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罪源

 

 身体のだるさと寝苦しさに目を覚ますと、映ったのは見慣れた天井だった。自分はいつ寝たのか、昨日の晩飯も思い出せない。

 腰の辺りに違和感を感じ、目をやると長い金髪の女の子が片頬を布団に沈め眠っている。一瞬知らない女性に驚いたが、よく見ると髪をほどいたフローラだった。

 彼女の白い制服は土で汚れている。それを見てようやく思い出す。

 昨日の出来事はまだ夢のようで、左腕を確認するとやはり無く、あれが現実だった事を理解する。

 彼女が目を覚ました。

「あ、だ、具合は大丈夫ですか」

 心配そうな目でこちらを見ている。でもヨダレはちゃんと拭いてくれ。

「あぁおかげさまで。服も着替えずに付き添っててくれたのか」

「べ、別にこれは。そんな大怪我をしてたら誰だってそうします」

 いつもよりも強気な目を横に逸らし、頬を赤くし自身の正当性を主張する彼女。

「悪いな役に立てなくて。それにしても一人でインフェルノ級をよくやれたな」

 寝起きで冷静な判断は出来なかったが、僕はそういう事だろうと勝手に判断した。

「覚えていないのですか?」

「いや、昨日は晩飯食べてないだろう」


 しばしの沈黙。彼女は僕の言葉に困ったような表情を見せた。

「あ、いや、それはそうですが、インフェルノ級はあなたが倒したじゃないですか」

「確か、奴に切り裂かれて、そのまま意識を失ったはず……」

「まだ混乱しているのでしょうか、ちょっと待っていてください」


 フローラは席を立ちどこかへいなくなると、イリスを連れて戻ってきた。なんだか久しぶりに彼女の顔を見る気がする。

「……大丈夫?」

 僕を見下ろしながら尋ねる彼女。

 心配してくれているのか? いつもの無表情のままだけど。

「見ての通り、ボロボロだが生きている」

「……話は彼女から聞いた。眠ってる間に身体を調べた。インフェルノ級を超える魔力を開放した理由はわからない、でも、左腕の切断面に現れた紋章、これが傷口を塞いでいる。ここから微量の魔力を感じる。この魔力は、悪魔のモノに近い」

「僕がインフェルノ級を倒したってのは、本当なのか」

「はい。あなたが瀕死の傷を負い倒れた後、禍々しい魔力はインフェルノ級を凌駕していました」

「心当たりがないが、魔弾には治癒能力も備わっていたという事か?」

「……そこまでは断定できない」

 イリスにもわからないとは。

 話がひと段落すると、タイミングを待っていたかのようにフローラが切り出した。

「えと、あの、今回はすいませんでした。すべては私の責任です。頭を下げるだけで済まされる事態だとは思っておりません」

「前も言ったと思うが、迷惑とか責任とかそういうのは気にしなくていい」

「ですが……あのインフェルノ級は私があなたを殺さないから後始末に来たと言ってました。そして今回の私の任務はあなたたちの処分。もちろん同意しかねました。しかしあの場で断る選択肢はなく……」

「それで責任を感じていたというわけか」

「状況から察するに教皇がインフェルノ級を刺客に送り、あなたを巻き込んだとしか」

「だが今回の件、思っているより面倒な事になってるみたいだ」

「それはどういう事です」

「お前が協会本部に行ってる間に別の使者がうちに来たんだが、その時知らされたんだ。協会本部にいた使徒が殺害されたってな」

「そんな……協会は今でも神を信仰していたはず。そうするとあれは……」

「何か知っているのか?」

「いえ、実は──」


 教皇の遺体の話、現存する教皇の話などを彼女から聞いた。

「使徒だけでなく教皇まで殺害されてた、そう仮定するのが妥当か。ここまで来ると僕らが接触しなかったとしても結果は変わらなかったはずだ」

 彼女はしぶしぶ納得する素振りを見せるが内心はどうだろうか。

「それより人外を従える、そんな事が可能なのか?」

「……可能。インフェルノ級には知性がある。お互いの利害が一致すれば協力もありえる」

 イリスがいうのならほぼ間違いないだろう。まさか人外を従える奴がいるとは。

「教皇はイリス様たちを排除するつもりだった。刺客を返り討ちにしたとなると、必ずまた狙われる事になります」

「だろうな。インフェルノ級はフローラ諸共僕を狙っていた。身の安全が確認出来るまではしばらくここにいた方がいい」

「一体何を言ってるんです。私は理不尽な理由であなたたちを……」

「だからと言って、追い出したお前が数日後に遺体で発見されても後味が悪い」

 ベッドから起き上がろうとするとフローラは心配そうな顔でこちらを見ている。

「本当に死にますよ」

「腕は持っていかれたが見ての通り傷口は完治しているようだ。痛みもない」

「しかし、体力的な事も考慮すれば今は安静にしておいた方が。それにいつまた襲われるかもわからない」

「だからこそだ。少ししたら行くところがある。お前はまず風呂にでも入って服を着替えろ」

 着替えは協会に置いたままらしく、洗濯が終わるまでは僕のジーパンとワイシャツを貸した。スタイルのいい彼女は男用のそれを着こなしていた。

 イリスにもわからないのならあいつに聞くしかない。自称魔術師のあの男に。


「その自称魔術師の男はあなたとどういう関係なんです?」

「この魔弾の力は、その男に教わった」


 外出の支度を済ませ三人であの店へ向かった。特別遠いわけでもないがあの男の所にはしばらく行っていない。最後に訪れたのはイリスと出会ったあの日以来か。

 相変わらず周囲から浮いた店はそこにあった。ビスクドールの店に客は今日もいない。入店するとすぐに僕の事に気づいたようだ。

「やぁ、久しぶりだね」

「ちょっと聞きたい事がある」

「私にわかる事なら喜んで力になるけど、そのお嬢さんは?」

「お初にお目にかかります。私はインベリス協会のフローラ・アグリコラと申します」

「ちょっと訳ありだ」

「なるほどね。わかった、まずは話を聞かせてくれるかい」

 協会が世界の浄化を望んでいない事、使徒が一人協会に殺害された事、教皇が何者かと入れ替わっている事、教皇がインフェルノ級を従えている事、これまでの経緯を話した。

「とても興味深い話だ。ふむ……」

 彼は顎に手を当て考え込む。

「先日、僕らは色欲の核を破壊してきた、その件でついでに聞きたい」

「ほぉ。まさかもう。すごいじゃないか」

「罪源の核にはそれに準ずる守護者が存在すると聞いたが、あいつらは一体何者なんだ」

「あぁ。彼らは堕天使なのさ────」


 それはまだ人類が地球の形も把握していない頃、天界である動きがあった。

 天使の一人が『自分は神をも凌ぐ力を持っているのではないか』と驕り始め、味方となる天使を集め神に対して反旗を翻した。

 それが【天界戦争】と言われている。

 しかし結果は敗北に終わり彼とその仲間は堕天されてしまう。

 そしてその時の仲間が、アスモデウス、レヴィアタン、マモン、ルシファー、ベルフェゴール、ベルゼの六名。

 神は元々天使を自分自身を尊重させるために創造したとされるが、彼らの中にその指針に反する意志を持つものがいた。

 実はそれも神自身が考案したもので、反する天使たちには自発的に自分を崇めさせるという試みがあった。

 なぜなら、神は無の心中から自分自身への愛情を芽生えさせることに真価を見出したからだ。

 その試みに伴い、天界には私利私欲の概念が生み出された。

 高慢により神に反逆したこの者たちを罰するために、天界に存在する欲の概念を彼らの足枷とし地上に落とされた。


「────それがこの地に点在する罪源の核の原点さ。反逆に加担した彼らの思惑はそれぞれ違ったようだけどね」

 天界で邪魔となった欲の概念。地上に捨てたはいいがしばらく経って地上でも邪魔になった。まるで処理に困った放射性廃棄物のようだ。

 元天使、とはいえイリスが行ってるのは犯罪者集団を倒していくようなものじゃないか。それを天命だと全うする健気な彼女を少し気の毒に思えた。

「今すぐ判断して欲しい事がある」


 僕は服を肌蹴させ左腕の切り口を見せた。

「ずいぶんと派手にやられたね。さっき言っていたインフェルノ級かい?」

「あぁ。フローラの話によると、この傷で意識を失った僕は魔力を開放して返り討ちにしたらしい。イリスは悪魔の力に近いと言うんだが」

「ふむ。確かに。魔弾も元々悪魔の力だからね。それが関係している可能性は高いと思うよ」

「つまりあんたにもわからないのか」

「可能性として考えられるのは、あの契約は三年後に君を殺すものだ。逆に言えば三年間は不死身の能力を得たのかもしれないね」

「なるほど……ありえなくもない話か」

「ただあくまで仮説に過ぎない。無茶はしない事だね」

「わかっている」

「とりあえず君たちは単独行動を避けるんだ。この状況下で戦力を分散させるのは好ましくない」

 自称魔術師の店を後にした僕らは敵の襲撃を警戒し、我が家を拠点として単独行動を避けるように心がけた。外出する時は大変だ。ただの買い物でさえぞろぞろと三人で行動しなければいけない。情けない話だが前回はイリスの不在で戦力が落ちた、仕方が無い。

 怪我もあってしばらく店は休業、幸い生活費は貯金でなんとかなった。お金を使って遊ぶのが好きじゃない僕はお金がたまりやすい体質だったからだ。

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