんだぞ」
「ウソ? マジ?」
五人はひとまず町の門まで戻り状況を整理した。この世界はゲームを触媒とした異空間で、仕組みはこれまでの罪源とほぼ同じ。必ず核が存在するという。
パソコンを用意し、姿の見えないマモンに疑いの目がかかったが、彼とイリス様がいうにはマモンの魔力は感じないという。
「……核は必ず存在する。一番安全な場所に」
「ゲーム内で一番安全な場所……そうか。だがそれじゃ」
「……辿り着くのはまず無理」
「どういうことです?」
「この空間の主は核に誰も寄せ付けたくないはずだ。なら一箇所しかない。攻略不可能に近いラストダンジョンの最深部だ。僕らのレベルでは近づく事も出来ない」
「あたしはお前たちとは違う。見ろ! レベル四だ!」
「妾も既にレベル三じゃぞ。どうじゃ!」
二人の得意げな表情に無慈悲な言葉が添えられる。
「……ガイドブックによるとラストダンジョンはレベル三百推奨。ランカークラスでもまだ五十。何年かかるかわからない」
「一体どうすれば……」
「……問題ない。念のためサーバーをハッキングしておいた。私の画面はゲームマスターと同等の権限を持っている」
彼は呆れた目でイリス様を見下ろしていた。キャラ作成時に大人しかったあの時にハッキングしていたと思われる。
管理者権限操作により私たちのレベルは上限まで上げられ、装備は全身レア級のモノへと変わった。
「行きましょう。魔王城へ」
地面から光の円柱が現れ輝く。
「……空間転移魔法を使う。円の中に入って」
初心者のマップから一気に魔王城の前へ辿りついた。魔王城最深部は管理者権限でもワープは出来ず、それはここがゲーム内仕様とは別の空間であることを意味している。
最深部へ向かうには入り口より進入し正当な攻略をしなくてはいけない。
城の門前にはガーゴイルが二体。ワニの頭骨のような頭部に前へ突き出た長い二本の角、体は異様に細くしゃがんだ状態の四足で立ち、手足の爪は鋭く背中には蝙蝠のような羽を生やしている。
「あたしに任せな」
ティア様の鋭い目が赤く輝き、その表情は獲物に飢えた獣のように雄々しい。単独で二体のガーゴイル目掛けて駆けると高く飛び上がりランスを振り下ろした。それに気づいたガーゴイルは岩のような皮膚の両腕で防御したが腕諸共へし折り身体ごと真っ二つにした。
間髪入れずにその瞳は次の獲物を捉え薙ぎ払う。最初の一体の犠牲で出来た僅かな隙を活かし鉄のような爪で対抗するモンスター。
「ヒャハハハハッ! そらそらそらぁぁあ!」
敵を弄ぶ無慈悲な斬撃は左右の腕を斬り落とし、そのまま首も斬り飛ばした。
首から黒い血液を噴出させ、血の雨を浴びる彼女の表情はとても潤っている。
「ふぅ……ご馳走様っと。中に入ろうぜ」
彼女は浴びた体液をぺろりと舐めた。
「どっちが悪役だかわからんな」
門を潜ると赤い絨毯が敷かれた長い廊下が続いている。目視では敵は確認できない。魔王城の廊下を進んでいると両端に飾られていた黒い鎧が動き出し襲い掛かってくる。
「私が左をやります」
こちらの剣と黒騎士の剣がぶつかる。イリス様に受けたレベル補正のせいか思ったより軽く、力を込めると最強クラスの敵兵を軽く吹き飛ばしバラバラにした。
もう一方の鎧に目を向けるとティア様によって既に残骸にされていた。
魔王城は一本道で、道中に現れる敵をどんどん倒していくステージだと思われる。その後も禍々しいモンスターが次々と襲い掛かってくるが我が軍の進撃は止まらない。
しばらく進むと天井から見たこともないモンスターが降って来た。人を基盤としつつも全身の皮はなく肌は赤黒い、顔は人の頭骨に筋肉がついた程度と不気味で、鋭い牙に鋭い爪、尻尾が生え四足歩行のトカゲのようなヒトガタモンスター。
「いいねぇこういうきもちわるい奴をグチャグチャにしてやるほうが萌えるんだよな……はぁはぁ」
何の躊躇もなくその一匹に飛び込んだティア様はその奇怪なモンスターを瞬殺した。
「ティア! 上だ!」
彼の声に天井を目を向けると先ほどはいなかったその奇怪な化け物が無数に張り付いている。天井にある通気口らしき場所から現れている。その数は百を超える。
「な……キャハッ、いいじゃねーか! 来な! 化け物どもが!!」
次々と天井から襲いかかる数え切れないほどの化け物。それを片っ端から斬り捨てていく。
「この物量は危険です。私たちも行きましょう」
「やっと妾の出番じゃな。全て彼奴が倒してしまうんじゃないかと心配しておったぞ」
アリスの操る人形はその可愛らしい容姿とは裏腹に両手から無数の凶器を花束のように露出させ化け物を惨殺していく。彼も取り逃がしこちらに溢れて来る固体を撃ち殺していく。
私はアリスに近づく奴らの排除で精一杯でティア様にはとてもではないが近づけず、彼女はどんどん化け物に囲まれていく。
「ティア! 一旦下がれ!」
「っちぃ! こいつら! はぁはぁ、無茶言うなよな! 守りに入ったら食われちまう。っく!」
さすがのティア様も圧倒的物量でやられるのは時間の問題だった。
後ろが眩しいと思い目をやると大きな白い魔方陣が空中に浮かび、そのまわりを小さな魔方陣が八つ、円を描くように回転していた。
「……ジャッジメント」
その魔方陣から極大の白い光線が前方にいる全ての敵を蒸発させた。味方にはダメージ判定のない全体攻撃。数え切れない化け物は一瞬で一匹残らず殲滅された。
「な、なんだそれ。もうチートじゃないか……」
「……発動に時間がかかるのが難点」
「あ、あれくらいあたし一人でなんとかなったんだからな」
その後も敵を倒しながら進み、ついに最深部へ到着した。十メートルはあろうかという巨大な二枚扉がそこにはあった。
「この奥には核がある。僕の左目がそう言っている。だが守るのは間違いなく……」
「ボス級クラスのモンスターですね」
「心配すんなよな。あたしが一撃でぶっ倒してやっから」
重い扉を押し開けると、柱がある神殿のような場所。室内とは思えないほど広い。頭上もとても高く真っ暗で天井は見えない。
私たちが数歩進むと扉は閉じ、部屋中の松明が次々と燃え始め、室内を照らし出していく。そして数十メートル向こうにそれは姿を現した。
身の丈五メートルはある、人型で肌は灰色、腕は四本、耳元まで裂けた口からは無数の鋭利な歯が生え鼻はなく、額に赤い眼球をいくつも持った怪物が。武装は四本の剣。幅の広い鉈のような無骨なそれは人間よりもでかい。
「あいつ……核だ。あの化け物自体が核になってやがる」
「妾の人形が気を引く。倒すのはお主らに任せるぞ」
アリスは異なる五体の人形を呼び出した。それは簡素な木製人形だったり、球体人形だったり、カボチャ頭の愛らしいものもある。
「あなたはイリス様とアリスの護衛を。私とティア様二人で攻めます」
「ま、でっかいし半分は譲ってやんよ」
正面から私たちが突撃すると、すぐに反応しその巨大な武器を振り下ろしてきた。それを退けると、その動作を予想していたかのように肩から生えた腕の薙ぎ払い攻撃が私たちを襲う。
回避する余裕はなくそれを受け止める私とティア様は背中合わせになった。
「っちぃ、なかなか重いなこいつの剣」
アリスが操る五体の人形が一斉に怪物に襲いかかり、それに気をとられたのかこちらから剣を引き人形に向けて剣を振り回し始めた。
「……ホーリーチェイン」
怪物の周りの空間からいくつかの白い鎖が現れ両手を拘束した。
「撃ち殺せ、シルバーバレット」
彼の銃から次々に放たれる銀色の弾丸が怪物の頭部を集中的に命中する。その攻撃は効果があるようで悲痛に苦しむ雄叫びが響く。
「グルゥゥウウビャァァァア!!!」
鎖で拘束されていない腕の一本をティア様が切り落とし、残りの一本はアリスの人形が破壊した。
いける、これなら。
私も盾を捨て剣を両手で強く握り、渾身の一撃を叩き込むべく怪物の懐に飛び込んだ。
「はぁぁぁああ!!」
剣は怪物の腹に突き刺さり、先ほどよりも大きな雄叫びをあげた。
「……内部から高出力のエネルギーを感知。離れて」
「フローラ、ティア離れろ!」
私が距離を取ろうとしたその時、怪物は鎖で繋がれた右腕を、自分の手首を引きちぎって振り払うと、手首のないその右腕で私を殴り飛ばした。
「うあぁああ」
ライフポイントを三分の一もっていかれ、状態異常【痺れ】になってしまい動けない。怪物がその大きな口を開くと喉の奥から光が見え、レーザーを打ち出した。
しまっ……。
それを私の眼前でティア様が槍で受け止めた。
「あ、ありがとうございま、す……ティア、様?」
武器の耐久度が尽きたのか、亀裂の入った彼女の槍は砕け、地面に落下すると同時にカシャンと儚い音を立てながらガラスのように四散した。四散と同時にそれは小さな光を放ちながら消散する。パーティーメンバーの一覧から見れるティア様のライフポイントはゼロになっていた。
「ティア!」
「っへへ…………ちょっと頑張りすぎ、た……かな」
彼女は満足気な笑顔を見せて、その体を光の粒子へと変えて消滅した。




