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原罪の破壊者 -魔弾の射手-  作者: 四童子 薫
煢然たる亡霊
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無垢


 スチュアートと洋館前で別れた僕らは近くでタクシーを捕まえる。ごく普通のこの光景に過剰反応する者が一人。

「なんじゃ! この馬車は馬もいないのに動いておるぞ! お主が呼んだのか? やはりお主奇術師の類であったか!」

 数百年封印された少女の好奇心は目を輝かせながら猛威を振るっていた。

「これは自動車というモノですよ。馬車に代わる現代の移動手段の一つです」

 僕が廃墟の内部から見た外の景色から察するにアリスは外界からの情報を全く得れなかったんだろう。

 人数が当初より増えてしまったが、僕が助手席、後部座席中央にフローラ、窓側にアリスとイリスが座る。マモンはカラスに擬態したままだ。

 タクシーでそう遠くはない場所にある飲食店まで移動しているのだが少女は目に映る景色のほとんどに反応を示していた。

 それを飽きもせずにフローラが一つ一つ説明している。二人とも金髪ということもありこう見ると姉妹のようだった。


 目的地の飲食店に到着しても少女は好奇の眼差しでいた。

「お、お主ら、人様の家に無断で上がり込んでよいのか」

「ここは飲食店といってお客が食事を楽しむお店なんです」

 マモンの話によれば生前はベッドから立ち上がる事も出来なかったと聞く。そんなアリスには外食という概念すらなかったのだろう。

 彼の願いを最初に聞いたときは大袈裟だと思っていたが、こんなモノを見せられては僕がしようとしていた事に罪悪感すら感じてしまう。

 店内に入り席に案内され、メニューに見入る。それには写真がついていてアリスにはぴったりだった。

「お前は食わないのか?」

 カラスに向かってそう尋ねる。しかし返事がない。この状態では話せないのだろうか、と思っているとなぜかフローラが返事をする。

「どうやら彼らには生存に食事を必要としないようです」

「ん、いつの間にそんな事知ったんだ」

「何を言っておるのじゃ? 今マモンが答えたばかりではないか」

 その言葉をすぐには理解できなかった。彼女らの話によれば、カラスに擬態したマモンは人語を話す事が出来ないらしく、契約者である二人にのみ脳内に直接意思疎通を諮ることが可能らしい。

 メニューを凝視していたアリスの動きがぴたっと止まり、王手をかけるかの如く指を刺す。

「これじゃ! わらわはこれに決めたぞ!」

 その料理に妙に納得してしまう僕らがいた。どんなに長い時間を生きても箱庭で育つと成長しないのか。あるいはこの無垢な心がマモンの守りたかったものだというのだろうか。

 そんなやり取りに和みながら、僕らは無難なランチを選択する。

 間もなくしてアリスのそれはやってきた。

【お子様ランチSP】大きなプレートにはチキンライス、オムレツ、ハンバーグ、デザートなど、お子様に大人気なメニューが彩り豊かにちりばめられ、隅には申し訳なさそうにサラダが付属する。店内で一際目を引くチカチカ輝く花火が刺さった特別仕様。もちろん忘れちゃいけない、女の子用には掌サイズのぬいぐるみも付属する。

「な、なんという華やかさじゃ。これを全部妾が? よいのか? よいのだな?」

 幼いくせに、遠慮を知ってるアリスはなかなか手を出せずにいる。そんな様子をカラスに擬態したマモンは見つめていた。気のせいかその目は娘を見る父のような慈愛に満ちた目をしている、そんな気がした。

「今日はあなたのためにここへ来たんですよ。彼もそれを望んでいます」

 そんないい雰囲気の横で、イリスはいつもの無表情でモグモグしていた。

 世界を浄化する、そのために僕はこの光景を無に帰すところだった。何が正しいのか少し考えさせられる。

「ほっぺにご飯粒がついていますよ?」

「む?」

 ご飯がついていない逆の方を拭うアリス。

「ほら、こっちですよ」

 微笑みながらそのご飯を取ってやるフローラ。もしかすると彼女がアリスを救いたかった理由の一つは、同じく家族の居ない少女に自分を映し見たのかもしれない。さっき姉妹のように見えたのも頷ける。


 昼食を終え、一段落し宿に戻る。気づくとお子様ランチについていた兎を模したぬいぐるみは大きな安全ピンでアリスの服に括り付けられている。フローラだな。

 宿のロビーで頭を下げながら電話をするスチュアートを見かける。見るからに仕事の電話だろう。

 電話を終えると僕らに気づき歩み寄ってくる。

「お帰りなさいませ。帰りの手配が済みましたので明日の昼には出発できると思います。一応マモン様の席も確保しておきましたが、そのお姿で戻られるかどうかはお任せします」

「ありがとうございますスチュアート。あなたもお疲れ様でした」

「いえいえ、戦いに向いていない自分にはこれぐらいの事しか。今晩の部屋も五人分をご用意いたしましたので」

 至れり尽くせりとはこの事か。

 ロビーでその程度の打ち合わせを済ませ各々部屋へ向かう。部屋の前でなぜかアリスはフローラの服を手放さない。

「どうしたんですアリス」

「べ、別にどうもせんぞ」

 ずっと一人だったのなら無理もないか。

「フローラ、イリス、頼んでもいいか」

「……この子はずっと孤独だった。あなたも居てあげて」

「いやそれは」

「そういう事なら仕方がありません」

 五つも部屋を取りながら結局全員同じ部屋で休む事となった。幸い元々広い部屋で窮屈に感じることはない。

 トイレは部屋の外にあるため、僕は部屋から出るとドアの前に立つ怪しい男がいた。

「な、何してるんだ」

「いついかなる時も我が主とお嬢様を守らなければなりません。不審な者が現れた時に備え待機しているのです」

 気づけばいないと思えば。マモンだった。大丈夫だ。不審者は明らかにお前だ。


 その夜、皆が寝静まった部屋。月明かりが差し込む窓際のソファに座りながら物思いにふけっていた。

 強欲の核では役に立てず、歩香ほのかを救う方法も見つけられず、少女の命まで奪うところだった。

 力が足りないのか、覚悟が足りないのか、ダメだ、わからない。

「何をしておるのじゃ」

 少女の声に振り向くと、純白のネグリジェを着たアリスが目に入る。

「お前こそ。一応今は生身なんだろ。寝ておけ」

「いい年をして恥ずかしいのじゃが、この新しい環境に興奮して眠れないのじゃ」

 月明かりに照らされた少女はどこからどうみても子供とはいえ大人の気品を漂わせる。月光は少女の本質をも照らし出したというのだろうか。

「悩み事か?」

「さぁ、な」

 そう言い放ち再び窓の外に目を向けていると、優しい感触が頭を撫でる。

 少女はその幼い顔に似合わず、母性に満ちた表情で僕の頭を撫でていた。

「何を驚いておる。こう見えても妾は立派なレディーじゃぞ」

 目の奥から忘れかけていた感覚を覚えほんの少し目が潤った。

 優しくされた嬉しさと、少女を犠牲にしようとした罪悪感に襲われた。

「なぜだ。僕は……お前を消そうとした男だぞ」

「詳しい事情は知らぬ。じゃがもしもお主がどうしようもない人間ならば、あの二人も傍におらぬはずじゃ。それに、妾はちゃんとここにおる。お主らは妾を救ってくれた、それもまた事実じゃ」

 焦りと不安から僕は大切なものまで見失っていたのかもしれない。


 辺りはうっすらと明るくなり始め、小鳥たちがカンタベリーの朝を知らせた。

 結局、昨夜は一睡もしていない。アリスに励まされた後はホテルのロビーで読書をしていた。

 そこへ彼女たちと一羽がやってきた。合流し食堂へ向かう。

「何か探していますかアリス?」

「うむ? 料理が描かれた紙はどこじゃ?」

 そうか。アリスは昨日のレストランしか知らなかったんだな。

「ここはバイキング方式と言って、自分が食べたいものを自由にあそこから持ってくるスタイルなんですよ」

「なんじゃと。あの山のように盛られた料理を好きなだけ取ってきても良いとな?!」

「あー残すのはマナー違反で、もし残したら恐ろしい刑罰を受けることになるぞ」

 ちょっとからかうつもりがアリスは小動物のようにビクビクしている。

「いじめないでください。大丈夫ですよアリス、確かにマナー違反にはなりますが罰せられることはありませんので初めての今日は気楽にいきましょう」

「お、お主! 妾をたばかりおったなっ」

 フローラは僕に対し怒っているアリスをなだめ二人で料理を取りに行った。

 ふと気づくとイリスがじっとこちらの顔を見ている。

「ど、どうした」

「……眠れてないの。顔色、良くない」

 余計な心配をかけたか。

「大丈夫だ。帰りの飛行機で寝るつもりだ」


 朝食を済ませた頃にはスチュアートが迎えに来ており、空港までは不自由なく辿り着いた。

 飛行機を目にしたアリスの反応は言うまでもない。飛び立つ前の轟音に、先ほどまで期待に胸を膨らませていたアリスの顔は恐がり引きつっている。実に面白い。

「だ、大丈夫なのか? このままじゃバラバラになってしまいそうじゃぞ?」

「飛行機とはこういうものなので安心してください」

「まー稀に爆発炎上、墜落全壊とかニュースで見るけどなぁ」

「やはり無謀だったんじゃ! 人が空を飛ぶなど! 降ろせ! 妾はまだ死にとうない!」

 空を飛ぶ事に興奮気味だったアリスだが、いざ離陸すると案外陸地と大差ない状況にすぐに飽きたようだ。

 結局マモンはカラスの姿のままだ。鳥が機内に居られるのはもちろん背後にいる協会のおかげだ。気分的には眠れはしなかった。それでも人間の身体は強欲なものでやはり眠らなければいけないらしい。

 僕が目を覚ましたのは日本についてからだった。


 数日振りに見る我が家。まさか人数を増やして帰宅するとは思わなかったが。

「これがお主の家か? なんじゃ、我の国と似た建物じゃな」

「そっち方面がモチーフだからな」

 空き部屋が多いのは幸いだった。四人と一羽でもなんとかなりそうだ。日本支部への報告はスチュアートがほぼ済ませており、日本支部に僕らが報告にいくのは後日でもいい事になっていた。スチュアートはこちらの旅疲れまで配慮したのだろう。

 最初は余所余所しかったアリスもそのうち慣れ、各々自由に過ごし始める。僕も本の続きを読みながら休息していると正面ドアを叩く音が聞こえ、それを同じく聞いていたフローラと共に警戒しながら正面玄関へ向かった。

「遅い! あたしを孤独死させるつもり?!」

「ヘルヴェティア様?」

 ティアだった。しかも孤独死を間違えて理解しているなコイツ……。

「どこの兎だ。例え兎だとしても寂しさで死ぬなんて迷信だがな」

 彼女の赤い瞳は兎の目に見えなくもないが、性格はどうみても獅子の類だろう。

「イギリス本部からお前らが帰るって聞いたからあたし一人でこんな田舎まで来てやったんだ! 少しは感謝しろよな!」

「もしかしてお前、迷子になって心細かったのか」

「そ、そんなわけないじゃん。寝言は寝て忘れろよな」

 急にテンションを下げやがった。図星か。それにしてもこいつの日本語は所々おかしい。

「ヘルヴェティア様、日本支部の方を離れても平気なのですか?」

「ティアでいいって。あたしらの仕事は神の意思を伝えて協会を管理下に置く事が主だったかんな。後は協会の連中だけで上手くやれると思うぜ?」

 確かにこいつに事務作業までやらせるのは酷な話か。

「で、いつまであたしを外に出しておくつもり?」

「あ、はい。私が案内しますティア様」

 僕らが支部へ行かずに済むように出向いてくれたのか? スチュアートじゃあるまいしティアにそこまでの配慮が出来るとは思えないが。

「よぉイリス。今回も上手くやったみてぇだな」

「……最初から彼女らに敵意はなかった。運が良かっただけ」

 アリスとティアはその性格もあり初対面から仲がいい。しかし当然ティアの目はカラスの本性を見抜いていた。彼女の鋭い赤い目が獲物を見つけた肉食獣のような殺気を放つ。

「こいつが話に聞いた変人か。思ったよりカワイイ姿してんな」

「お主知らんのか? マモンは変身できるのじゃ。ちゃんと人型にもなるのじゃぞ」

「ウソ? すげー」

 思ったよりも平和で何よりだ。

「で、一体何の用件だ」

「んだよ冷たいなぁ。上の判断で優秀なあんたたち指定の一件を預かってきたんだ」

 ティアの話によると、ここ最近中高生の不登校が増えているらしい。そこまでならただのニュースで済む話だ。しかし尋常ではない数で今も増え続けており、その現象が起き始めた時期と僕らが楔を壊し始めた時期が一致しているのだとか。

「まあこれは協会の調査部が調べて出した仮定に過ぎないんだけど、核が壊された事で他の罪の守護者が活発化してるんじゃないかって話だぜ?」

「それで私たちにはどのような指示がされたのです?」

「ほれ」

 ティアは封筒を取り出した。

「これは?」

「入学届。実際に入学して調べてこいだってさ」

 フローラはその言葉に目を輝かせていた。

 ……学校、か。


「指定されたのは神の目を持ちつつ学生と近い年頃のイリスだけどぉ……」

 ティアがそう話しているとフローラが見る見るうちに落ち込んでいく。

「ま、まぁ協会の力があれば誰が何人潜入しようが大丈夫だけどな!」

 以外にも空気の読める奴だった。潜入には神の目を持つイリス、その補佐にフローラで決まった。人員が増えた事により僕はマモンを護衛に自宅待機で問題ない。

「わざわざ悪いな。途中まで送ってやるよ」

「別に気にすんなよな。ん? あぁ、ちょっと忘れ物」

 玄関を出たと思うと大きな荷物を手に再び室内へ戻ってきた。

「で、どこがあたしの部屋?」

「何言ってんだお前」

「は? ここは無償で住まわせてくれる宿だってリリスに教えてもらったんだけど」

 あいつ……。

「まさか行く当ての無いか弱い少女を見捨てるつもり?!」

「こちらですよティア様、まだ空き部屋があります」

「おう。さんきゅー」


 神の使者が二人、堕天使一人、幽霊一人、協会騎士一人、異能者一人による生活が始まった。

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