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原罪の破壊者 -魔弾の射手-  作者: 四童子 薫
煢然たる亡霊
15/36

強欲


 少女に案内された部屋は何の変哲もない一室の扉。

 僕がドアノブに触れると鍵も掛かっておらずドアはキィーっと音を立てて開いた。

 特別広くもない小部屋にはブルーに輝く振り子をもった古時計と、シングルベッドが一つ。

 ベッドの上には白骨化した金髪の少女の遺体が横たわっていた。


「イリス様、これはまさか」

「おそらく我の身体であろう。じゃからここへは来たくなかったんじゃ」

「そうか」

 僕は少女の頭にポンと手を乗せながら、心中を察した。

「な、撫でるでないっ。我はっお主の何十倍もの時を過ごしてきたのじゃぞっ」

「……その時計が罪源の核」

 部屋の窓から一匹のカラスが飛び込み、時計の上にとまった。

「強欲の守護者、マモン、か」

 イリスのように空間に侵入しただけで情報を収集できるほどではないが、僕の左目も対象を間近にすればそれぐらいは知る事が出来るようになっていた。

 カラスがそこから飛び上がると、無数に分裂しその場にいた全員に向かい飛んできた。

 条件反射でそれを腕で防ごうとする動作により一瞬カラスから視線を逸らすと、時計の前には一人の男が立っていた。

 彼は黒い執事服に身を包み、カラスを模した仮面を被り、腰位置ほどの杖を手に抗う様子もなく静かに立っている。

「流石、名乗る必要もありませんね」

 落ち着きと、気品と、キレのある男前な声だった。

「お主は誰じゃ?」

 どうやら少女も初対面のようだ。フローラは腰の剣に手を添え、僕も警戒し銃を構える。

「マモン、包み隠さず用件を言うが、僕らはお前を消しに来た。だがその前に答えろ。なぜこの子を監禁しているんだ」

「……少し、長くなりますが、最後までお付き合いいただければ幸いです」

 仮面の男は静かに語り始めた。


「九世紀頃、とある貧しい農夫が畑仕事中に青い綺麗な石を掘り出しました────」

 その石は三百カラットもある大きなブルーダイヤモンドの原石でした。農夫はこの石の真の価値を知っていたか否か大切に保管していました。

 原石を手に入れてからは全てが上手く行き、食事に困ることもなく充実した生活を送っていました。

 しかし、当時の軍が攻め入り農夫からその石を略奪したのです。そのとき農夫は抵抗しその青い石を持って放さなかった為その手首から切り落とされ、多量の出血で農夫は死にました。

 遠征部隊の隊長はこの青い石を国に持ち帰り、王に献上したのでした。


 原石は研磨され、二百カラットの宝石になりました。その後この国は勢力を強め、周辺の国々を次々に支配していき、巨大な帝国となりました。

 しかし敵を増やしすぎたこの王もまもなく暗殺され、宝石は略奪の輪廻に見舞われ、数多くの所有者を点々とすることになりました。

 この宝石は数多くの人々をその魅力に取り憑かせて来ました。


 十五世紀の事、それはインドの大寺院にある仏像の青く美しい瞳になっていました。

 欲に目が眩んだのか、フランスの宝石商はそれを盗んでしまったのです。

 宝石商はその盗んだ宝石をフランスに持ち帰りました。

 それを時のフランス国王が噂を聞きつけ買い取り、宝石商は大金を手に入れました。

 国王は大そう喜び、その宝石商に爵位まで与えましたが、その後その宝石商は間もなく野犬に襲われ命を落としました。国王は天然痘にて命を落とすことになります。

 国王が亡くなった後、その宝石は次の王に受け継がれることになり、その王妃の身を飾る事となりました。

 国は大きく躍進しますが悲劇は訪れます。フランス革命が起こり、この宝石は革命の混乱の最中に行方不明になりました。


 十年ほど経ち、行方不明になっていた宝石が現れます。

 ある男がオランダの宝石商の元に持ち込むのです。その宝石商で宝石は新しい装飾がなされました。

 しかし新しく生まれ変わった宝石は、その男の手に戻ることはありませんでした。

 宝石商の息子が盗んだのです。息子は盗んだ宝石を密かに売却しました。その後、その息子は狂死。売却した相手も変死したのでした。それではまだ収まらず宝石商も自殺したのです。

 次に宝石が姿を現したのはロシアでした。

 ロシアの貴族が所有することになったのです。このロシアの貴族も例外なく不幸に見舞われその最後は射殺されたのです。

 その後もまた行方不明になりイギリス、ロンドンにその姿を表しました。その所有者はイギリスのとある実業家でした。ですが彼もその宝石を手に入れた数日後落馬にて命を落としました。


 いつしかこの宝石は呪いの宝石と言われるようになりました。


 実業家の死後、彼の遺品であるこの宝石はロンドンのオークションに出展されました。

 誰もがこの宝石の呪いは知っており、入札をする命知らずなどいないと思われましたが、それは競り落とされました。

 競り落としたのはロンドンに住む男性でした。

 多くの人がその男の人生に注目しました、そしてその多くの人の期待に答える人生となったのです。

「────彼の死をって」

「人の欲望を掻き立て、強欲を露出させる宝石。つまりその宝石が強欲の核ですね?」

「察しの良いお嬢さんですね。それではここからがアリス様のお話です」

「アリスとは?」

「たわけ。妾の名じゃ」


「この話の最後の所有者こそが、彼女の父上でした──。

 巨万の富を得る代償に命を奪う宝石。それを知りながらも彼が欲した理由はただ一つ。

 娘の不治の病を治す莫大な治療費を手に入れるためでした。男は宝石の魔力によって得た資産全てを娘のために使いました。

 しかし、宝石の呪いは男の予想を超えるもの。治療の途中で彼の命が先に尽きてしまいました。

 この屋敷に一人残された少女は、一人では自力で立ち上がる事も出来ない虚弱な身体。

 その末路は言うまでもありません」


「じゃが妾はなぜこの世に存在し続けておるのじゃ」

「私は地に堕とされてから数世紀もの間、強欲の守護者として宝石の行方を見守って来ました。繰り返される欲望の輪廻。私利私欲のために理性を失う人間に愛想を尽かしていました。ですがあなたの父上だけは違った。それは純粋な家族愛でした。私は自身の心を癒すため、彼が守ろうとしたものを守りたいと思えたのです。お嬢様の命が尽きる前に私はその魂をこの世に定着させました。しかしこのマモンの力をもってしても蘇生や不老不死は実現できるものではありません。結果、お嬢様は罪源の核があるこの屋敷においては永遠の存在となったのです。ですが、あなたの言うとおり、それはただの監禁だったのかも知れませんがね」

 仮面の男の話には妙に信憑性があり、僕の持つ堕天使の概念を揺さぶられる。しかし所詮は天界の犯罪者。人の心を惑わす話術に違いない。

「申し訳ございません。全ては私の都合だったのです。言い訳をするつもりはございません」

「何を謝っておる。妾はお主を責めるつもりなど毛頭ない」

 魂を定着……こいつなら歩香を救えるかもしれない。

「マモン、もう一つ聞きたい事がある」

 ネックレスを取り出し彼に見せた。それを見る仮面の男の目が光ったように見えた。

「この中に眠る死人の魂を蘇生させる方法を探してる。アリスを現世にとどめておいたお前なら」

「なるほど。それは不可能です」

「な、なぜだ」

 やっと見つけた可能性が容易く打ち砕かれ思わず感情をあらわにする。

「私がお嬢様を現世に繋いでおけたのは、彼女が亡くなる前だったからです。死人の蘇生は、仮初とはいえ奇跡に等しい行為。私の力を超えています」

「そう……か」


 僕は全てを割り捨てた。

「これから強欲の核を壊す。それでも構わないか」

「ですが、それではあまりにもこの子が」

 フローラは看過できずにいたが当の本人は決心していた。

「構わぬ。妾は永く生きすぎた。例えこの狭い世界だったとしても元より無かった命じゃ。未練はない」


「始めようか堕天使。お前たちの大好きな殺し合いを」

 仮面の男は静かに嘲笑あざわらう。

「……フフ」

「何がおかしい」

 彼の余裕から嫌な緊張感が空間を支配していく。

「それは偏見です。我ら全てが好戦的とは限りません。それに私は戦闘向きではありませんので」

「何を言っているんだ。守護者なんだろ? それにアスモデウスはあんなに」

「アスモデウス、懐かしい名前ですね。彼はお元気でしたか?」

 そう言うマモンの視線は僕の指輪を捉えていた。

「色欲の核を壊すと同時にあいつの身体は消えていったよ」

「ふむ、やはり……」


 マモンは少し考え込む仕草を見せ、やがて提案した。

「強欲の核、ブルーダイヤモンドは時計の振り子に埋め込みました。半永久的に動き続ける時計の振り子に、魔石の魔力を合わせこの空間を永遠のモノにしたのです。核の破壊は構いません、ですが一つだけ条件があります」

 またか。どこかで聞いたフレーズにそう思わされる。

「遺言ぐらいは聞いてやる」

「お嬢様は人に許された一生を超える時を過ごしてきました。ですが外の世界を全く知りません。生前は虚弱で今もこうして屋敷に閉じ込められています。私と契約し、お嬢様に外の世界を見せてあげてほしいのです」

 確かに少女の件については良心が痛む。だが。

「契約? お前に関れば例外なく命を吸われるはずだ。僕は諸事情で寿命が少ない。そんな契約できるわけがないだろ」

「本来ならそうなるでしょう、しかし私はお嬢様と仮契約しており代償は彼女が支払い続ける事になります。あなたには核の代役をお願いしたい。現世の者と契約することにより核を破壊されても半永久的に現世に留まる事が出来ます」

「半永久的とはどういう意味だ?」

「核となるあなたがなんらかの理由で死ぬまでは、お嬢様は事実上の不死となるのです」

「だとしても僕の寿命は約二年。何世紀も生きてきたお前には短すぎるはずだ」

 するとフローラが話に割って入ってきた。

「私が契約します」

「フローラ、どうして」

「……彼の話は事実。彼女に損失はない。それに彼は戦力になる」


「争わず双方に利益がある、素晴らしい事だとは思いませんか」

「……異議はない」

「イリスがそう言うのなら。危害を加えるなよ堕天使」

「……大丈夫。本来、命を代価にする契約は彼らの絶対服従を意味する」

「よかったですねアリス」

「お主はどうして妾にそこまでするのじゃ」

「ただの、自己満足かもしれません」

 何か通じ合うものがあったのだろうか、彼女の表情には慈悲でもない何かが含まれていた。


「ではフローラ様、契約のためこの指輪にキスを」

 彼は目立った特長のない質素な指輪を手渡した。

「は、はい」

 指輪にキスをすると赤く輝き、消えたかと思うとフローラの指にはまっていた。それと同時にベッドに横たわる少女の遺体が消えていった。

「契約したらなんか変わったか?」

「いえ、特に何も」

 ぐぅ~っと少女の腹が鳴った。

「幽霊でも腹が空くのか」

「腹が空く……? 妾は今まで食事などした事がないぞ」

「受肉したからでしょう。私が現世の人間と契約した事によりお嬢様は現世に存在する資格を得たのです」

「ほほう。では食事が楽しみじゃなぁ」

 食事に期待を寄せる少女の顔は無邪気な子供のようだった。


「お前たち大事な事を忘れてないか。核を破壊するぞ」

 巨大なブルーダイヤに銃口を向ける。一体どれほどの価値があるのだろう、これを売れば……。

 僕は宝石の持つ魅力に知らず知らずのうちに惹きつけられていた。これが人の欲望を露出させる力、強欲の核とは恐ろしいものだ。

 強欲に支配されてしまわぬ前に魔石を魔弾で打ち抜いた。魔弾の力で宝石は破片も残らず消滅していく。

 核を失った空間は崩れるように消えていき、僕らのいたその部屋も廃墟に姿を変えた。

「戻ろうか。もうだいぶ経っているはずだ」

 マモンはカラスに擬態し少女の肩に乗った。


 屋敷から外に出るとスチュアートが立っている。

「んぅ~ん、これが外の空気かー。やはり本物を本物の身体で吸うと違うのぉー」

 アリスは背伸びをしながら受肉満喫中だ。

「お疲れ様ですスチュアート。只今戻りました」

「おや、もう戻られたのですね。その少女は?」

「そんなに早かったでしょうか? 我々が内部に入ってから軽く一時間は越えていると思いますが」

「いえ、まだ入られてから数分しか経っておりませんよ」

 そんなわけはなかった。しかしあの空間で見た外の風景は過去のモノだとイリスが言っていた。つまり……核心に辿りつきそうなところで彼女が答えてくれた。

「……あの空間は時が止まっていた。私たちの時間も外の時間も動いていない」

 つまり核を壊して出口に向かう数分しか経たなかったって事か。毎度の事ながら罪源の核に常識は一切通用しない。しかし考えれば考えるほど恐ろしくなる。万が一の保険に六時間で戻らない場合は、とスチュアートに言っておいたが、これではアリスが言っていたように永遠に出られないところだった。

 フローラは事の経緯を順を追ってスチュアートに伝えた。


「なるほど。しかしお疲れ様でした。罪源の核を二つもあなた方だけで浄化するなんて本当に尊敬します」

 スチュアートは無垢な瞳を輝かせている。

「皆さんお疲れでしょう。事後報告は私の方でやっておきます。明日には帰れるように手配いたしますので皆さんはご自由になさってください」


 彼とはその場で解散し、僕らはアリスを食事に連れていくことにした。

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