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原罪の破壊者 -魔弾の射手-  作者: 四童子 薫
煢然たる亡霊
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悪戯


 住宅地で一際目立つ大きな洋館が目に入る。

「こちらが事前に話しておりました屋敷なのですが──」

 レンガ作りの建物は一軒家でありながら三階建て。高さ以上に幅と敷地の広さに驚くがそれ以上に印象的なのが朽ち果てた外観。まさに廃屋という言葉が相応しい。

 屋根にはカラスがとまり、建物を見る限りでは人の気配など感じられない。

 スチュアートが二枚扉を開けようとした時イリスがそれを制止した。

「……ここはフローラが開けるべき」

 それに従い彼女が二枚扉の片方を開くと不可思議な現象を目の当たりにする。

 開けた扉の先に見える光景は廃屋ではなく綺麗に整備された生活感漂う内観だった。反対の閉まっている扉の窓から見た廃屋の内部は依然荒れたままだ。

「こんなことは以前の調査では確認できませんでしたが……」

 彼はこの現象を理解しかねているようだった。だけど僕らは察した。以前、図書館で経験した異空間同様ここも同じように外界から切り離された世界なのだろう。

「スチュアート、ここからは僕らの仕事だ。打ち合わせ通り六時間で戻らなかった場合は支部へ伝えてくれ」

 彼に見張りと万が一の保険を掛け、壮麗そうれいな廃墟へ足を踏み入れた。


 まずは窓際の廊下を進む。均等に配置された窓により光に満ち溢れた通路。そこから外を覗くと明らかにおかしな点に気づける。

 ここはロンドン郊外だったはず、にも拘わらず周辺の建物が明らかに少ない。僕がそれを見ていると疑問を汲み取ったのかイリスが語りだす。

「……おそらくこの異空間はある時期から時間を止めている。理由はわからない。ここから見える外は遠い過去の光景だと思う」

「遠い過去、か」

「何か音が聞こえませんか?」

 フローラがそういうので耳をすますと、何かの音楽のようだった。

「オルゴール?」

 音の方へ向かうと何の変哲も無い部屋がある。

 イリスの表情を窺うに警戒の必要はなさそうで、僕が無用心にドアを開けると椅子に座りながら外を眺める少女の後姿。部屋にはぬいぐるみが無数にあり複数の大きな窓が室内を明るく照らし、心地よい風はカーテンを膨らませながら室内に流れ込む。

「あなたは?」

 フローラが数歩進みそう尋ねると、金髪の少女は振り返る。見た目は十二歳前後、宝石のように美しい碧眼へきがん、頭につけた大きな白いリボンが兎の耳のようで愛らしい。

 首元はリボンに飾られ、裾の広がった紺碧こんぺきのスカートと純白のエプロンからなるエプロンドレスを纏い、その人形のように小さな手は白いフリルであしらわれた袖口に包み込まれている。

「客人とは珍しい事もあるものじゃ」

 幼い顔には不相応の落ち着いた表情、鋭い目つき、そして威圧さえ感じる態度。

「イリス様」

 フローラは少女を険しい表情で捉え、イリスを守るように彼女の前へ出る。

わらわとの戯れに興じようではないか」

 何もない所からスゥーっと正方形のテーブルと二つのイスが現れる。

 少女はそのうちの一つに腰を下ろした。

「どうしたのじゃ? 遠慮せんでよいぞ」

「イリス様、この者からは異質な気配を感じます」

「……問題ない」

 彼女は警戒しているようだがイリスに緊迫した様子は無い。

 左目も反応する、例えこの左目がなくても少女が人間ではない事は明らかだった。

初心うぶな奴らじゃのう。楽しまねば損ではないか」

 状況から察するに内容はボードゲームか何かだろう。それなら。

「ここは任せろ。イリスの様子じゃ心配はいらないと思うが」

「ふむ、よかろう。遊戯の内容はトランプを使った推理ゲームじゃ。ルールを説明するぞ」

 少女が坦々と語りだす。要約すると互いは五枚のチップを所持し、それを賭けてチップを取り合い最後に多く所持していた者が勝者となる。

 勝負は最大五ターンで決着がつかない場合はサドンデス。

【a】互いは毎ターン必ずチップ一枚は賭ける。

【b】互いに山札からカードを一枚引き、それを自分には見えないよう相手に見せる。

【c】親は四つの選択肢から選ぶ。

 ①そのままの掛け金で相手にドロップアウトしないか問う。

 ②そのままの掛け金で即勝負する。

 ③掛け金を一枚増やし即勝負をする。

 ④掛け金を一枚増やし相手にドロップアウトしないか問う。

【d】②を選んだ場合、カードをオープンし強いカードを持っていた者が掛け金を総取りにする。

 ③を選んだ場合も同様。勝者は自分の賭けた枚数と相手の賭けた枚数を総取りにする。

 ①④を選んだ場合は相手の返答後【c】を繰り返す。

【e】そのターンが終了すれば親を交代し【a】からの繰り返しになる。

【f】強さには序列があり最弱は二から十、ジャック、クイーン、キング、エース、そしてジョーカーが最も強い。

 ※同じ強さのカードだった場合はチップを返却しやり直す。

 ※掛け金が不満なら一度だけ『レイズ』を宣言して金額を釣り上げる事が出来る。

 ※親はドロップアウトできない。

 僕が席につくとテーブルの中央に山札が現れ、お互いのテーブルの隅にチップが五枚積まれる。

「お主は慣れておらぬ。まずは妾が親じゃ」

 お互いのチップが一枚消えテーブルの中心に現れた。

 少女は一枚引き表を見ずに僕へ向ける。ハートの五だ。

 すると少女の手からカードが消え少女の背後に若干拡大されたそのカードが浮かび上がる。

 少女のカードはハートの五。そこまで強くもない。

 僕も山札から一枚引きカードの表を正面に向けるとそれは消えた。おそらくそれは僕の死角に現れたんだろう。

「妾はチップ二枚に増やしドロップアウトせぬかお主に問うぞ」

 チップは残り三枚になり、テーブル中央の山札横には合計三枚積まれる。

 彼女のカードは決して強くはない。しかしなぜチップを増やす。

 僕のカードがそこまで勝率の低いものなのか、だが五に負けるとも思えない。

「僕もチップを二枚に増やす」

 こちらのチップも残り三枚となり山札の横に合計四枚保留された。

「よいのか? ならチップ二枚で即勝負じゃ」

 少女の背後からカードが消えテーブルの上に表示される。

 同時にもう一枚現れる。僕のカードだ。それはクローバーの四。惜しいだけに悔しさを感じる。このゲームは相手の表情や行動から自分のカードを推理する必要があるらしい。

 中央にあった四枚が少女の所持チップとなり、向こうは合計七枚所持となった。

「言い忘れておったがこのチップはお主の命に相当するぞ」

「どういう事だ」

「敗北すればお主の魂は未来永劫我のモノとなるのじゃ」

 部屋の空間が歪み、外は夜に変わり、禍々しい雰囲気に包まれる。

「しまった、やはり罠。イリス様」

「……心配ない」

 命を掛けたデスゲーム、やはりこの少女が核の守護者か。だが公平なルールであるならアスモデウスよりは荷が軽い。

「僕のターン」

 互いのチップが再び自動で一枚賭けられる。僕の残りは二枚となった。

 そして互いに山札から一枚引く。

 相手のカードはスペードの二。

 少女の自信に満ちた鋭い眼差しが僕を直視している。

 相手の手札が最弱にも関わらず威圧感に圧倒されてしまう。

 だが相手は最弱。必ず勝てる。少女はそんな事には気づいてない、だったら──。

「僕はチップを二枚に増やし続行するか問う」

 自信満々のこの少女ならチップを増やしてくるはずだ。そしたらさらにチップを三枚に増やし親の特権で即勝負に持ち込めば確実に六枚手に入る。

「ならばわらわはこのターンをドロップアウトじゃ」

 なんだと……。

 そのターンは無条件に少女の敗北となりカードがオープンされる。

 僕のカードはハートの七。弱くはなかった、しかしこの程度で警戒するのか?

 だが結果的に少女の判断は正しく僕が六枚手に入れるチャンスを潰し損失を一枚で抑えた。

 僕のチップは四枚に増えた、しかし勝った気がしない。

「妾のターンじゃな」

 再び互いのチップが賭けられ山札から引き合う。

 少女のカードはハートのエース。くそ、強すぎる。

 これが既に三ターン目。無駄には出来ない。

 しかし無理だ。損失を最小限に抑えるのが得策。

「妾はチップを一枚増やしドロップアウトせぬか問うぞ」

「……ドロップアウトだ」

 僕のカードが公開される。ジョーカー。

 勝っていた……だと……。バカな、なぜジョーカー相手にこいつはチップを増やした。

「お主もったいない事をしたのう。じゃがこれも運命。我の勝利は起源より決まっておる」

 少女の巧みな戦術に翻弄され続ける。これで七対三の四ターン目。僕が親のこのターンで挽回しなければ……。

「僕のターン」

 賭けられるチップも三枚までとなってしまった。逆転は難しい。しかしここで四枚得れば負けが決まったわけではない。

 少女のカードはダイヤのジャック。ここで相手の引きが強いなんて……だけど僕に選択肢はなかった。このターン負けた場合、損失を一枚にしたとしても次が残り二枚からのラストターンとなってしまう。逆転不可能だ。だからここでの敗北は事実上、勝負自体負けとなる。

「チップを二枚に増やしドロップアウトしないか問う」

「続行じゃ」

「チップを三枚に増やし即勝負だ」

 お互いのカードが公開される。

 少女のジャックに対しこちらはスペードの九。

 クソ……。こいつは敗者の魂を頂くと言っていた。しかし具体的にはどうなる。


「案ずるでない、詮無き事じゃ。お主の魂、頂くぞ。幽閉隔離ソウル・アブソープション

 少女の美しい眼に引き込まれるかのように一瞬視界が歪んだかと思うと向かい合っていたはずの少女の後ろ姿が目に入る。

 ん、なんだ、この娘の力は空間転移能力、なのか? ……な?!

 少女の前にいる人物に目を疑った。意識を失っていると思われるその人物は僕自身だった。

「イリス様! 彼の意識が! やはり加勢を!」

「……落ち着いて」

「ど、どうなって、な、なんだこの手は」

 僕の視界に映る自分の手はまるで着ぐるみ。

 少女はこちらを見下ろしながら無邪気な表情を見せた。

「うむ。なかなか似合っておるではないか。ほれ」

 少女に手渡された鏡に映る自分の姿は先程まで部屋に置かれていたぬいぐるみになっていた。

「……これが、君の能力か」

 確かに恐ろしい能力だ、が、ずいぶん愛らしい能力だ。

「喜べ。これからはずっと我と一緒じゃぞ」

 少女の笑顔は、まるで無邪気な子供だった。悪魔も色々な奴がいるという事なのだろうか。

 ぬいぐるみになった僕の身体は少女に持ち上げられ、何をされるのかと一瞬恐怖を抱いたが意外にも膨らみのある少女の胸に押し付けられる。

「んっは、放せ」

「彼を放しなさい!」

「何を騒いでおる。此奴こやつはもう我のものじゃ」

「……大丈夫。次は私が勝つ。勝ったら彼を解放してもらう」

「ほう、大した自信じゃな。お主なら妾を楽しませてくれるやもしれん。じゃが忘れるでないぞ。妾が勝てばお主も我の人形となるのじゃ」


 心の抜けた僕の身体はフローラが保護しイリスが席へつく。隙を見て少女の腕から抜け出し愛くるしい身体を操りフローラの元へ駆け寄る。先ほどと同じように山札とチップが所定の位置に出現する。

「妾の先攻じゃ、降りるか?」

 少女のカードはハートの五、イリスのカードは把握できない。

 おそらく二人の勝負に他人が干渉してはフェアではなくなるからだろう。

「……続行」

「よかろう、このままで勝負じゃ」

 二人のカードが公開される。彼女のカードはキングだった。

 イリスが先制に成功する。六対四だ。

「よし、いい調子だ」

「しかしまだ一ターン目、油断は出来ません」

「手始めはまあ期待できそうじゃな」

「……私のターン」

 山札からカードを引きそれを正面へ掲げる。

 少女のカードはクローバーの四。かなり弱いカードだ。

 僕ならここはチップを増やして勝負に出るところだ。

「……チップを増やさずドロップアウトを問う」

「妾はレイズを使い強制的に掛け金をチップ二枚に吊り上げるぞ」

 よし、相手の方から特権を使ってまで掛け金をあげた。チャンスだ。

 僕ならチップ三枚にあげて即勝負をするところ。

「……このままチップ二枚で勝負」

 イリスのカードも公開されるとスペードの二だった。

 そうか、相手が特権を使ってまで勝負に出るって事はこちらのカードが弱い可能性が高いのか。それを彼女はわかっていた。

 イリスの選択は一ターン目から結果的にすべて間違ってない。なのにこれから三ターン目に入ろうとしているのに五対五。次は少女が親。若干不利か。

「お主ほどのポーカーフェイスがおるとはな」

 このゲームはイリス向きだったのかもしれない。互いは再びカードを引き合う。

「妾はチップ二枚に増やしお主に降りるかどうか問おう」

 少女のカードはダイヤのエース。親でなおかつ強カードか。まずいな。

 ここは降りるべきだイリス。

「……チップを二枚に増やし続行する」

 相手はエースだ、何言ってるんだ。

「よし。では妾はチップを三枚に増やし即勝負を選択するぞ」

 イリスのカードも公開される、彼女のカードはハートのキングだった。

 惜しい、でも僕の思った通りだった、イリスはここへきてまさかの三枚を失点。

 四ターン目を迎えようとするところで八対二になってしまった。

「残念じゃったな娘よ。お主の手札もなかなか強かったが少し届かなかったようじゃの」

「このままではイリス様が……加勢するしか」

「信じるんだ。あいつの目はまだ諦めていない」

 かっこいいセリフを言ってみるがこの容姿では説得力がないのかフローラは相変わらず不安そうにしている。

「……私のターン」

 イリスと少女がカードを引く、頼む、ここは負けられないんだ。

 少女のカードはジョーカー。終わった、もう勝ち目がない。

 ジョーカーに勝つには相手がドロップアウトするしかなくその可能性は低い。

 さらにここで損失一枚に抑えたところで次の五ターン目に逆転する術もない……。

 だがイリスの口からは想定外の言葉が発せられた。

「……チェックメイト」

「ほう、この状況をどう打破するつもりじゃ? ハッタリではなかろうな?」

「……あなたは最初に言った、トランプを使った推理ゲームだと」

 そう、このゲームは相手の行動から自分の手札を推理しその後の展開をも予測する必要のある頭脳戦だった。

「……推理するのは頭脳戦の事じゃない、トランプを使ったトリックを見破ること。あなたは私から目を離すことをしなかった。それはあなたが自信に満ちていたからじゃない。そこまではまだ仮定にすぎなかった、でも三ターン目にそれは確信に変わった。あの時の私のカードはキング、決して弱くは無いカード。そしてお互いは五対五、あなたは追い詰められているわけではなかった。にも関わらずキングに対してチップ三枚も賭けることは不自然」

「ふむ、着目点は悪くは無いの。それでお主の推理とやらは終わりかの?」

「……チェックメイトと言ったはず。彼と私を直視していた本当の理由、それは相手の瞳に映った自分のカードを読み取り把握する事。これがあなたが提案した推理ゲームの勝利条件」


 少女は一瞬動揺し、小さく微笑んだ。

「よもやこの我が負けるとは。じゃが──」

 少女が微笑みそう言うと背後から大きな二本の腕のような影が実体となって現れイリスを両肩から掴んだ。

「戯れは終いじゃ。お主も永遠に妾の人形となるがよい」

「話が違うじゃないか」

 頼りないぬいるぐみの身体で反論する。

「たわけが。ここは妾の世界、つまり我がルールじゃ。我の人形となれ! 幽閉隔離ソウル・アブソープション

 少女の怪しく不気味な眼がイリスの瞳を捉える。

「……光神化セレスティアルフォーゼ

 彼女の背中から大きな金属製の翼が生える。図書館で見たあの姿だった。

 イリスがその姿になっただけで少女の影の腕は消滅した。

「うぐ……なんじゃと……この空間で我の力に抗えるわけが」

 少女は片目を抑え苦しそうな表情をしていた。魂の乗っ取りに失敗した反動だろうか。

 すると僕の視界が再び歪み、ふと気づくとフローラの顔を見上げていた。

「ん……」

「なんでいきなり目を覚ましてるんですか!?」

 フローラに膝枕された状態で意識が元に戻ったようだ。彼女は動揺しながら赤面し、僕をどかそうとしているのだが負傷者を介護しなければいけない責任感に拒まれてあたふたしている。可愛そうなので僕の方から退いた。


「我の呪縛まで解いたじゃと……お主、一体……」

 イリスの元へ駆け寄り銃を構えた。

「……この子と戦う必要はない」

「だがあのアスモデウスと同等の存在なら一人で相手をさせるわけには」

「……違う」

「この空間を作り出しているのは罪源の核ではないという事ですか?」

「……ここには間違いなく罪源の核がある。でも」

 イリスは無防備にすたすたと少女に歩み寄る。

「よせ、危険だっ」

「イリス様!」

「な、我をどうするつもりじゃ! やめ、我は、いやじゃ!」

 少女は怯え、目に涙を溜め半ば命乞いに近い絵になった。少女の目の前に立った彼女は怯えた少女を優しく抱きしめただけだった。

「……この子もこの牢獄に捕らえられた魂の一つ。罪の守護者はこの子じゃない」

「待て、そいつは我が物顔でここに居座ってたように見えたが本当に捕らえられているのか?」

「……きっと寂しかったんだと思う」

「わ、我は寂しいという感情など持ち合わせておらぬわ……」

 少女は反論していたが、目を潤わせながら大人しくイリスに抱かれた状態では全く説得力がなかった。

「では、罪源の核と守護者のいる部屋を捜索致しますか?」

「……その必要もない。この子が知っているはず」

「それは……じゃが、妾はあの部屋が嫌いじゃ……これまでも無意識に避けてきた。今まで一度も近づいておらぬ」

「……気づいているはず。それともまだ、この終わりのない永遠を彷徨うの」

 その言葉に少女は明らかな反応を見せた。すぐに返事はしなかったがやがて少女は僕らに協力した。

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