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協会


 共同生活が数日続いたある日の昼、僕は食器を洗浄機で洗い、フローラは洗濯、イリスは無音でテレビを見ているとインターホンが鳴った。

「少し来ないうちにぶっ潰れたようですねこのボロ店」

 ドアを開けると真紅の洋服に身を包むリリスがいた。毛先まで空気を含んだ長い髪は相変わらず美しい。

「あのな……こっちは店どころじゃなかったんだ」

「腕の負傷から察するにそのようですね。協会について教えてやりに来ました」

 玄関でやり取りとしているとイリスとフローラがやってきた。一応警戒週間中、心配になって様子を見に来たのだろう。

 リリスの目に入り、それを彼女は逃さなかった。

「どうしようもないオス猿ですね。少女を二人も監禁するとは」

 言われると思ったよ。そして残念ながらあんたが正論だ。

「この方は?」

 フローラが知らないのも無理はない。前回リリスが来た時、彼女はすれ違いで協会本部にいたからだ。

「リリス、お前の留守中に現れた使徒だ」

「これで全員ですか? 他にもまだ奴隷を飼っているのなら全員連れて来なさい」

 相変わらず僕に対する扱いはひどいままだ。恨まれるような心当たりはないのだが……。

「奴隷じゃないし飼ってもいないし他にはいない」

「そうですか。ではさっそく。イリスからの情報を元に我々はインベリス協会制圧を企てました。内容はロシア、アメリカ、イギリス、イタリア、ドイツ、日本など、協会支部でも規模の大きな拠点に使徒九人を投入し一斉に制圧するというもの。教皇がいると思われるイタリア本部へは使徒三人を動員し、本部付近にある民家の空き家にてインフェルノ級一体を捕捉、殲滅しましたが教皇の行方はわからないままです」

 その間僕らはこの小さな店でくだらない日々を過ごしていたわけだがそれで良かったのだろうか。後ろめたさを感じていたが、視界に入ったイリスの無表情に少しだけ気が楽になった。彼女がそれに付き合っていたのなら、きっとそれでも良かったんだろう、と。

「ですが、既に協会は我ら使徒の配下におかれ、協会へ対する警戒は必要ないでしょう」

「リリス様、つまり今回の一件はインベリス協会の総意ではなかったという事ですか?」

「我々が知る限り、抵抗を見せた者はいなかったようです。ただし行方のわからない教皇については警戒を怠らない事です」

 フローラはそれを聞き凛々しい表情が少し和らいだ。前回同様、用件を済ませるとリリスは早々と立ち去った。


 とりあえずは彼女を協会の元へ返すべきだ。

 彼女の今後について考えていると当人が先に切り出した。

「大変おこがましい事は承知ですが、私をしばらくここに置いてはくれないだろうか」

 改まり、ひざまずいた彼女は話を続けた。

「このまま終わりたくないのです。この一連の出来事の終末を見届けるまでは、何も手につきそうにない……」

 僕の知る限りこれは何を言っても無駄だろう。

「好きにすればいい」

「私の身勝手に、深謝しんしゃいたします」

 礼を言うなり彼女には提案があった。協会の日本支部の情報を活用するというものだ。

 既に使徒の配下に置かれ、僕らと同じ目的で動き始めた協会ならこちらの力になってくれるはず。確かに闇雲に探すよりはいいかもしれない。

 協会の日本支部にはやっぱりリリスがいるのだろうか。僕らはそのままフローラ案内の元、日本支部へ向かった。

 徒歩と電車で一時間はかかる。


 下車してから徒歩で十数分、目的地へついた。門番が配置されていたが協会のフローラが先陣を切って事情を説明すると僕らの扱いは丁重なものになっていた。それは門番の態度を見れば一目瞭然だ。

「神の使者様とその従者様、ようこそお越しになりました。話は聞きました。世界を敵に回しながらもたった二人で天命を全うしていたとは、自分は感動いたしました」

 五割り増しで美化されてる気がしたが、夢は守るものだと自分に言い聞かせうまくその場を流しておいた。

 ここは戦女神の大聖堂と呼ばれる宮殿教会。

 古典主義様式、ロマネスク様式、ビザンティン様式、ゴシック様式等様々な様式が混在した異なる建造物が追加されていき、増築に増築を重ねた外観はいくつかの建物がくっついたような異様な姿になっている。

 他の都市の大聖堂と比べると小規模だが内部は周歩廊、壁面、天井全て金のモザイクで埋め尽くされ、礼拝堂には二十メートル以上のステンドグラスが使われている。

 擬似三層式の二階建の八角形建築物の上部に高さ三十メートルのドームが置かれ、大理石の柱、聖人を描いた豪華な天井、高い位置に配した窓から日が差し込む光景は神々しい。

 二層目から三層目にかけて円柱が細くなっていき、ドームへと繋がる構成が、天へと昇っていく上昇性を強調している。

「この部屋でしばしお待ちを、私が事情を説明してきます」

 僕とイリスは彼女に案内された応接間でしばらく待つ事になった。

 しばらくするとフローラが帰ってきた。


 彼女に案内された部屋のドアをノックすると中から若い声がした。

「あー入っていいよ」

 ドアを開けると見慣れない女の子が事務作業に追われている。

 耳より上で結ばれたいわゆるサイドポニーテールに、黒いネクタイとスラックス、長袖のワイシャツは腕まくりしている。赤い瞳の雄々しい目つきは、好戦的な雰囲気を漂わせている。

「お連れしましたヘルヴェティア様」

「お、聞いたぜイリス。一番後輩のあんたが一番最初に核を壊すなんてやるじゃん」

「……それほどでもない」

 活発そうな容姿はどこか幼く見え可愛らしいが口調は男勝り。話を聞く限りイリスは使徒の中でも新人らしい。赤く鋭い目がなぜか僕を捉えている。

「ふーん。そこの冴えない男がイリスの協力者だな。あたしはここの指揮を任されたヘルヴェティアだ」

「協会の指揮をるって事は君が配属された使徒か」

 てっきりリリスが日本を任されていると思った。一言に使徒と言ってもいろんな奴がいる。

「まあな。それにしてもお前、協会の人間でもないのに物好きな奴だな」

「あぁ。話せば長くなるんだが──」

「ん、長いならいいや。で、罪源の核を探してるんだって?」

 全く、本当にいろんな奴がいたもんだ。

 フローラに任せ話は進む。

「はい、協会なら罪源の核の在り処を把握しているのではないかと思いまして」

「あんたらには朗報だ。罪源の核と思われる特異点が見つかったんだけど今は協会の事後処理で精一杯だ。この件をお前らに任せてもいいと思ってんだけどどうする?」

「無論です。そのために参りました」

「意気込みだけは買ってやるよ。場所はロンドン郊外にある屋敷なんだけど以前から妙な噂があったらしい。そこは空き家のはずなんだけど時々人の話し声がしたり、部屋に明かりがついていたり、実際に窓に人が立ってたのを見たっていう人もいる。でも建物の中に入ると生活感も何も無い荒れた廃墟なんだ」

 仮に罪源の核があるとするならそれぐらいの不可解な現象があってもおかしくない。むしろその程度かと思うほどだ。

「んでイギリスに配置されてる協会の連中が調査をしたわけ。異質な核がその環境を作り出しているのは確認できたけど、調査ではその空間に入り込むまでは到らなかったってさ。向こうの支部も今はまだゴタゴタしてるからこっちに支援を要請されてたんだ」

「状況は把握しました」

「交通費と現地での出費は協会が持つから安心しろよな。あとこの手紙を持っていきな。証明書みたいなもんだ。地図はこれだかんな」

「ありがとうございますヘルヴェティア様」

「それぐらい気にすんなよな。名前はティアでいいぜ」

 赤い封蝋を施された手紙を受け取り、出発は三日後に決まった。細かい説明や段取りなどもあり自宅についた頃にはもう日が落ちていた。

 その日からイリスに各々の部屋で就寝することが許され久々に安眠できた。世界の浄化、そのために行う罪源の核の破壊、それはあの図書館で見た戦いを意味している。


 少し前までは一人きりの朝だった。でも。

 起床し居間に向かうとシャツ一枚のイリスが座り、フローラは庭の花に水をあげていた。

 平和、そんな言葉を連想してしまう。

 ずっとこんな日々が続けばいい、それは叶う事のない願い。求めてはいけない幻想。夢。

 魔弾の秒針が刻むのは命の残像。やがてこの針は僕の心臓を突き刺すだろう。

 それでも、だとしても、僕は歩き続けると自分に誓った。

 何も残らなくても、僕の存在が消えても、過去の罪だけは償ってみせると。


「さて、始めようか」

「あなたは指示を。私が動きます」

 フローラと喫茶店の片付けを始める。しかし彼女の働き様はメイド服を着ていないことが悔やまれるほどだ。

 それに比べ、イリスは今もソファから動かない。

 ロンドンへはここから飛行機でも十時間以上かかる、さらに向こうでの滞在を考えると一週間はここを留守にすると仮定して片付ける必要がある。

 ソファに座ってる子をしり目に旅立つ準備を始めた。両手を使わなければ困難な作業を彼女に指示し、それ以外と指揮を僕が務めた。

「しばらく留守にするから出発までに使うもの以外はしまってくれ」

「はい」

 少し作業が進んだところで気づいた、移動中の退屈を紛らわすものが必要だ。

「ちょっと休憩だ」

 僕は居間の方へ向かう。

「どうかしましたか?」

「あーすぐ戻るから」


 シャツ一枚でひなたぼっこをしていたイリスを確保しフローラの元へ連行した。

「これから買い物に行く」

「かまいませんが食べ物なら今ある分でなんとか」

「そうじゃない。イギリスへ行くには椅子に十時間以上座ってなきゃいけない。時間を潰すものが必要だろう?」

「なるほど。わかりました」


 イリスも頷き満場一致でぞろぞろと大型スーパーへ向かう。移動は徒歩と電車で、乗車するとフローラは非の打ち所が無い姿勢で座っている。イリスは彼女の横で窓の方へ身体を向け正座で外の景色を眺めている。

 服装は不自然ではないものを二人に着させたが美少女二人はさすがに目立つ。とりあえずイリスの銀髪には麦わら帽子をかぶせておいた。

 下車し町へ出ると、自宅付近にはない都会が広がっている。

「少し歩けばすぐに着く」

 徒歩数分、目的地に到着し、店内に入ると冷房が効いており涼しい。

「値段は特別安くはないんだが品揃えは田舎とは比較にならない、まずは好きに見るといい」

 と言っても二人はなかなか僕のそばから離れない。

「どうかしたか?」

「あの、こういう所は半人前なもので……」

「……神の目が反応しない」

「ん、じゃぁ適当に回ろうか」

 近くには生鮮食品が並んでいるがそこから攻めるのはナンセンスだ、遠回りだがまずは三階から潰していこう。僕はまず衣類売り場へ二人を案内した。

「いろいろな服があるんですね」

「あまりオシャレしないのか?」

「はい、いままでなかなかそういう機会がなかったので」

 イリスも興味があるのか、一応横目で見ながら後ろからついてきているようだ。いくつもの衣類店が一箇所に並び、僕らは順々に攻略していく。

 若い女性向けの衣類店を見つけ、僕は少し気まずいながらも三人で見て回る。その中で白いワンピースを見た。イリスに似合いそうだ。

 途中、間に場違いなオモチャ屋が入っていた。

 そのブース内を三人バラバラに視察していく。

 一人で回っているとフローラが目に入った。何やら鏡を見ている。彼女の手にはネコ耳。そして若干頬を紅潮させながらそれを頭に着用する。

 真面目なわりにそういうのが好みなんだろうか、とりあえず見なかった事にしよう。

 別の方へ目をやるとイリスが何かを凝視している。近づき確認してみると、動物を模したようなぬいぐるみと彼女が見つめ合っていた。

 お世辞にも可愛いとは言えないデザインなぬいぐるみは二匹売れ残っている。

「それが欲しいのか?」

「……これはとても幼稚的。デザインも粗末で目は捨て猫のように何かを訴えている」

 ん、どういう意味だ。魅力はないけど慈悲で買ってやらないこともないという事だろうか。

 そこへフローラもやってきた。

「かわいらしいお人形ですね」

 わずかに頷いた。可愛いのか? やっぱり女の子だな。

「フローラはもういいのか?」

「はい、次へいきましょう」

「じゃぁ先に僕の買い物に付き合ってもらおうかな」

 二階の書店へ向かった。

「暇つぶしに小説でも買って行こうと思うんだ。すぐ終わるから適当にしててくれ」

「はい」

 僕はちょっと厚めの小説を選びすぐに彼女たちの所へ戻った。

「おまたせ」

 戻ると二人も一冊ずつ何かを持っている。見る限り店長のオススメコーナーから無造作に選んだ感じがする。

「普段はあまり読まないのですが、いい機会なので」

「……これは上物らしい。でなければ詐欺として訴えるレベル」

 欲しいのなら別に無理して理由はつけなくてもいいんだが。というかイリスの本、【ロミとジュリオット】ってなんだそれ。いいのかそれで。絶対適当に取ったろ。

 その後アイマスクや耳栓、食品売り場で今晩の夕食を買い自宅へ戻る。


 家についてから、照れくささを隠しつつ彼女が店内で凝視していたぬいぐるみをイリスに手渡した。

「……どうして?」

「そいつはきっと誰にも拾ってもらえない哀れな奴だから、イリスに救済してもらおうと思ってな」

「……確かに。あなたの判断は正しい」

 その様子をフローラが羨ましそうに見ている。

「ほら」

 フローラに例のネコミミをかぶせた。

「ななんのつもりですか!」

 やはり似合う。

「ん、あぁ、間違えた」

 僕はもう一匹を彼女に持たせた。

「え?」

「二匹いたんだ、一人だけ残すと可愛そうだろ」

 プレゼントとは案外恥ずかしいもので、思わずそんな屁理屈が漏れ出す。

「あ、ありがとう、ございます……しかしあの、私のような可愛げのない女性がこういうものは、変ではありませんか……?」

 困っているのか嬉しいのか悲しいのか、僕は把握できなかったが、

「例え周りがそう思っても、僕らは君を尊重するよ」

 まだ若い彼女が、人並みの青春も送れずに剣を握る日々だったと思うと、そんな大げさな言葉が口から漏れてしまったんだ。

「そ……そうですか」

 少しうつむきながら手にした人形を眺める彼女は、頬をピンク色に染めながら清清しい顔を見せる。それはなんとなく笑顔のように見えたが、心中まではわからなかった。

「片付けは明日にしよう。時間はまだある」

 慣れない所へ遠出させたんだ、少し疲れただろう。そう思い休息を優先させた。


 翌日は出発前日ということもあり今晩使う最小限のもの以外は片付けた。

 冷蔵庫の中身もほぼ空にし、処理しきれないものは冷凍。

 ぼーっとしてるイリスをしり目に片付けはほぼ終わった。

「面白いのか?」

 片付けを終えてから、居間に居たイリスに声をかけてみた。

「……情報収集の一環」

 薄々気づいてはいた。

「でも人間が作った嘘だらけの世界だから、鵜呑みにはしないことだ」

「……わかっている」

『各地で相次ぐ刑務所襲撃による脱獄事件について、外部犯が関与している疑いがあると指摘した。脱出した犯罪者はいずれも殺人などの凶悪犯とされ、周辺に注意を呼びかけている』


 翌日、九時発の旅客機に合わせ三人は家を出た。

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