学園
強欲の核を破壊した私たちの功績は協会でも考慮され、ティア様を経由して新たな指示を受けた。
協会が目をつけたのはここ最近増え続けている不登校の生徒たち。
不登校だけならそれほど珍しい事ではないのだが、確認されているその件数が尋常ではないのだ。そして不登校が増え始めた時期と、彼らが罪源の核を破壊し始めた時期が一致していたらしい。
内容は都内の高校への潜入調査。私とイリス様は転校生として同じクラスに配属されることになっている。
本来ならば彼の片腕として補佐しなければいけない身、しかし彼らは快く私を見送ってくれた。
私が孤児で通学というものに憧れていた事に気を使ってくれたのだと思う。
今、私はイリス様の後ろについて廊下を歩いている。その前を歩くのは私たちの担任になる先生。三十代でありながら美しいスタイル、胸も大きくメガネが大人の魅力を引き立てている。
イリス様の制服姿もとても可憐で、私もちゃんと着こなせているのか不安な心境で廊下を進んでいた。
他のクラスは既にホームルームという作戦会議に入っているらしく廊下に生徒はいない。それでも教室の横を通るたびにたくさんの話し声が聞こえてくる。
「ここが君らの教室だ。私に続いて中に入ってくれ」
若干勇ましい口調、それでもどこか優しさを感じる。
先生に続いて教室に入ると、三十名程度の生徒たちが珍しそうな顔で私たちを見ている。
『すげぇ金髪だぜ』『天使みたい』『あっちの子は銀髪よ』『かわいい』『海外の人?』『転校生が一度に二人も?』
生徒たちが口々に話し、その全てを聞き取る事は困難。これが話に聞いていたリスニングテストに違いない。私もまだまだ修行が足りないようだ。
「みんな静かにしたまえ。今日からこのクラスに転校してきた二人を紹介する。ではまずは君から」
「……イリス」
『うぉー声もかわいい』『愛想のないところがお人形みたいで素敵だわ』『イリスちゃんまじ天使』
ただ一言放ったイリス様の、その独特の雰囲気に魅了される生徒は少なくないようだ。迫る自分の自己紹介に少し緊張しながら先生の指示を待った。
学校生活に馴染めるかどうかはこの第一印象にかかっている。ごく自然に、威厳を持って振舞わなければ……。
「はいはい静かに。次の子が困ってるだろ」
「私はフローラ・アグリコラと申します。イリス様の補佐として、危険因子は残らず排除してみせます」
しばしの沈黙が続き、クラスメイトたちの表情は引きつっている。
この空気は一体……私は何か変な事を言ったのだろうか。そんなはずはない、学校というのは一般人が生きる術を身につける施設と聞いている。これぐらいの決意表明はむしろ好感が持たれるはず。
「まぁ二人は仲良しって事だ。みんなも仲良くしてくれ。君らの席は窓側の空いてる席だ」
後で知る事になったのだが、私はとんでもない勘違いをしていたらしい。学校は肉体的な生きる術ではなく、学歴による社会的な力を磨く場所だった。私は初日から失敗してしまった。
私が教室の一番後ろ、その前をイリス様になった。教室を見渡せるこの位置は協会の配慮。そう、私たちは調査のためにここへきたのだから。
クラスは通常三十人前後、しかしこのクラスには二十人程度しかいない。状況は思ったよりも深刻なようだった。
休み時間、イリス様の周りには人だかりが出来ていた。男女問わず人気がある。
『ねぇねぇ』『それ地毛?』『好きな食べ物は?』『バカそれをいうなら好きなタイプだろ』『いい匂いね。香水使ってるの?』
イリス様はほぼ無口で、首を縦に振ったり横に振ったりが主な対応だったが、とある質問に対しては違う反応を示した。
「好きな本は?」
「……ロミ男とジュリ夫」
「え? なにそれ?」
「……『ロミ男、どうして君はロミ男なんだ。神はどうして世界を男女に分けたんだ』『ジュリ夫、気にする事はないさ。例え世界が僕らを見捨てても、僕は君を見捨てたりはしないさ。そう、性別なんて取るに足らない。真の愛の前に性別など粗末なものなのさ』」
イリス様が坦々と呪文のように語り続ける中、休み時間終了を告げる鐘が鳴り、妙な空気のまま各々は散らばっていった。
一日目が終わって帰宅中、制服が引っ張られる感覚に目を向けるとイリス様が掴んでいた。
「どうしましたか?」
「……焦らなくても大丈夫」
「べ、別に私は、何も」
家につくと彼らは相変わらず慌しくしていた。
「おぉフローラ! 学校はどうじゃった? 我ももう少し老けていれば行けたのじゃがなー」
「え? ええ、まあ……」
「ん、帰ったか。なにかあったのか?」
「いえ、慣れない環境に少し疲れただけです」
「そうか、早く馴染めるといいな」
私は学生として上手くやっていけるのだろうか。彼らに無理を言ってせっかく通わせてもらったというのに……。
翌日も通学は続き、授業が進められていく。休み時間、相変わらずイリス様は人気がある。その独特の雰囲気が魅力になっているらしい。対して私はいまだに馴染めずにいた。
午後は体育という戦闘訓練が行われ、教官の指示は残酷なものだった。
「はい二人一組になって──」
好きな人と自由にペアを組むのだが、そこは指定していただきたかった。好きな人……イリスさ……彼女は他の女子たちの取り合いになっている。
まずい、このままでは……。
「あ、あの、よかったらわたしと組みませんか?」
声をかけてきたのは同じクラスの竹花紫乃。いつも笑顔で、私とは違い相手がいないというわけでもない。
予想もしなかった事態に無愛想に返事をしてしまう。
「なぜですか?」
「ご、ごめんなさい。わたし海外の人に憧れてて、お近づきになりたいなって……」
私に初めて同世代の友人が出来た瞬間だった。彼女はとても女の子らしく、私がいた世界では見られないタイプだった。
その日の放課後、帰り道が同じ方向で途中まで一緒に帰宅することになった。
「そちらの方も日本人ではないんですよね? そんな綺麗な髪の人日本にはいないですもの」
「え、えぇまぁ、確かにイリス様は国外の方ですね」
「最初は物騒な事を言い出すから恐い人なのかな? って思っちゃってなかなか声をかけづらかったの」
「申し訳ない。学校というものは初めてでまだ要領がよくわからず」
「え? でも転校生って事は前の学校は?」
いけない。うっかり口を滑らせてしまった。
「あ、ううん。話せない事ならいいの。きっと訳ありなのね」
数日後、私たちのクラスに本当の転校生がやってきた。
「はい皆静かに。また転校生を紹介する」
耳より上で結ばれたラビットスタイルの長い髪は左右対称のロングツインテール。
「私はアブディエル。好きなモノよりも嫌いなモノの方が多いわ。よろしく」
可憐な声はどこか刺々しく、不思議なオーラを纏った少女の目はどこか虚ろで、まるでこの世の全てに愛想が尽きたと思わせるほどに冷め切っている。しかしその容姿も可憐で美しく周囲の反応を見ればその見立てが間違いではないことを裏付ける。
当日から彼女の万能さには目を覆いたくなるほどだった。容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群、周囲からの評判も良く人付き合いも上手くこなす、これが本当の転校生……新米学生の私とは全然違っていた。
それから数日後、最近彼女は授業中に居眠りをするようになった。それになんだか顔が疲れているように見える。
「お体の方は大丈夫ですか? 最近疲れてるようですが」
「え、うんうん。ちょっと寝不足なだけ。大丈夫だよ」
「寝不足は大敵です」
「ちょっとゲームにハマっちゃって。あはは……」
そんなある日、彼女は突然学校へ来なくなってしまった。先生の話によると、電話で両親からしばらく休むとだけ連絡があったらしいが、クラスには体調不良と説明されている。
私たちは帰りに彼女の自宅へ尋ねてみたが、両親に拒まれてしまい面会も許されなかった。不登校の件もあり、彼女がそれに巻き込まれた可能性も否定できない。
──放課後さっそくティア様に相談した。彼女の人間性を伝え、今回の件との関連性を説いた。
「不登校になる前に彼女はゲームにハマっていたと言っていました。その事で協会に調査を依頼したいのです」
「おーもう手がかり掴んだの? ならあたしに任せな。あたしが指示を出せば協会の奴ら必死にがんばるかんな。キャハハ」
日本支部へ一旦戻ったティア様は翌日の昼に戻ってきた。
彼女が取り出したのは一枚のゲームディスク。
【デッドアート・オンライン】と書かれている。どこかで聞き覚えのある剣を題材とした作品と酷似しているのは気のせいだろう。
「なんですこれは」
「感謝しろよな。技術部の連中に徹夜で作らせたんだ」
このゲームが今中高生の間で流行っているモノで、生徒が不登校になった原因の可能性が高いという。
その理由はいくつかあり、一つはこのゲームが出回った時期と不登校が増え始めた時期が重なる事。それに伴いこのゲームが国外ではなく不登校が増えている日本でのみプレイ出来ること。
二つ目に流行るだけの魅力、需要を喚起する力が見い出されない事。その代表ともいえる独特のゲームシステムはゲーム内での死亡は現実のそれと等しく、一度でも行動不能になればそのアカウントは消滅する。
三つ目に前提を踏まえた上であってはならないやりこみ要素。通常のネットゲームとは比較にならないほどレベリングに時間がかかり、にも関らず行動不能になればその労力は全てが無に帰す。そんなゲームが流行るのは到底考えにくい。
「それで、一体どうすれば」
「まぁ慌てんなって。ここまで調べても本当にこれが原因かはまだわからない。だからこのディスクは技術部の特別製なんだ」
協会の技術部が徹夜で作成したこのディスクを使ってゲームにログインすると、他のプレイヤーのキャラネームを本名に変換して表示させる事が可能らしい。ゲーム内に接続し不登校リストと照合すれば信憑性の高いデータを集められる。
私は居間でアリスとチェスをする彼に尋ねた。戦況はアリスに有利、相変わらず彼はゲームに弱い。
「この家にパソコンはありますか?」
「ん、一台あるな。どうしたんだ」
「ぱそコンとはなんじゃ? 何かのコンテストかの?」
彼に事情を説明しディスクを渡すと、裏面の仕様を読むなり困った表情をしている。
「ネットゲームか……うちのオンボロじゃ無理だな」
「ゲームとな? 我にもやらせるがよいぞ!」
カラスが羽ばたいたと思うと無数の黒い羽を散らし、そこから仮面の男マモンが姿を現した。羽は地面に落ちると初雪のように消えていく。
「私にお任せください。お嬢様に不自由させるわけにはいきませんので」
マモンの指示に従い空き部屋を与えると、一人部屋に閉じこもり数分が経過した。
「お待たせしましたお嬢様」
彼が出てくると五台のパソコンが置かれていた。背中合わせになった二台が隣り合うように二列に並び、残りの一台はその横に四台を見渡せるように設置されていた。
「なにやら見慣れぬ機械が並んでおるのう」
「な、何をしたんだお前」
「造作もありません」
若干呆れ気味に問う彼に謙遜しながらそう答えるマモン。そこにティア様もやってきた。
「何これ何これ! ってかあんた誰」
お昼ということもあり一先ず昼食を取ることとなった。




